12話 残る理由は、庭?
私が断ったのに、ルベルトは目を瞑り、一つ息を吐く。
「そうか……」
「申し訳ありません。私は薬師としてまだまだ未熟者です。あの薬はたまたま、優れたものができただけにすぎません。これから、いろいろと勉強をしなければいけない身です」
この先のことは、まだなにも固まってはいなかった。
が、これだけはたしかなことだ。薬師を仕事にするには、私はまだまだ知識も実践も経験が足りない。
旅をしながら、それを身に着けられればいい。それくらいに考えていたのだ。
だから、ありがたい話ではあったが身に余るというのが正直なところだった。
これでもう話は終わりになるのだろう。そう思ったから私は、カップに入っていた紅茶をすべて飲み干す。
「……勉強か。それならば、うちでもできる話だ」
そこで、彼がぼそりと言った。
「へ?」
「これでも一応は王子だ。城の中に書庫がある。そこに、自由に出入りしてもらってかまわない。これならばどうだ」
今しがた断ったばかりだが、さすがに心揺らぐ提案だった。
民間に公開されている書庫と、貴族の、それも王族が所有する書庫とでは、蔵書には大きな違いがある。
勉強をする意味では、最高の条件だ。
「一定の仕事量も保証しよう。はじめは失敗しても構わない」
声音はいっさい変わらないが、どんどんと押しが強くなってくる。
いよいよ断りづらいし、断る理由も減ってきたところで、彼が付け加えた。
「もちろん住居も用意する。城の少し外れに、ちょうど家がある。庭もついている」
庭。
その言葉に、私はどきりとする。
頭に浮かぶのはもちろん、大事に世話をしていた裏庭の薬草園だ。
あの場所には唯一と言っていいくらい、王城内でも思い入れがあった。
もしあれが再現できるのならば、それはもう、とても魅力的な話だ。こうして提案されて初めて分かったが、もしかしたら、勉強の環境よりもそちらのほうがウエイトが高いまであるかもしれない。
もちろん勉強もしたいんだけど。
「あの、その家って事前に見学できますか」
私は食い気味に、こう聞き返す。
それにルベルトは少し眉をひそめて、口角を下げる。
そこに食いつくのか、と戸惑っている様子だ。
「今日は時間がないが、明日以降なら見に行くこともできるが……。提案しておいてなんだが、そこまで大きな家でもないぞ」
「正直すぎますね。いいんですよ、そこは。ぜひ、見させてください」
「……そういうなら構わないが」
こうして、とりあえずの内見が決まる。
その結果として私が下した決断はと言えば――
この街・トレールに残ることだった。
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