第32話 元王妃、ご令嬢の毒症状を見抜く
「私が悪い虫だとして、ルベルト様についたつもりはありませんが」
「いえ。あなたは間違いなく、ルベルト様をたぶらかしているわ! ただの一薬師に、家を与えて、しかも定期的に通うだなんておかしいもの。あんなに、誰にも見向きもしてこなかった氷の男たるルベルト様が、そんなのおかしい!!」
どうやら、かなり思い込みが激しいタイプのようだ。
一方的に攻め立てるかのごとく喋るから、私が唖然としていたら、彼女はさらに続ける。
「やっと会えると思っていた夜会にすら、熱で出られない。それも、あなたのせいなのでしょう。許せませんわ」
つい数日前に起こったことさえ、しっかりと把握していることから考えるに、彼女は城内に情報源を持っているのだろう。
いわば、密偵に近い。
だが、その目的はルベルトの命を脅かすようなものではない。
たぶん、フィーネというこのご令嬢はルベルトに好意を寄せているのだろう。
政治的な意図か、純粋な恋か。そこまでは分からないが、その思いを遂げるために、情報を得る中で、私の存在を知った。
とまぁ、そんなところかしら。
あの見た目で、あの家柄だ。
彼が持つ優しさの部分などを知っていなくとも、たとえ無口で社交下手だとしても、好意を寄せる女性がいて、まったく不思議なことじゃない。
フィーネだって、性格などいろいろなことを除けば、見目麗しい女性だ。
まぁ、そんな話は庶民の私にはどちらにせよ関係のない話だけど。
「許してもらえなくても問題ありませんが、とにかく勘違いですから。私はこれで失礼いたします」
これ以上は話をしても、水かけ論にしかならないのは、もはや自明の話だった。
だから、私は丁寧に一つ頭を下げてから、彼女に背を向けて歩き出す。
「待ちなさ……ぐっ……!!」
フィーネはなおも食い下がってこようと、私の肩へと手を伸ばしてくるのだけれど、そこで突然苦しそうにうめき声をあげる。
見れば、右肩を隠すように抑えて、その場でうずくまっていた。
その姿を見るや、私はすぐに気づく。
「それ、毒に侵されてますよ」
レースの羽織ものの奥から、一部が異常に黒くなった肌が見えていた。
あれは、この間見かけたツキヤというキノコを食べた場合などに見られる典型的な毒症状の一つだ。
肌が黒くなり、その部分に他人が触れれば、うつってしまうという厄介な代物である。
そして、突発的に痛みが出るほどとなれば、かなり進行してきているらしい。
「よかったら治療しましょうか」
「……うるさい。黙ってなさい。いい気味だとでも思っているくせに善人ぶらないでもらえる?」
「もちろん他の薬師の方を頼っていただいても、問題はないですよ。とりあえず早く診てもらったほうがいいです」
「もう、うるさいですわ! 早くどこへでも消えてくださる!?」
残れ、と言ったり、消えろ、と言ったり、自分勝手な人だ。
ただまぁ、伝えたいことは伝えたわけだし、治療を受けるかどうかまで決める権利は私にはない。
だから、ここは彼女の言葉に従って、城を後にさせてもらうことにした。