第35話 肩車作戦、成功?
デアーグは気合十分だった。すぐに私の前でしゃがむと、両手を床について、準備の態勢に入る。
誰かに肩車をしてもらう。
そんなことは、少なくとも物心ついてからは、これまでの人生でやったことがなかった。
慣れないのと、なんとなく恥ずかしいのとで、私が少し躊躇っていたら、デアーグの方から私の足の間に入ってきて……
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫、大丈夫、落とさないようにするし!」
そう言うことではないのだけれど。
今更文句を言っても、どうやらしょうがないらしかった。
デアーグは「おっとと」と右に少しよれていくが、どうにか立ち上がってくれる。
正直、バランスは悪かった。もし、ルベルトがいたなら、絶対彼に土台をしてもらっただろうと思う。
いや、彼ならそもそも肩車せずとも届く高さかもしれないけれど。
「ど、どうだ? 届きそう?」
「えぇ、そのままもう少し左に行ってくれれば!」
「よーし、なんとかする!」
高さ的には、ぎりぎり届く範囲だった。
デアーグが慎重に移動してくれる一方、私は私で、本のほうへと左腕を目いっぱいを伸ばす。
その途中、ずきりと腕が痛みはじめた。どうやらここで、例の毒の症状がでてしまったらしい。
私は一度手を引っ込めかける。
が、ここで変に痛がっては不審に思われる。だから、どうにか手を伸ばして、目当ての本を掴んだそのときだ。
「あ、やべ。限界かも」
との呟きが聞こえたと思ったら、デアーグの肩ががくっと崩れた。
「きゃっ」
身体が一気に下へと持っていかれて、私は目を瞑る。
次に開けたときには、私はデアーグを下敷きにして、その上に座る形になっていた。
「ご、ごめんなさい」
私はすぐに立ち上がり、彼の上から離れる。
が、デアーグはといえば、腰に手を当てたまま、例の親指を立てたポーズだ。
「だ、大丈夫でしょうか」
「あ、あぁ、うん。あとで、腰痛の薬もらっていい?」
「ふふ。それなら、ちょうど持ち歩いてますよ。すでに、商業ギルドでの認可も得たものです」
私はかつてオルセン王国で売り歩いていたのと同じ腰痛の薬を、薬箱から取り出して、机の上に置いてやる。
「おぉ、まじで助かる~」
デアーグは老人のようにゆっくり立ち上がると、すぐに薬を飲んで、疲れ切ったように椅子に座る。
「ちょっと鍛えなきゃなぁ」
と、自分の足を責めるように、何度か小突いていた。
そして、肝心の本の内容のほうはと言えば――まさしく大当たりだった。
毒性を強めてしまう効果のある魔石類と、それを打ち消すことのできる魔石の話が載っていて、その症状はぴたりと当てはまる。
毒の原因になったのは、三日月のような形で、赤黒い色をした『デアローテモント魔石』。
それを治療するのに必要なのは同じ形ではあるが、青色をした『ブラウエルモント魔石』。
私も、デアーグも、はじめて聞く魔石だった。
「こりゃあ、なかなか手に入らないぞ」
「でしょうね。たくさんの魔石を扱っている商会があればいいのですが」
「あ、それなら、知ってるかも」
「本当ですか、ぜひ教えてください」
「たしか『カーター商会』って名前だったかな。最近出てきた新興商会なんだ。黒猫のマークの。でも、その会長が結構くせものらしいんだよねぇ。自分が直接会って認めた人間以外とは小さな取引さえしない主義とかって噂に聞くけど、そんなんでもいい?」
「なんでもいいですよ、チャンスがあるなら」
そう、今は可能性があるだけで十分だ。




