20話 はじめての魔法でお香を。
ただそれでも一度気になったら、放置しておくのでは気が済まないのが私だ。
アバウトなデアーグの説明を一応思いかえしながら、そして噛み砕きながら、魔法を使えないものかと寝室のベッドの上で実践を繰り返す。
そうして、少しずつこつを掴みはじめていた。
お腹に手を当てて、魔力がじわじわ溜まってくるのを感じたら、そこでじっくりと魔力を手に移動させていくのだ。
このときに忘れてはいけないのは、呼吸だ。止まらないように、でも急がないように、大きく息を吸って吐くのを繰り返す。
これができていなかったから、これまでは魔力がうまく伝わっていかなかったのだ。
そうして、手が淡い光を帯びるようになったら、そこでやるのは実体化させたいものを強く意識することだ。目を瞑り、意識を集中させていく。
私の場合、水の加護を受けているから、目を瞑り、湖をイメージしてみる。すると、手のひらがどんどん熱くなってきて、これまでとは違うと確信する。
ただその際、私の頭に浮かんだのは、火だ。燃え盛る炎。
あのときの記憶が脳裏によぎる。それで、私ははっとして目を見開く。
「え」
そして、起きていた出来事に目が点になった。
私の手のひらの上には、小さな火の塊ができているのだ。
加護を受けているはずの水ではない。
ありえないことだった。
普通、付与された魔法は、一生涯変わることはない。だのに、どういうわけか火が灯っている。
「……どうして」
私は少しばかり唖然として、その揺れる火の玉を見つめる。
それからはっとして一度手を握って火を消すと、再度、魔法を発動させる。
今度こそと湖をイメージしてみたら、水の玉もしっかりと作ることができた。
普通、魔法の属性は一人に一つで、二つ以上使える稀な人間も、途中で取得することはない。だのに、使い分けられている。
要因が考えられるとしたら、一つしかない。
私は首に提げたペンダントを握り、遠いところにいるジールに思いを馳せる。
この魔法はきっと、彼女が私に与えてくれたのだ。そうじゃなければ、説明がつかないし、そう思いたかった。
あの日、まったく抗うことにできなかった、忌々しい火。
それが今はこうして私に力を与えてくれる。
少し感傷的な気分になって、私はしばらく物思いにふける。
が、すぐに気を取りなおして、練習を再開することにした。彼女のくれた力ならば、よりいっそう、私はこの力を使いこなさなくてはならない。
私は何度も、何度も練習を繰り返す。
そのうち、ある程度安定して、水の玉も火の玉も作れるようになったところで、私が気づいたのは満足感だ。
使うことができると分かっていても、王族に嫁いだものとして、練習することさえ禁じられてきたこれまでのことがあったから、その喜びは、ひとしおのものがあった。
私はよりスムーズに魔法を使えるよう、ひたすらトライを繰り返す。
そうこうしているうちに、いきなり眠気が襲ってきた。
どうやら魔力を練ること自体に慣れていないというのに、少し使いすぎたらしい。
そこで私は、枕元に置いていたミニ薬箱の中から、小さく切った手のひらサイズの香木を取りだし、最後の魔力で、そこに火をつける。
すると香草の端から火はじわじわ燃え広がり、薄く煙が上がりはじめたから、私は揺するようにして、その火を消した。
すると煙は甘く優しい香りを伴って、寝室内をほんのりと漂う。
少し吸い込むと落ち着くそれは、久々に堪能するものだった。
「……やっぱり落ち着く」
妃として忙しくしていたときには時間がなく、なかなか味わえなかった時間だ。私はしばし、その空気を楽しんでから、換気をしたまま寝ることにする。
ちなみに燃えがらは、きちんと水につけて消火をしておいた。
そのあたりは、一人旅をしていたときから徹底していることだ。