14話 【side:ローレン】なにかが違う。
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なにかが違う。
やっとの思いで、恋焦がれていたハンナ・カポリスと結ばれて、一月ほど。
オルセン国王である、ローレンは違和感を覚え始めていた。
何に対してかと言えば、ハンナへの好意についてだ。
少し前には、彼女のことしか考えられないくらい、愛してやまなかったというのに、それが今や嘘のように、胸が高鳴ることもない。
ハンナとの恋は、ローレンにとって本当に素晴らしいものだった。
一つの家からは一人の妃しか迎えられない。そういう法律があるなか、自分の妃であるアストリッドの妹と結ばれる。
それは、奇跡のようなことだと思っていたし、その過程は実に興奮を得られるものだった。
そもそも年上が苦手で、気の強い女性が苦手だったローレンには、アストリッドは最悪の相手だった。
どんなことでも自分の意見を言うし、その意見は公正にして真っ当なもので、いっさいの隙がない。
その完璧ぶりは、自分ではなく、アストリッドが女王なのではと思うほどだったが、ハンナはといえば、その逆だった。
態度も柔和で、自分の意見をはっきり主張することもなくこちらを立ててくれるうえ、少し隙があって性的な魅力も感じられる。
この人が運命の人だ、はっきりとそう思っていた。
それでアストリッドを、火事を装い排してまで、妃に迎え入れたのだが、しかし。
どういうわけか、以前ほどの魅力は感じられなくなっていた。
むしろ、「あなたも少しは働いてくれる?」と嫌味を言われたときには、強い怒りが湧いて、少し喧嘩になった。
それで、ハンナに頭を冷やしてもらうため、ローレンは城を出て、挨拶回りと称して、全国を訪れる旅に出ていた。
王都で国政を担う貴族の中には、そうした旅に出ることを批判するものもいた。
飢饉などの影響から財政状況が厳しい時に……、などと言っていたが、そういった難しいことはローレンには分からなかった。
だから、それらはすべて貴族らに放り投げて、遊興の旅を楽しんでいた。
気楽で、愉快な時間だった。
少し、地方領主らと会談をしておけば、変に縛られるようなこともなく、誰にも命令されることはない。むしろ、大きく歓待される。
そして、なによりローレンにとって幸せだったのは……
「本日は遠路はるばると、我が国の偉大なる国王・ローレン様に来ていただきました」
行く先々で、パーティーに参加できることだ。
その日、ローレンは東方にある小さな街で、自分の歓迎会に参加していた。
「我々のような末端の貴族まで気にかけてくれるとは、まったくもって素晴らしい王様でいらっしゃる」
会では自分に対する賛辞が続く。
自分よりいくらも身分が低い相手だ。
その裏に媚びへつらうような意図がある可能性はあるのかもしれない。
そうは思う度、こうした称賛に形だけの謙遜をすることまで含めて、ローレンにとっては、気持ちのいい時間だった。
なかでもローレンをもっとも喜ばせたのは、
「ローレン様、このたびは大変でしたね?」
「大変……?」
「そうですよぉ。アストリッド様を亡くされたことです。とっても悲しかったでしょう?」
自分よりも年下の女性とのやり取りだった。
そもそも、ハンナを気に入ったのも自分より年下であるからという部分が大きい。
だから、妃に迎えたばかりとはいえ、鼻の下がついつい伸びてしまう。
女性が、薄手かつ肩の露出が大きいパーティードレスを着ていたのもまた、好みにぴったりだった。
「あ、あぁまぁね。アストリッドのことは残念だったよ」
「ということはやっぱり、ハンナ様を妃にしたのは、政略結婚ですか? 本当のところは、好きな相手じゃなかったりして?」
本当は、違う。自分が好きになって、ハンナを妃に迎え入れた。
が、そんなことをいえば、幻滅されて彼女が離れてしまうかもしれない。
そう思ったローレンは、「あぁ、まぁ」と生返事をする。
それに対して、女性はぱっとローレンの手を取り、自分の胸元へと近づけた。
「かわいそうなローレン様……。私でよければ、ご相談に乗りますよ? いいえ、それだけじゃない。なんでもいたしますよ?」
上目遣いに、甲高い声とともにこう告げられて、ローレンは思わず唾を飲む。
同時、ぞくりと胸の奥底から湧き上がってきたのは、少し前にハンナとの恋に感じていた、興奮だ。
全身の毛が立ちあがるくらい、ぞくぞくとして、簡単には抑えきれない。
思わずにやりと笑ってしまう。
このスリル感、背徳感を、自分は求めていたのかもしれない。
ローレンはここへきて、そう気がついた。
そしてローレンはその夜を、出会ったばかりの女性と明かすこととなる。
「正妃でなくても構いません。私を、どうかお妃に」
翌朝、その女性にこう縋られることとなって、なし崩し的に首を縦に振ることとなった。
――こうしたローレンの行動は、のちにハンナとの溝を作っていき、国の崩壊へとつながることとなる。
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