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捨てられた元王妃は国を逃れて、隣国王子に溺愛されながら、幸せ薬師ライフを送ります!  作者: たかたちひろ@『巻き込まれ転生幼女』2/28 発売!
二章

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23話 作ってもらった朝食と約束。




ほんのりと甘い香りが、鼻先に漂っていた。

その香りはなんとなくだけれど、子どもの頃に帰ってきたかのような、懐かしい感覚を思い起こさせる。


子どものころ、ジールに作ってもらったパンケーキもこんな香りがしていたっけ。ただ甘いだけではなくて、包み込むような優しさがそこにはあって、それは眠気をじんわりじんわりと私の中から取り除いていく。


そうして夢と現実の間、心地よく目を瞑ることしばらく。

私は、はっとして、身体を起こした。


一人暮らしをしているのに、こんな匂いがするわけがない。

それで慌ててキッチンのほうへと足を向ければ、そこには鉄鍋のうえで、パンケーキをひっくり返す大男の姿がある。


隣の鍋では同時並行で、ベーコンも焼かれていた。


「……なんでここにいるんですか」

「扉の鍵がかかっていなかった」

「え。で、でも、だからって勝手に入るのはいかがなものかと――」

「これを届けに来たついでだ。むしろ、見張っていてやっていたくらいだ。感謝してほしいものだな」


彼はそう言うと、私に一冊の本を手渡す。

それは、私が前日に書庫から借りたはずの本だ。なぜ彼がと思いかえしてみて、すぐに行き当たる。


そういえば魔法練習をする際に、ベンチに置いたままにしてしまったのだっけ。


鍵の締め忘れといい、一つのことに熱中しすぎると、私はだめらしい。


「……ありがとうございます」


だから、勝手に料理をしている堂々たる不法侵入者にも言い返すことはできなくなって、むしろ礼を言う。


「構わない。それより、そろそろパンケーキが焼ける。食うか」

「……こんなの材料はどこで? 私、なにも持ってなかったですよね」

「小間使いに買いにいかせた。お前、料理はしないのか」

「え、えぇ。あまり得意ではなくて」


それどころか、ほぼまったくと言っていいくらいできない。


妃教育の中には、当然そんな項目はなかったし、料理はもっぱら使用人に任せていた。

それでも、この家を貰ってからはせっかく調理具も揃えてくれているのだし、と挑戦はしてみた。


が、そのときには魚をただ焼くだけのことに失敗して、以来、料理はあきらめていた。


せめてもの手伝いとして、私はとりあえず皿などの用意をする。


それで二人、朝の食卓についた。


実に、完成度の高い料理だった。パンケーキはふわふわだし、そのあっさり塩が効いた味付けは、ベーコンともよくマッチする。


実際に見ていなければ、王子が作ったなんて絶対に分からない。

キッチンメイドの作ったものにも、負けず劣らずの味だ。


「なんでもできるんですね、ほんと。私じゃあ、絶対に作れないですよ」

「……俺に薬は作れないからな。それと同じ話だ。気にすることはない」


彼らしい発言だ。

そう思っていたら、彼は続ける。


「あのポーション、自作か?」

「あ、はい。見たんですね」

「あんなポーション、そうは見られないから。上級ポーションを優にしのぐだろうな」

「ふふ、魔法を練習した甲斐がありました。ありがとうございます」

「売るつもりか」

「あ、いえ。ルベルト様にプレゼントしようかと思ってたんです」


そう、さらりと言えば、彼のパンケーキを食べていた手がぴたりと止まった。


「あれは一つで金貨五枚はする代物だぞ」

「そんなに高値が付くものですか」

「あぁ。この街には、あんなポーションが出回ることはそうない。もう少し上がってもおかしな話じゃない。それを俺に? 買い付けること自体は構わないが」

「そうじゃないですよ。ただ、渡すんです。私としては、あなたと、あとデアーグのおかげでできたことなので」


それに今は一応、お金に困ってはいない。

前に卸した百本分のポーションの代金だけでも、しばらくは余裕の生活ができる。


「……そうか」

「はい。貰ってくれますか。いらないというならデアーグに――」

「貰おう」


やっぱり、どういうわけか彼はデアーグに張り合っている。

食い気味に回答があって、無事に受け取り手が決まった。


穏やかな食事の時間が戻ってくる。


そこからも話が途切れることはなかった。

ミュラ王国での貴族の暮らしぶりが気になって、色々なことを尋ねているうち、あっという間に一刻ほどの時間が過ぎていた。


まだまだ話は尽きなかったのだけれど、彼には公務があるし、私にも仕事がある。

それで玄関まで見送りにいったところ、


「来週」


と彼がぼそり呟いた。


「丸一日休みがある。そこで、薬草採取にでも出ないか」


聞いてすぐは、なにを言われているのか理解できなかった。

少しして、やっとその言葉の意味が分かってきて、私はしばらく瞬きを繰り返す。


どうやら冗談というわけではなさそうだった。

彼は、その間もじっと私の目を見続ける。


相変わらずの美しい顔だった。

肌はぱりっとしているし、瞳はどこまでも透き通っている。それから唇もかさついている様子はまったくなく、それどころか適度な潤みを感じて――と、私はそこで完璧超人には似つかわしくないものを見つけた。


くすっと一つ笑って、一度リビングまで戻って、ハンカチを取ってくる。


「口元、シロップがついてますよ」


自分の口元をさしながらこう言えば、彼はしばし固まったのち、ハンカチを受け取り、自分の口元を叩いた。


「……恥ずかしいところを見せたな」

「ふふ。いいんじゃないですか、それくらい」

「……すまない。これは、洗って返す」


彼はそう言うと、ハンカチを丁寧に畳み、自分の胸ポケットにしまう。


「……それで、さっきの話は――」


それから視線を壁へと逸らしながら、くぐもった声で、もごもごと呟く。

どうやら、少し恥ずかしくなってしまったらしいが、


「行きましょう。ぜひ、お願いします」


私は丁寧に深々と頭を下げる。

この往復の間にも考えてみたが、断る理由はなかった。ちょうど、薬草採取などのフィールドワークには、出たいと思っていたところだ。


「……そうか。では、こちらこそよろしく頼む」

「はい、今日もありがとうございました」


そのまま、ルベルトを送り出す。

そして今度こそしっかり扉を閉めてから、そこに背中を預けて、一つ大きく息を吐いた。


自分の胸に手を当てれば、ほんのりと熱くなっている。


たぶん、薬草採取が決まったことが、嬉しいのだ。

現場に行きたいと思っても行けなかった過去のことを考えれば、こんなにありがたいことはない。

私はそう、少しの高鳴りに理由をつけて、再び調合へと戻ったのだった。




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