10話 元王妃は、自作の殺虫剤を売り込む。
試験自体は、難しいものではなかった。
国が違えど、薬学の基礎知識の部分はほぼ共通している。
各薬草の効果や加工方法、魔石などを利用した効果の増大、減少など、自信をもって答えられなかった問はほとんどなかった。
そして、結果はといえば――
「おめでとうございます! 合格です。これまで試験を受けられた方の中では、過去最高の点数でしたよ」
とのこと。
どうやら少し、できすぎてしまったらしい。試験の結果とともに、私はギルド証を受取る。そこにあるのは、「初級薬師」の文字だ。
どうやらいくつか段階があるらしく、試験を受けることで昇格制度もあるらしい。
そのまま試験会場で、ギルドのルールを聞かされることとなった。
会費は月末徴収で、銀貨三枚を支払う必要があるらしい。
ギルドの管轄区域はこの街一帯になっており、その範囲内なら、比較的自由に商売をできるらしい。
またギルド館の中にも販売スペースがあり、空きがあれば、そこはフリーで利用できるそうだ。
ただし、人が服用する薬を公に売る場合には、認可や登録が必要なこともあるとのことで、それなりに時間を要することもあるとか。
そのルール自体は、おおむね想像していたとおりだったから、すんなりと聞き入れる。
そうして試験会場を後にした私はさっそく、ギルド館内にある販売スペースへと向かった。
私はまだ、この国の貨幣を一つも持っていない。だからまずは、どうにかお金を手に入れたかったのだ。
最低でも、今日の宿代と食事代くらいは稼ぎたい! 久し振りにベッドで寝たいし、できれば美味しいものを食べたい。
そんな私利私欲全開で、私はまず会場確認をする。
そこには、いくつものブースが展開されていた。
椅子と机がもともと設置されており、そこを自由に使って、売り物をしてもいいらしい。
「おう姉ちゃん、なんか買ってくか?」
「ふふ、とりあえず見させてくださいな」
主には食材、アイテム類を売っている方が多かった。
薬師自体は本当に数が少ないのか、液状薬=ポーション類をついでに扱っている方が数人いるだけだった。
それらの値段を把握してから、私も空きブースに着く。
そのうえで、展開した商品は――
「虫をおびき寄せて、簡単に退治できますよ。いかがでしょうか」
いわゆる殺虫アイテムだった。
人に服用してもらう薬はすぐに売れないが、これならば売ることができる。
もともとは、野宿をする際、あまりに虫が集ってくるから、その対処として作り出した代物だ。
手のひらサイズの箱型になっており、甘い香りを発して、虫を誘う。
その内側はというと、モロコシの絞り汁から作った糊で全面が粘着性のあるものになっているうえ、アセビンという花を挽いた毒性のある粉もふんだんに使用していて、入ったら最後、出られない仕様だ。
そして、毒は箱の中だけで完結するので、人に害が及ぶこともない。
その効果はなかなかのもので、以来、外で寝るのも少しずつ平気になっていった。
身をもって、効果は分かっていた。
だから私は懸命に売り込むのだけれど、どうにも客が寄り付いてくれない。
遠巻きに見て、去って行ってしまう。
ちょっとニッチすぎただろうか。
価格は、銅貨三枚。
銅貨は十枚で銀貨一枚と交換できるレートだから、パンにすれば、三つ分で、そう高くはないはずだ。
それとも、ここではあまり虫が出ない……? そんなふうに疑問に思っていたら、一匹の羽虫が、こちらへと近寄ってきて、これだと思った。
私は、殺虫剤のうち一つを開ける。
すると、そこから発された甘い香りに、その虫はすぐに中へと吸い込まれていった。
やっぱり、効果は絶大だ。私はそれに一人頷く。
そしてこれが狙い通り、いいデモンストレーションになっていたらしい。
「あの、一ついただいてもいいですか。うち、虫が結構寄ってきてまして」
「そういうことなら、ぴったりですよ。外で使っても、かなりの効果がありますから」
ついにお客様が来てくれた。
それで一つが売れると、その後はだんだんと売れはじめる。
その一人が、「こんな商品見たことないよ」と言っていたから、意図せず新しい商品を売り出していたらしい。
それで、人が集まっていなかったのだろう。
そもそも持っていた数が少なかったから、しばらく経つと、所持していた分がすべて完売となる。
そして手元には、ある程度のお金が残った。
まぁまぁの売り上げに、私は一人ほくほくとしながら、銅貨を積み上げて数えていく。
これなら十分に、ぼろ宿以上の場所に泊まることができそうだ。久しぶりに、ゆっくり朝を迎えられる。
そう思案していたら、机の上に突然、ぬっと黒い影が落ちてきた。
私はそれで、銅貨を手にしながら顔を上げる。
「すいません、もう完売してしまいまして――」
こう言いかけて、ぞっとした。
そこにいた男は、いかにも怪しいいでたちをしていたのだ。
黒いローブに身を包み、頭をフードで覆い隠して、無言で立ち尽くす。
泥棒にしか見えない姿だったが、銅貨を取るような素振りは見せない。
それに戸惑っていたら、男はそっとフードの端を上げた。
すると、驚いたことにその顔は、私がこの国で唯一知った顔だった。
「いきなり商売とは、なかなか肝が据わっているな」
『氷の仮面王子』もとい、ルベルト・ミュラがそこにはいたのだ。
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