21話 ずいぶん仲よくしているようだな。
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それからというもの。
私は仕事や勉強の合間を縫って、魔法を使うための練習を続けた。
といっても、仕事もそれなりに忙しくさせてもらっていた。
例の虫退治グッズが思いの外人気を博して、今度はその派生として、ネズミなどの害獣を痺れさせて退治できる商品を作ったら、それもまたほどほどに売れて、販売にも製作にも手間を要したのだ。
だから、そこまで時間があったわけではないが、それでも。
「おぉ、すげぇよ、アスタさん。だいぶ形になってきたんじゃないか?」
両の手のひらに、火の玉と水の玉を作り上げるくらいまでは、できるようになっていた。
まぁまだ時間もかかるし、不安定でもあるのだが、私基準では目覚ましい進歩だ。
これには、すぐ目の前で見ていたデアーグも拍手をして讃えてくれる。
ぱらぱらという音が、書庫の裏手にある空きスペースに響いた。
「まぁ僕が教えてるから当たり前か」
「ふふ、そうかもしれませんね」
「心にも思ってないの分かりやすすぎでしょ、それは」
一応、書庫に行くついでに、デアーグからの指導は続けてもらっていた。
その効果のほどは正直微妙だったとはいえ、そのスムーズな魔法の使いようは見ているだけで参考にもなる。
それに、だ。
「つーかやっぱり、加護二つ持ちっていいなぁ。超珍しいし。えっ。火と水が使えるってことはさ。一緒に使ったら、やっぱ蒸気になんのかな」
「たしかに……。やったことないですけど、今度やってみようかしら」
「おぉ、それ気になるよ。まじで教えてくれ~」
気軽に会話をできるのも私にとって、ありがたいことだった。
薬師という仕事の性質上、どうしても家にこもりがちになってしまうことが多く、人と接する機会は多くない。一人で数日間、家に居続けるようなこともあって、そんなときは喋り方を忘れたようになってしまうこともある。
だから、ここに来たら会話ができるというのは、それだけでも貴重と言えた。
だから、内容は子どもっぽくても気にしないこととして、雑談を楽しみながら練習をする。少し長くなってしまい、日が暮れかけてきたから、そろそろ切り上げようと二人で話していたところ、少し先からかつかつと音が鳴り始めた。
「げ」
と、デアーグが口元を歪め、目元をぴくぴくとさせる。
そのうちにも足音はどんどんと大きく響くようになっていくから、私がそちらを見ていたら、壁の奥から現れたのは、ルベルトだった。
こちらに近付いてくる一歩一歩が、威圧感に満ちていた。
そのきりりと鋭い目線は、心胆を寒がらせる。なるほど、『氷』と評されることにも納得がいった。
私が睨まれているわけじゃないにもかかわらず、これだ。
睨まれたデアーグのほうは、さぞ怖がっているだろう。そう思っていたのだが、その顔に浮かぶのは軽めの苦笑いだ。
「デアーグ、早く仕事に戻れ。役人が探していたぞ」
「……はーい」
「伸ばすな」
「はい、はい。かしこまりましたよ、ルベルト様」
なんというか、緩いやりとりだった。
普通、自分の主人に、というか王子相手にこんな返答はできない。
たぶん二人の間で、それなりの信頼関係があるからこそ成り立っているやり取りだ。
まるで兄弟みたいだ。さしずめ、勉強をしない弟を叱る兄といったところだろうか。
そんなふうに勝手に微笑ましく見ていたら、デアーグは身を縮めながら「じゃあまたな」と私に残して、そそくさと場を後にする。
すると、さっきまで賑やかな声が響いていた空間には静寂が落ちてきた。
そんななか、彼は私の横にどかっと腰を下ろす。
「……ずいぶん仲良くしているようだな」
ややあってから、明後日の方向を見ながらルベルトが少しいつもより低い声で言った。




