魔法とこわれたタペストリー-2
タペストリーの修復は数日で終わった。できるかぎりこまか~く縫いあわせて、遠目には裂けたのはわからなくなっている。
そして例のチカチカ。これエーテルだ。日を追うごとに見える数や密度があがっていって、今では文字や模様をえがいている。
「なぁグラさん、これ魔法の文字とか模様、だよな?」
「なんの話だ」
「エーテルでできてるコレ。魔道具にも見えるやつ」
わたしはタペストリーをかかげた。ドラゴン姿の場合あんまり近いと見づらいらしいから、少し離れてみる。
グラさんは直したばかりのタペストリーに穴があくんじゃないかってくらい見て、
「……おまえ、もしや今、魔法陣が見えているのか?」
と伏せていた身体を起こし、おどろいたように言った。
「いつも見えてるじゃないか。魔道具とか。使ってないときは暗いけどさ」
「……起動していない状態でも見えているのか?」
「うん。ん? グラさん見えてないの」
「今は、な。起動していればむろん見えるが……そうか、おまえは見える者なのだな」
わたしは灯りの魔道具を起動させた。道具の周囲に小さな魔法陣がくっきりと浮かびあがる。
「グラさんに見えてるのはこの状態?」
「あぁ」
灯りを消す。
「見えてない?」
「あぁ」
「……なんでわたし見えてんの?」
ドラゴンたるグラさんは見えないってのに。
「リツのように魔法陣が見えるやつ見える。俺の知るかぎりではその共通点はない」
人種、年齢、性別、魔力の量、魔法の技量……などバラバラだそうだ。
「んじゃピントがうまくあったってくらいか?」
「そうだな。道具に込められたエーテルと同調すると見えるのだろうと、俺は考えている」
「エーテルと同調?」
「己のエーテルと波長をあわせることだ。普段魔法を使うときも、例えば着火ならば火のエーテルと波長をあわせて使えば、魔力はごく少量でいい。加減もたやすくなるぞ。できるようになれ」
またなにやらむずかしいことを言う。
魔道具は毎日だし、タペストリーは修繕するのにふれていたから、無意識にエーテルの波長をあわせていたのではないか。グラさんはそんな見解をしめした。
エーテルの波長、なぁ。
「波長あわせは応用がきく。今のおまえに関して言えば、魔法陣を見る見ないのコントロールだ。必要になると思うが?」
どういうことだ、と首をひねるわたしに、魔道具に囲まれた状況を想像してみろと言う。ふむ?
前後左右に魔道具、となると、全部に見える魔法陣……
……めちゃくちゃうっとうしいな! 精神衛生上にもよろしくない、きっと。なんとかできるようにならないと。
さて、タペストリーの魔法陣であるが。暗いのでわかりにくいが、まだ全体が見えていないようだ。だいぶでかいみたい。それにところどころ欠けている。
それは、とグラさんは重たい口調で答えてくれた。
「魔法陣がこわれているのだ。魔法工芸品は、品が損傷すると魔法もこわれてしまう」
そういやこの欠けている部分、布の裂けていた部分とほとんど一致する。
「直せないの」
「できない……残念ながらな。魔法工芸品は直せない」
「魔道具は直せるんだろ?」
「作り方が違うのだ。あれは魔法陣が外側にあるだろう」
魔道具は特殊なインクとペンで魔法陣を書きこんで作る。だから道具と技術さえあれば、誰だろうと修繕は可能。
対して魔法工芸品は、作者が最初から最後まで魔法をこめながら製作する一点もの。ゆえに直せるのは作者のみ。
あぁ……そりゃあ直せんな。
「もったいないなぁ。この魔法陣、すごいきれいなのに」
魔道具の魔法陣だって、あれはあれで機能美でいいと思う。
でも違うのだ。魔法陣の良し悪しなんて知らないが、模様の形や配置、つながりがとても美しい。工芸品ってことは美術品だもんな。全体が見えたらさぞかしみごとなんだろう。
「すべて見えるまで持っていてもかまわんぞ」
「いいのか?」
「ついでにエーテルの同調訓練をするといい。ちょうどいい練習台だろう?」
「ぬぁ!?」
うれしいことを言ってくれたのに、いきなり課題になってしまった。
しかし目の前にあるタペストリーの魔法陣は、不足があっても魅力的だ。全体を見たい欲が勝つ。
「やるか……!」
あっさりとつられるのであった。
魔力同様、見えないものをどうにかしようとするのはむずかしい。エーテルは目に見えるが、波長なんてものは見えやしない。エーテルが蛍のように明滅していればとっかかりになっただろうに。
奮闘すること数日。魔法陣はほとんどすべての姿を見せた。
このころになると、タペストリーのエーテルと波長をあわせるのはなんなくできるようになっていた。一回できるようになったものとはあわせやすいようだ。
やっぱりきれいだなぁ。欠けているのが本当に惜しい。
……んん? 欠けてるっつうか……めちゃくちゃ薄いだけか?
どうにかできたらいいんだけどな。魔力で補強とかできんものか、と薄い部分をなぞってみた。
と、ぶわっ……と視界いっぱいに魔法陣がひろがった。ちかちかと文字や模様がおどる。読めるはずのないそれらが、意味を伝えてきた。どう読むのかを。
「――『小川よ踊れ。オナガの尾のごとくかろやかに』……?」
口にした瞬間、魔力がひっぱられた。魔法陣が輝く。
え、なにが起きた?
ぱちぱちと目をしばたかせて、残像をふり払う。ふと指先を見ると、薄かったはずの魔法陣がくっきりと浮かびあがっていた。
あれ……? 直ってる……?
「……グラさん……コレ……」
いつものように隣にいるグラさんをふりあおぐと、彼は目をみひらいて固まっていた。ゆっくりと顔をタペストリーに近づけ、また戻る。
「おまえ今、なにをした……? 魔法が直ったな……?」
「なにを……したんだろうな、わたし?」
自分でもよくわからない。
「順を追って言ってみろ」
「えぇと」
たった今のできごとなのだが、一瞬のことだったから言葉にするのはむずかしかった。なんとかかんとか説明してみる。
「伝えてきた……? そうか、口にしていたのはその言葉か」
「うん。うん? グラさんわからんかった?」
「意味のある言葉としては聞こえなかった」
「そうなのか。んで……魔力が魔法陣にひっぱられて、ぺかっと光って、この部分が直ってた」
「魔力を、か……」
ふむ、とグラさんは考えこんだ。直った部分を見ながら、わたしも考えてみる。
あの言葉は、指がふれていたあたりだけのものだったようだ。というのも、ほかの薄い部分は直っていないから。該当部分の言葉と魔力で、魔法陣の補修ができたと考えられる。
問題はなんでそんな言葉がわかったのかってところだ。なにせ魔法に使われる文字は教わっていないのだから、読めるはずもなし。魔法陣がひろがったあの瞬間がカギだろう。だけど一瞬だったからなーんにもわからん。
薄い部分はまだあるし、わたしには害がなさそうだし、もう一度やってみるか?
「術式の欠けた部分が見えたことについては、なんとも言えんな」
おもむろにグラさんが話しだした。
「極端に術式のつながりが弱まっていても見えたのか、完全になくなったものが見えたのか。もし後者ならばタペストリーの過去を見たことになるが」
「そんなものまで魔法で見えるのか?」
「一応な。むろんかんたんではないが」
過去というのは星の記憶だから、エーテルに同調して干渉してなんたらかんたら……で見えるとか。よくわからん。しかもこれ、魔法じゃなくても見える人がいるらしい。それはもはや超能力じゃないか?
「言葉のほうだが。共鳴したのではないか、と俺は考える」
「……共鳴?」
「俺の耳は存在の響きを聞くと言ったな。おぼえているか?」
「うん。だからわたしのことも見つけたんだろう?」
「じつはな、作られたモノからも聞こえることがある。めったにないが、古いもの、強力な魔法がこめられたものとかだな」
「……てことは、このタペストリーからも聞こえてる? 条件そろってるよな」
案の定、グラさんはうなずいた。
「それとおまえの響きが、きれいにかさなった瞬間があった。エーテルの波長をあわせた状態で魔法陣にふれたときだ」
エーテルはただの力だが、理屈では説明できない現象がおきやすい力でもある。わたしが読めたのもそういうことではないか。それがグラさんの推測だった。
…………けっきょくなんも説明できないってことだな!
『なに』をしたら『どう』なるのか、そこがわかればいいや。
「じゃ同じこと、もっぺんやってみるか」
わたしはエーテルの波長をあわせ、魔法陣に手をのばした。




