魔法とこわれたタペストリー-3
「ふむ……」
テーブルにひろげたタペストリーを、グラさんはじっくりとのぞきこんでいる。ドラゴンの姿だとぐいと首を曲げるので窮屈そうだが、本人はそうでもないらしい。
「魔法陣の薄いところはもうないよ。全部直った、と思う」
あれから毎日、ちょっとずつ魔法陣の修繕を進めていった。一気にやらなかったのは、わたしへの影響が未知数だったからだ。
エーテルに同調した状態で魔法陣にふれると、読みかたがわかる。それを口にすると、わたしの魔力が魔法陣にひっぱられ、こわれている部分が直る。
そういうことを、わたしはできるようなのだ。なぜ、の部分はまったく不明である。
言葉を唱えると魔力を持っていかれるが、この魔力の量をわたしがコントロールすることができない。必要量を魔法陣が持っていってしまうのだ。
意図的ではない魔力の放出はけっこう危険だという。ならば読む量をコントロールできないかと思ったが、押しだされるように声に出してしまうため、どうしてもできなかった。さいわい、修繕部分がひとつひとつが小さく、だから一度の量も少なかったのだろう、わたしの体調などに影響がでるようなことはなかった。
エーテルとの同調状態と魔力をコントロールできるようになれば状況の改善は見こめる、とグラさんはアドバイスをくれた。練習方法は例によってわからないので、とりあえず棚上げである。
ということで魔法陣は直ったのだが、グラさんはしきりに首をひねっている。タペストリーは完全にもとどおりにはなっていない、と言う。
「どこがどう、とはわからないのだがな。旋律も雑音がある」
「雑音か。なんだろうなぁ」
まねてタペストリーを観察するが、残念ながらなにも気づくことがない。わたしの場合、本来の姿を知らないというのも大きい。
やがてグラさんは首をふった。
「……いや、裂けていたのがここまで修繕できただけでも僥倖だ」
「そりゃ最初はつなぐだけって話だったけどさ。なんかよけい中途半端になっちゃったな」
見た目はなんともない感じだから、より歯がゆい。あーあ。
「時間をおいてみれば気づくことがあるかもしれん。そう気落ちするな」
「うー……」
洞窟のやたらひろい物置はいろいろな物が積まれているが、管理はかなりテキトーだ。むき出しのまま置いてあるものが多い。そんななか、タペストリーは箱にいれてていねいに保管されていた。破損した時期も、彼にしては正確な答えを教えてくれた。
そういう品の修繕だ。グラさんぜったい、期待してたと思うんだよ。
あぁ、くやしい。
ひとまずタペストリーは箱にいれ、物置にしまってきた。生活している部屋はあまり広くないのだ(グラさんの体積で六、七割うまる)。
「……お茶でもいれるかぁ」
オヤツはない。今ものすごーく甘いものがほしいのに!
そこへ、窓から光るものが飛びこんできた。それはグラさんの鼻先までやってくると、すぅっと形を変えた。ぽとりと床に落ちたのは、筒状に巻かれた紙だった。
「なんだ?」
「手紙だ」
「手紙飛んでくるの!?」
「魔法を使った手紙だからだ。先日キーア=ネインに渡しておいたから、やつからだろう」
封のそばにたしかに彼女のサインがあった。
「渡したって、この用紙を?」
「封の紙片のほうだ。それに書きこまれた名前と魔力の持ち主へ飛ぶ魔道具だ」
どこからだろうと、いかに距離があろうと届くという。魔法の宛名シールってところか。手紙を拾いあげてそれをみると、ガビガビした線が引かれている。
…………あーこれ、このギリギリ読めなくもないって文字……グラさんのサインだな……
「封を俺のほうにむけろ」
言われたとおりにしてかかげると、グラさんは爪の先でぴっと封をやぶった。こういうのは器用にやるのにな。ちなみに開封は、本人もしくは本人より魔力のある人じゃないとダメなんだそうだ。
「はじめてキーア=ネイン呼んだときも、これやったのか? 見た覚えないけど」
「俺が手紙を書くと思うのか。別の方法だ」
……だよな。
「いいから読め」
まだ読み書きうまくないんだが。
巻かれた紙は広げてみるとA5サイズより少し小さいくらいだった。読みやすい文字だが、文はびっしりと書いてある。えぇと…………
『グライエン、リツ
元気にやっていますか。山はそろそろ秋が近いのではないでしょうか。
受けていた仕事がようやく終わりました。よい稼ぎになりました!
リツ、魔法の修行はどうですか。進んでいますか? 魔力に気がついたのですから、かんたんな魔法をおぼえたのではありませんか。
そちらのことが心配です。とくにリツの食事が! 食料がなくなっていませんか。
食料そのほかを買い集め、そちらにむかいます。到着はこの手紙が着いてから十日後くらいになるでしょう。
あえる日を楽しみにしています。
――キーア=ネイン』
だいぶ時間がかかったが、なんとか読めた。毎日とりくんでいる勉強が成果をあげた形だ。うれしい。
それに、キーア=ネインもわりあいかんたんな言葉遣い、文法にしてくれているようだ。ただ、横からのぞいていたグラさんいわく、もっと雑な表現をされているらしいが。
「十日後くらい、かぁ。たのしみだな」
ぶっちゃけ一回の食事量をかなり減らしている状況なので、彼女の訪れは非常に待ち遠しいのであった。
キーア=ネインの手紙のとおり、ふとした瞬間に冷えを感じるようになってきたが、昼間はまだまだ夏である。いつものようにグラさんとふたり、洞窟前の広場でひなたぼっこと勉強をしていると、つぃーと光の玉が飛んできた。おどろいてよけると、わたしのあとを追ってくる。
「ななナニ!?」
「コトダマだ。よく見ろ」
「えぇ? ……あー……エーテルの塊? 中心になんかあるな」
「言葉を送る魔法だ。手で受け取ってエーテルの波長をあわせてみろ」
両手にすくうように乗せた光の玉はわりあい小さく、ミカンくらいのサイズだった。そのままの姿勢でエーテルの波長をあわせていく。
完全にあわさったところで、ポンと光の玉がはじけた。えっ!?
『アシタ、トウチャク』
キーア=ネインの声が聞こえた。
「えっ! これ、え!?」
こわれたかと思った!
「俺がキーア=ネインを最初に呼び出した方法がそれだ。短い単語にかぎるが、一方的に声を届けることができる」
ただ送受信できる条件が限定的、かつ再生も一回かぎりと不便なので、あまり使われないらしい。
「条件て?」
「送る側は相手の魔力を感知できること。受け取り側は今のようにエーテルの波長をあわせる技術をもっていることだ」
とくに距離があっても個人を特定できる魔力感知は、それなりに高度な技術であるとか。
グラさんは魔法が得意だし、最低限の用件が伝えられればじゅうぶんだから、好んで使うそうだ。文字も書かなくていいしな。
「今のってつまり、キーア=ネインがここにあした着くって意味だな? グラさんにも聞こえた?」
「あぁ。声だからな、あるていどの範囲に聞こえる」
「……秘密の伝言はできんな」
「それは受け取る側が対処すればいい」
防音とか遮音ができる環境を準備するとか、誰もいないとこに行くとかか。なるほど。
「で、あした到着……あ、あの手紙から十日目か! たのしみー!」
「……キーア=ネインにあうのがか? それともはこんでくる食料がか?」
「両方っ! こっちにだって、報告できることあるんだし」
魔法を使えるようになったこととか、読み書きの勉強のはかどり具合とか。
「おどろくかなー」
わくわくして言うと、
「そうだな。そうとうおどろくだろうな」
グラさんはニヤッと笑った。




