16話 二人で庭で喫茶を。
「ずいぶん綺麗になったな」
「……ですね。ここまでになるとは驚きました」
事前に内見をしていたとはいえ、修繕が入ると結構印象が変わる。
予定として、一階はリビング兼作業部屋、二階は寝室などに使いたい旨は、事前に希望として伝えさせてもらっていた。
が、いざその仕様になってみると、想像していたとおりで驚く。
私は新しくなった壁や床などをきょろきょろ振り見ながら、ルベルトを伴って奥へと進む。
そうして彼を連れて行ったのは、裏戸を出てすぐの小さな庭だ。
そこには、すでに机と椅子が配備されている。
「ここは……」
「事前にお願いしていたんです。庭に小さくてもいいからカフェスペースを作りたいって」
「随分こじんまりとしているな」
「ふふ。むしろ、それがいいんですよ」
私はそう答えながら、彼を奥の席へと促して、自分も席につく。
庭へと目をやれば、そこに生えているのは雑草だけだ。
かなり整備のし甲斐があるが、今の状態さえ、すでに愛着のようなものを感じる。
なにを植えようか。そんなことに考えを巡らせて少し、私ははっとした。
人を呼んだからには、少しはもてなさなくてはなるまい。
私はかばんからパンと水筒、それから数枚のハーブを取り出して、
「いりますか」
ルベルトにそう尋ねる。
すると彼は目を何度か瞬いて、きょとんとしている。
「これは……」
と呟きながら見つめるのは、私が置いたハーブだ。
「あぁ。レモングラスというハーブです。噛むと、口の中がすっきりしますよ。ストレスにも効きます」
「……聞いたことはあるが、乾燥したものしか見たことがなかったな。このどこにでも生えてそうな草がそれか?」
「えぇ。生葉です。ちなみに実際、その辺で摘んできましたよ」
「その辺で……なるほど」
ルベルトは口とは反対に納得しきっていない顔ながら、首を一つ縦に振る。
「では、貰い受ける。代わりというわけじゃないがーー」
彼はこう言いながら、腰に巻いていたポーチの中からなにやら取り出す。
出てきたのは、水筒と、数枚のクッキーだ。
「逆にいるならば、やろう。紅茶とりんご風味のクッキーだ」
さすが王族というべきか。
持ち歩いている食材まで、なんとなく品がいい。
パンと水、その辺で摘んだハーブと比べるからなおさらそう思える。庭で、紅茶とクッキーなんて、私の理想としている過ごし方そのものだ。
だが、ぶしつけになんでも欲しがっていいものか。私が返事を迷いつつ、唾を飲んでいたら、彼は先にクッキーのうち一枚を口にしていた。
さくさくと軽快な音が鳴る。
「毒は入っていない。昨夜、俺が焼いたものだ。安心して食え」
「それ、あなたが焼いたのですか」
「あぁ。趣味の一つだ。まだまだ始めたばかりだが、菓子と料理は好きだ」
「王族なのに」
「みなそう言うが、別に王族だろうが関係がないだろう。自分を鍛えるのだって、やりたいからやっている」
その言葉に、私ははっとさせられる。
料理や菓子作りこそまったくできないが、自分だって、庭の世話だったり薬学の研究だったり、王妃としては一般的ではないことを趣味にしていたのだ。
彼の考え方はむしろ、そんな過去の自分を認めてくれたような気がするものだった。
それはそうと、ルベルトの場合、なんでもできすぎな気がするが。
政治をやりながら、料理に魔法鍛錬に精を出せる人なんて、そうはいない。もしかしたら、この美丈夫はなんでもできるのかもしれない。
ただし、コミュニケーションを除いて。
「……変わった方ですね、本当に」
「よく言われる。なぜかは分からないが」
「ふふ、そういうところですよ。紅茶とクッキーもらっても?」
「あぁ、構わない。できれば感想を教えてくれ。次に繋げたい」
彼はそう言いながらに、レモングラスの葉を一枚手にする。
しばらくは怪しむように見つめていたが、その葉の先端を軽くかじる。
「……ん、このハーブ、なかなかいけるな。心地いい香りがする。口の中もさっぱりする」
「でしょう? お茶にすることもできますよ。試しますか」
「気になるところだ」
こんな会話をしながら、私はルベルトとともにお茶の時間を堪能させてもらう。
そこには、かつてジールと過ごした時間にあった安らぎが、ほんの少しだけ感じられた――ような気がする。