13話 【side:ハンナ】姉・アストリッドがしていた大量の仕事に押しつぶされる
――その頃、オルセン国王都にて。
新しい王妃として、国内でのお披露目会を迎えたハンナ・カポリスは、心底からの喜びを噛みしめていた。
やっと、この日が来た。
ついに、自分は姉・アストリッドに勝ったのだ。
そう思えば、まだパーティーが始まっていないというのに、お酒が進んでしまう。
控室の中は、すっかりと酒臭くなっていた。
「あの、ハンナ様。そのあたりにしたほうが……」
それをこう使用人に咎められて、
「うるさい。あたしに指図できる身分じゃないでしょうに」
ハンナはきっとその使用人を睨みつける。
それで、使用人が委縮する姿を見ながら、また酒をあおった。
それくらい、姉に勝つというのは、ハンナにとって特別な意味があったのだ。
アストリッドのことは、昔からずっと妬ましく思っていた。
なにせ彼女は、できすぎるのだ。
それは、なににおいてもそう。
学問、政治、社交に至るまで。
姉・アストリッドは、ほとんどすべてにおいて完璧を誇っていた。
貴族学校でも成績学年一位は当たり前で、教師陣からの評判もよく、生徒代表を務めるほどで、欠点なんてほとんどない。
そして、ハンナはそんな姉と常に比べられてきた。
両親だけでなく、会う人会う人が、ハンナを見る際に、アストリッドの影を見ている。
そのせい、なにをやっても『期待外れ』『残念』なんて、そんなレッテルを貼られることが多かった。
かといって、どうにか追いつこうと努力をしてみても、アストリッドの領域は遠かった。
どれだけ勉学に励んでみても、姉の成績を越えられることはなかったし、ダンスや歌などにおいても、到底及ばない。
せめて容姿では――そう思って、ひたすら美容に励むのだけれど、姉は美しさすらも、異次元の領域だった。
ローレン王の妃となったお披露目会で見た純白のドレス姿は、絶対に勝てない。そう一目で思わされる。
誰もが、姉を称賛していた。かえって、自分はただの参加者の一人であり、顧みられることすらない。
そんな現実が、ハンナには受け入れがたかった。
どうにか、姉を打ち負かしたい。
そうして考えついたのが、略奪愛だった。
姉とローレンが、いわゆる政略結婚であることは分かっていた。
ならば、そこにつく隙があるかもしれない。そう思ったのだ。
どうすれば男の気を引けるか。
ハンナはひたすらにそれだけを考えて、容姿や服装、言動までもを変えていき、ローレンに近付く。
親族だけあって、その機会は他人より恵まれていたのだ。
そして、その作戦はうまくいった。
手紙のやり取りから始めて、仕事に忙しい姉を横目に秘密の逢瀬を重ねるようになり、身体を重ねる関係にまでなる。
もう完全に、ローレンの心は自分の手中に収めている。そんな確信が、ハンナにはあった。
だが、世間からの評価はどこまでいっても、自分は王妃の妹でしかない。
一家につき、王妃は一人。
そういう決まりがある以上、自分は側室にさえなれない。
ならば、とそこでローレンに持ち掛けたのだが、姉を失火に見せかけて殺すことだった。
ハンナはローレンに対して、姉の悪いところばかり強調し続けていた。
それが功を奏したのかもしれない。
「あたしと一緒になるためにお願い」
と、甘え声と上目遣いで頼み込んだところ、ローレンはそれを引き受けてくれた。
睡眠作用のある薬の入った酒を姉に飲ませて眠らせたうえで、その夜、放火が実行される。
姉が死んだかどうかの確証はなかった。
骨が見つからず一時期には騒動にもなったのだけれど、ハンナにとっては、いなくなってくれればどういう形でもよかった。
やっと、邪魔ものがいなくなった。目の上のたんこぶが消えた。
そう思っていた。
だから姉の葬儀に出たときには、悲しい顔をしなければならないのに、どうしても笑みがこぼれてしまって、こらえるのが大変だった。
だが、今日からはもうそんな必要もない。
新しい王妃として、堂々と笑顔で過ごせばいいのだ。
なにせあの姉に、自分は完全に勝利したのだから。
ハンナはさらに酒をあおる。
「そろそろ時間です、ハンナ様」
そこへこうお呼びがかかって、ハンナはふらふらと立ち上がり、お披露目会の壇上へとのぼった。
そこで全員の注目を浴びながら、ローレンとダンスを踊り、キスを交わす。
ここからは永久に幸せな時間が待っている。もうなんの我慢もすることはない。
そんなふうに確信していたハンナだったが……
現実はそう甘いものではなかった。
お披露目会が無事に終わり、一月もしないうちにハンナ・カポリスはさっそく、理想と現実の差に、うち当たることとなる。
「……どういうこと、仕事が多すぎる!」
ハンナを待っていたのは、忙殺される日々だった。
そもそも仕事量が多いのに加えて、アストリッドの死によって、政治の一部がストップしてしまっていたことも重なり、仕事は山積み状態になっていたのだ。
そして、そんな状況にも関わらず、夫であるローレンはまったく仕事に関わろうとしなかった。
それで苦言を呈したところ、全国へのあいさつ回りだと称して、遊興の旅へと出てしまった。
理想とはまったく違う状況に、苛々が募っていた。
「ハンナ様。こちらの事業への補助金の件は――」
「もう勝手にしてくれる? あたし、疲れたから。というか、それ、あたしのサインじゃ無理でしょ」
「し、しかし、アストリッド様は――」
「もう、姉の話はしないで。オルセン王が帰ってきたら、彼にやらせて。あたし、もう無理だから」
報告をしようとしてくる役人をこう追い返して、執務室で一人、ため息をつく。
そこへ、
「アストリッド様なら、すぐに対応してくれたのに」
なんて声が扉の奥から漏れ聞こえてきて、ハンナは苛立ちから、机に拳を振り落とした。
あたりに鈍い音が響き、握った手がじんじんと痛む。
ハンナはたまらず、机の中にしまっていた酒を取り出すと、そのまま呷る。
消しても消えない姉の幻影から逃げるように、いっそう酒浸りになっていくのであった。
♢
次回は、クズ元旦那・ローレンの回になります。
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