魔法とこわれたタペストリー-4
明けがた、ちょっとばかり寒かった。はっきりと季節が変わってきたのを感じる。
日がのぼりきったころ、キーア=ネインが一頭の馬をつれて山道をあがってきた。本人と馬、どちらの背にもどっさりと荷を負っていた。馬、すごく大きい。
「キーア=ネイン、いらっしゃい!」
「やぁグライエン、リツ。元気そうでなによりだ」
彼女は陽気に笑って手をふると、
「遅くなって悪かったね。ここは平地より季節の進みが早いから、遅くなると来るのがむずかしくなるだろう? 仕事の延長はいつもならありがたいんだけどねぇ、今回ばかりは困ったよ。もちろんそのぶん稼がせてもらったけれど! 食料の在庫はどうなんだい、リツ? 毎日の食事はたりている?」
荷を背負って山道をきたとは思えないマシンガントークを展開した。グラさんと二人だけでは存在しない言葉の量だ。一瞬ちょっと圧倒される。
「まぁギリギリってとこ」
答えたわたしの顔をじーっと見て、キーア=ネインは「ふぅむ」とうなずいた。悪くはないらしい。
「さぁじゃあ、まずは運んでしまって、それから食事にしよう。たっぷり買いこんできたからね! あぁ食料だけじゃないよ、リツ。あんたの服も用意したから、そっちも確認しておくれ」
「えっ、ありがとう!」
大荷物の理由はそれもあったのか。ちなみに馬は借りたのだそうだ。ここまでつれてくるには普通の馬ではだめで、元軍馬なのだとか。どおりででっかいわけだ。
荷下ろしをしながら、かんたんな魔法は使えるようになったこと、先日の手紙は一人で読めたことを報告する。
「そうか! 順調に学びは進んでいるか、それはなによりだよ」
「でも魔法ってあんまり出番ないんだな」
「生活するぶんにはそんなものさ。でもせっかくだ、あとで見せてもらおう」
「リツの能力はなかなかおもしろいぞ」
人型になっていっしょに荷はこびをしているグラさんが、ニヤリと笑った。
魔法陣が見えて直せるやつのことか? そうだ、あのタペストリーも見てもらおう。
「へぇ? それが珍しく最初から人型になって動いているワケか、グライエン? ならさっさと片づけてしまおうじゃないか」
グラさんとキーア=ネインが運び、わたしがしまう、という分担で作業を進める。食料はやはり根菜がメインだ。肉は全部燻製になっている。お、豆もある。服は下着と、冬向けの上着だった。ありがたいね。
なんだかんだしていたら昼時になっていた。
洞窟前の広場に簡易コンロやお茶セットを持ってきて、準備完了。
「よっし。じゃやるね!」
――詠唱開始。
――火のエーテル、赤い踊り手よ、この指先に集え。
――わたしの魔力を種として、小さな炎となるように。
――いずれ眠りを宣言しよう、それまでその姿でとどまっていて。
――詠唱終了。
ポッ……とごく小さな音をたてて、わたしの指先に火がともる。
じつを言えば、こんなに長く呪文を唱えなくても点火くらいならできる。でもキーア=ネインに初めて見せるわけだし、きちんと手順をふんでみた。
「まだ詠唱したほうが魔力も適量だな」
「やっぱりか」
一言で発動させているときは、集めた火のエーテルが少なかったり魔力が多すぎたり、結果としてつり合いはとれているものの不安定である、らしい。これを自覚できたりできなかったり、それもまだまだ不安定だ。目に見えないってのはむずかしい。
「まぁとりあえずだ! キーア=ネイン、どうだ?」
「どう……って」
あれ。想像してた反応と違うな。こわばった顔でわたしとわたしの指先の炎を見ている。
「魔法……あぁ確かに魔法なのは間違いない。エーテルと魔力はそう働いた…………けれどリツ、今の『歌』はなんなんだい? 呪文は?」
「は? 歌?」
なにを言ってるんだ? 困惑して横に立つグラさんを見あげたら、やけにたのしそうな表情で答えをくれた。
「おまえの唱える呪文は、俺たちにはまったく知らない言語の歌に聞こえている」
「は? いやわたし歌ってないぞ」
ぶんぶんと首を横にふった。
「作った点火の呪文唱えただけだ」
これがなかなかたいへんだったのだ。
最初は普通の言葉で「点火せよ」とやっていたのだが、うまくいかなかった。ならば普段あまり使わない言葉遣いにしてみろと、グラさんが助言をくれた。意識の切り替えや集中するのに都合がよい、と。
なるほどと、親しんでいたゲームやマンガを思いだしながら呪文を作った。なんか途中から、『こうしてよ』みたいな気配をどこからか感じたのは謎だった。未だにわからん。
その結果、このいささかこっぱずかしい呪文が完成した。なんでこんなに詩的になったんだか……
「それにグラさん、一度もそんなこと言ってないじゃないか。なんだよ急にさ」
「言ったところでおまえが魔法を使う手段はほかにないだろう。なによりおまえ自身と同様、変わった旋律だからな。聞いていておもしろい」
おもしろいって、あのな……
脱力するわたしの横で、キーア=ネインがグラさんにつめよった。
「グライエンあんた、なぜ呪文は教えなかったんだい?」
「俺は人の使う魔法の呪文は知らん」
「んなっ……! あ……あぁそうか、あんたの呪文は竜の言葉だったね。そうか、それなら教えようもないか」
「別の系統の呪文であるというだけだ」
「……まぁ…………そうとも言える、か。あまりに特殊な聞こえ方だとは思うけどね」
やれやれ、とキーア=ネインも脱力した。
普通に唱えたつもりが歌ってるなんて言われるのは、ヘンな感じだ。ていうか歌ってないし。
「いつもの会話は歌には聞こえてないんだろ? なんか違うんかな……」
「おまえのひとりごとは同じだぞ。歌のように聞こえる」
きょうになって、またいろいろと暴露されている。
「…………へ?」
「そもそも『渡り星』、つまり異世界の者となぜ言葉が通じていると思う」
え?
……そういやそうだ。ぜんっぜん考えたことなかった。いきなりドラゴンとしゃべっていたから、いろんなことを「そんなこともあるだろう」って受けとめてる。ドラゴンなら超常現象の二つ三つ、おこしてておかしくない気がするし。
「もしかして、グラさんなんか魔法かけてくれてる?」
グラさんはうなずいた。
「俺たちドラゴンの持つ意思疎通の魔法だ。伝える意思があって発した言葉が通じるようになる」
だから、誰かに伝える気のないひとりごとは意味のわからない言葉に聞こえる。逆もしかり。聞く意思がなければ聞いても意味がわからない。
「そーなのか……!」
魔法すごい。
ただし、意識に作用するような強力な魔法は普通はかけられないらしい。死にかけだったからとか、異世界人だからとか、やっぱりこういう特殊な条件がそろったから実現したことのようだ。
「おそらくだが……おまえは詠唱のときエーテルに語りかけているんだろう。だから俺たちに言葉はわからないし、結果、歌に聞こえるのだ」
エーテルに語りかける――そのとおりだな。呪文は命令口調だが、意識はそうだ。ふよふよ浮いてるエーテルを意図した形にするのは、かき集める、よりも、来てもらう・協力してもらうとしたほうが、わたしの感覚にあう。「この指とまれ」のノリだ。
「うぅん……エーテルに、か。わたしたちの魔法より使い勝手がよさそうだけれど……でも少し危なっかしいね。語りかけるのがうまくいってしまえば、どんな効果でも発現できるってことだろう?」
キーア=ネインはむずかしい顔をしてそう言ったけど、わたしはどうかなぁ、と首をかしげた。
「どんなでもってことにはならんと思うなぁ」
ほかにもいくつか、できてるといいとグラさん推薦の魔法を作ったが、形になるまでだいぶ試行錯誤したのだ。イメージできないとなんにもならず、呪文考えてもうまく動かなかったりした。
「リツの魔法は意思、イメージが強くでる傾向にある。言葉は制御のためだな」
「へぇ。形式としてはもっとも古い形になるんだね。リツ、それはいったん消して、もう一度やってみせてくれるかい」
「うん」
――消火。
頼まれたとおり、もう一度手順をきちんと踏んで火をつける。めちゃくちゃキーア=ネインの視線を感じた。完全に試験だコレ。
「ふーむ……エーテル操作も魔力操作もまだまだぎこちないけれど、安定して使えているようだね。グライエンの言うとおり、歌もなかなかクセになる」
自分では歌ってるつもりがないから、どんなふうに聞こえているのか、知りたいような知りたくないような。複雑な気分だ。
「よし、じゃあリツ、その火はコンロにうつしてくれ。食事にしようか」
「はーい!」
ごはんだー!




