11話 隣国王子に薬師として請われるが、しかし。
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「俺は、このミュラ王国の第三王子、ルベルト・ミュラだ。隠していてすまなかった」
と。
彼は、私をギルド内にある応接間に連れていくなり、すぐにそう謝罪した。
森の中で出くわしたそばから、そんな事実は知っていた。
だが、一応は気づいていないことにしなくてはならないと思って、私は大きく目を見開く。
「それをわざわざ言いに来てくれたんですか。というか、どうやって居場所を?」
それから、きょとんとした顔を作って、こう質問を投げかけた。
実際、気になっているところだった。もしかすると、怪しい行動に出ないようにつけられていたのかもしれない。
私はそんなふうに思案するが、それは違った。
「お前に渡した馬の小物があっただろう。あれをつけている女を見かけたら、礼をしたいから報告するよう伝えていた。薬師といっていたから、商業ギルドにくるだろうことも分かっていた」
「もしかして、さっき推薦状がいらなくなったのも――」
「そうだ。その馬を見た職員が、免除をしたらしい。なにも身分を証明するものを持っていなかったそうだな」
「はい……。遭難中にいろいろと紛失をしてしまいまして」
しれっと嘘をついて、私は苦笑いをしてみせる。
「アスタ・アポテーケ。いい名前をしているな。薬師にふさわしい」
「はい。うちの家は代々、薬師を務めていますから」
さらに次々と架空の設定を重ねることとなる。
いくら向こうが本当の身分を教えてくれたからと言って、こちらが正直に元王妃だと告白することはできない。
少しだけ良心が痛むが、私はそれを無視するため、淹れてもらった紅茶を一つ含む。
甘くて、心地のいい香りに、ほっと一つ息をついた。
久し振りに飲んだが、やはり結構美味しい。まぁジールの淹れてくれたものには適わないのだけれど。
そう思いながら、カップをソーサーに擦るようにして置けば、
「いい所作をしているな。貴族の令嬢のようだ。いや、なっていない者よりも、よほどできている」
との感想が、ルベルトから漏れて、心臓がどきりと一つ鳴る。
正直、全く意識できていなかった。子供の頃から貴族として、王族に嫁ぐものとして所作は叩き込まれていたから、いつもの癖がでてしまっていたらしい。
彼がカップ越しに綺麗な瞳でこちらをじっと見据えてくるから私は首を横に振り、「見よう見まねですよ」と答える。
「それより、なんでわざわざ言いに来てくれたんですか」
そして、話を自然に切り替えた。
彼はたっぷりと間を開けてから、カップを小さく音を立てて置いた。
「……あのときは、はっきり言えば信用しきれていなかった。そのあとに名乗るのも変な流れになってしまうだろう」
彼は、こめかみをかきながら言う。
まぁなんとなく彼らしい理由だ。
そもそも会話自体が得意じゃなさそうだし、自己紹介というのはたしかにきっかけがないとやりにくいのはよく分かる。
ただまさか、それだけが理由で、馬の小物を渡すなんてことをしてまで、再び会おうとはしないはずだ。
「それだけじゃないのですよね?」
なんとなくもう、理由は分かっていたが、私は彼に答えを促す。
「お見通しか。ならば、変に隠すこともないな。……アスタ・アポテーケ。お前ほどの薬師、そうはいない。できればここに残ってほしい。そう思って、頼みにきた」
そして、出てきたのは予想通りの回答だった。
要するに、薬師としての私を買って、彼は再び会いに来てくれたのだ。
そして、それはたぶんこの街の抱える事情も関わっている気がする。
「この街は薬師が少ないんですよね。薬師ギルドがないから、そういうことかと思って」
「そうだ。数年前まではあったのだが、利権がらみでギルドの中で揉め事が発生した。それで解散になって以来、薬師がいつかない。まったくいないわけではないが、数も技術も不足している」
「そんなことが……」
「今はまだ問題は表面化していないが、今後のことは予断を許さない。この街の薬師になってくれ」
ルベルトはそう言うと、わざわざ手を自分の足の上に置いて、丁寧に頭を下げるから、私は唖然としてしまう。
王子ほどの高貴な人に頭を下げさせるなんてこと、妃だった頃すら、したことがない。
これは聞き入れなければならない話なのだろう。
そう思っていたら、彼は続ける。
「ただし無理強いはしない。お前は恩人だ。ここで断るのは自由だ」
噂はやっぱり噂でしかなかった。そうほとんど確信する一言だった。
優しいというべきか、詰めが甘いというべきか。
用意しなくてもいい退路を、彼のほうから作ってくれるのだ。
貴族がただ一介の薬師に提示する条件ではない。
まったく悪い話ではなかった。
薬師になりたいと思って、こちらの国に来たわけで、この依頼を受け入れれば、一定の仕事は確実に貰える。
が、しかし。
「……大変申し訳ありませんが」
私は断りを入れた。