第34話 肩車作戦?
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自分の左腕にうつした毒は、一晩をのうちにも広がりを見せていた。
どす黒いそれは、身体を蛇が這うように、だんだんと肩口のほうまで浸食してくる。徐々に、痛みも出始めるようになっていた。
今や、フィーネだけの問題ではなく、私自身の問題でもあった。
だから、どうにかしようと製薬に勤しむのだけれど、今のところは芳しい効果は得られていなかった。
ツキヤの毒自体は、中和できる薬草がいくつか存在する。
が、しかし、それらを使ってみても効果は一時的で収まってくれない。
そこで翌日、私は書庫に籠もって、症例探しを始める。
が、しかし。
「……ここもない」
めぼしい本をひっくり返してみても、参考になるような記載は見当たらなかった。
せいぜい、『毒の威力を高める魔石が存在する』と一文の記載があった程度で、それ以上の情報が出てこない。
だが、ここになければ、たぶんどこへ行っても見つからない。
私は諦めずに根気よく、なにか参考になる記載はないかと探し続ける。
「お。今日はなんかえらく積みあがってるなぁ」
そこへ、こう声をかけられた。
いつのまにか、デアーグが来ていたらしい。
彼は机の上に腰かけるようにして、私をのぞき込む。
「えぇ。少し特殊な毒について調べているんです」
「……毒かぁ。なに、作るのか?」
「いえ、逆ですよ。解毒をしたいのですが、なかなかうまくいかないんです
「なるほど。じゃあ、雑談って感じでもなさそうか……」
彼は少しため息をつきながらこう言うと、手で勢いをつけるようにして、机から降りる。
「じゃあ手伝おうか、僕も」
そして、こう申し出てくれた。
「……いいんですか? 忙しい中、来てくれたのに。誰かとお喋りしているほうが気がまぎれるんじゃないですか?」
「まぁね。でも、これはこれで新鮮だよ。うちの主人がまだ寝込んでるから、面会とかも代理でやってるんだよ。人と話す以外の作業は結構息抜きになるよ。んで、なにすればいい?」
私の横、椅子を引きながら彼がこう言うから、私は調べたい症状の内容を伝える。
そこからは、もうひたすら無言だ。お互いにほとんど喋ることもなく、場には定期的に、ページをめくる音だけが響く。
これが結構、耳心地がよかった。
まったく見当たらないから、手が止まる場所がないせい、とも言えるのだけれど。
一人より二人のほうが、当然ながら効率はよかった。
ペースよく、確認作業は進む。
そうして、一通りの本を確認したところで、問題が生じた。
「……あの棚の一番上の本、取れませんね」
「うわぁ、あれは届かないよ、さすがに」
私の身長は女性の平均より少し高いくらいで、デアーグの背たけも、私よりはやや高いものの、ほぼ変わらない。
そんな二人では、つま先立ちになって手を伸ばしてみても、届きそうにない高さにその本はあった。
かといって、周りを見渡してみても、台座のようなものもないし、こんなときに限って、司書さんは席を外している。
ただ諦められるような状況かといえば、そうでもなかった。
場合によっては、命に関わる可能性だってある。
だから私が未練がましく、棚の上を見つめていたら――
「よっしゃ。やるかー、肩車」
と、同じ箇所を見上げながら、デアーグが呟く。
「こうなったら、やるしかないんじゃない? さすがに届くだろうし」
なるほど、たしかに一人ではない以上、その作戦は大いにありだ。
「どちらが上にいきますか?」
「いやいや、そこは迷う余地ないってさすがに。僕にいかして? 女の子の上に乗せてもらうなんて恥ずかしすぎるし。それに、ちょっとは鍛えてんだよ。ほら!」
あまりあるようには見えない力こぶを、わざわざシャツの袖をめくって見せつけて、デアーグはにかっと笑顔を見せるから、私は軽く苦笑いをする。
都合のいいことに、今日は幅の広いズボンを履いてきていた。これならば、スカートがめくれ上がるような事態も起こらない。
それに、長袖を着ているから、万が一にも彼にこの毒をうつしてしまうこともない。
「じゃあ、えっと、お願いします」
「おう、どんとこい!」