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歌う工房  作者: リコヤ
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魔法とこわれたタペストリー-1

 キーア=ネインのおかげで、わたしの生活環境は大きく改善した。文明のありがたさよ。

 下着もそろい、服も大きすぎるってことがなくなったから動きやすい。ただ靴だけは、元の世界のものを履いている。いわく、靴はきちんとしたものを履くべきだ、とのことだ。たしかに、あってない靴は動きにくい。

 食べ物は日持ちのする食料を大量に買ってきてくれた。根菜類を中心とした野菜に燻製肉。チーズまであった。それからごく基本的な調理器具に、調味料は塩・コショウ・砂糖・お酢。料理好きでも得意でもないけど、味の違う食事が用意できるのはうれしい。


 意外なことになったのが火だ。マッチと火打石を用意してくれて、前者はともかく後者も苦戦しながら使えるようになったのだが、問題はそこから先にあった。

 燃料たるたきぎが手に入れにくい。

 洞窟のまわりは森だけど、ちょうどいいのがいつでもそこらに落ちているわけではない。かといって切り倒してたきぎに加工するのも、やってできないことはないだろうが、素人がむやみやたらと伐採するのはいかがなものか。

 盲点だった、とキーア=ネインは天をあおいだ。


 けっきょくここだけはグラさん頼りのままかと思いきや、なんと魔法を習得することになった。それなら燃料に困ることはないのだそうだ。地球人がそんなもん使えるか? と思ったけど、わたしはドラゴンの血と魔力で回復した身であるから、魔力持ちになっていたらしい。実感ないぞ。

「まずはそこからだね。自分の中の魔力を感じとれないと扱うことができないんだから」

「どうすりゃわかる?」

「……………………」

「……………………」

 あたりまえに魔力を感じるドラゴンとエルフ、方法なんて考えたこともないと言う。


 二人が思いついた方法をかたっぱしから試して、自分の中にその存在を感じとれるようになったのは、キーア=ネインの滞在が終了する間際だった。それだって、これかな? これかも? というあやふやな感触だった。

 この二人が魔法を教えるのにむいていないのか、わたしがにぶいのか。


 それからの過程も非常に困難だった。

 呼吸するように魔法を使うグラさんの解説は感覚的で、まったくわからない。手順は、と言った次の瞬間には火がついている。説明もなにもない。

「呪文とかないの」

「俺は知らん」

 あるにはあるらしい。

 大がかりな魔法になるとグラさんも呪文を唱えるが、それはドラゴンの言語であるためヒトには不可能だそうだ。


 グラさんが講釈してくれたところによると、魔法とは、つまるところは思い込み……らしい。魔力とエーテルをエネルギーに、言葉や文字や図形を使って考えたことを実現するための技。

「言葉にすると自分に対して目的が明確になる。すると魔力とエーテルを操作しやすい」

 頭で考えるだけより、声に出したり文字にしてみるほうがやりやすくなるってのは理解できる。設計図ひいてみるほうが、完成図をイメージしやすい。

「言葉ってのが呪文なわけだな」

「そうだ。魔術語として制定されているものがある……が。魔法を使う本人が理解していれば、魔術語でなくとも発動する」

 自分が魔法を使えると信じることがだいじなこと。

 ……それ、地球人にはむずかしいぞ。



「お……おぉお……! できたっ……!」

 試行錯誤すること三週間くらい、いやもうちょっとかな。ようやく手のひらに火を出せた。

 どう、とグラさんにかかげてみせる。

「やったな」

 ほめてくれた。

「よっしゃ! きょうはこれでごはん作る!」

 外から部屋まで火が消えないように慎重に戻る。気をつけていないと『魔力を手のひらに集めている』って状態を維持できんのだ。


 悪戦苦闘しつつ、どうにかコンロに火を置き換えられた。よし、まず記念にお茶をいれよう。

 ガタゴトやっていたら、グラさんが人型になっていた。珍しいことに、お茶につきあってくれるようだ。

「えー……ロク麦茶。産地、ホルイ――なんだっけこれ。領?」

「あぁ」

 ずっと魔法の練習ばかりをしていたわけではないのだ。魔力やエーテルを操作するなど慣れてないから、長時間できない。だからあいまに、読み書きとか世界のことを教わっている。グラさんの気がむいたときに、思いついた話をされるというゆるっゆるな授業であるけれど。

 紙幣はまだでも、普通の紙や本は流通しているようで、キーア=ネインは教材となる本――活字が大きめの古い児童書だ。子供向けだが挿絵はとても少ない――も用意してくれた。書き取りはその本を見本にしている。グラさんは異世界人のわたしから見ても悪筆だった。


 席についたグラさんは、テーブルのすみの置き物に目をむけた。

「……もう一つ作ったのか。その椅子」

「うん。次はなに作ろうかねぇ。ベンチ……んにゃテーブルにするかなぁ」

 勉強の息ぬきに服の繕いとかしていたけど、数はないからすぐ終わる。それで今度は、趣味のミニチュア小物作りをはじめたのだ。材料(森の中を散歩がてら木っ端を探す)と道具の関係で、四つ足がついているだけのかんたんな椅子しかまだ作れていない。

 しかもけっこう、ガタガタだ。そんな出来ばえなのに、

「まったく器用なものだな……」

 グラさんはミニチュアを丁寧な手つきで持ちあげて、ためつすがめつしている。前に工芸品が好きなのか訊いたら、やっぱりうなずいていた。自分は不器用だしドラゴンにはない文化だから、感心するのだそうだ。


「道具がそろえば、もっといろいろ作れるのか?」

「うん、まぁもう少し作れる。木工と裁縫にかぎるけど。革は……ちょっとやったことはあるんだが。こっちの堅いし厚いから、むずかしいな」

「金属は?」

「金属そのものを加工したことはないよ。できあいのパーツを組み合わせてたくらい。マジでかんたんなことしかできん」

 なんにせよ素人なので、作れるものは用意できる材料に左右されるのである。


 その翌日。グラさんが洞窟の奥から、ちょっと埃をかぶった箱を持ってきた。

「これ直せるか?」

 テーブルにそっと広げられたのは、だいぶ古そうなタペストリーだ。一辺だいたい二メートルくらいの正方形で、大きな木が真ん中に染め抜かれている。木には赤い実と色とりどりの鳥が刺繍でえがかれていて、全体的に鮮やかだ。けれどちょうどそこが大きく裂けていて無残なありさまである。

「なんだこの悲しい状態」

「事故で裂けてしまってな。つなげるだけでいいんだが」


 ふむ。裂け目はスッパリときれいなものだ。染料のせいなのか、ほつれ糸はとても少ない。

 それからコンロなんかの魔道具と同じように全体的にチカチカと光るものが見える。最近見えるようになったこのチカチカは、こめられた魔法らしい。つまりこのタペストリーも魔法の品だな。

「これは魔法工芸品だ。魔法はこわれてしまっているがな」

 魔法の工芸品……そんなものがあるんだな。いやしかし、

「工芸品って……そういうのわたしが直しちゃっていいのか? 作った工房とか、その道のプロに任せたほうが」

「かまわん。作成した者はとうに天地に還っているからな」

「……? 天地に……? どういう意味」

「――ああ、亡くなっている、ということだ。魂は天の、肉体は大地のエーテルに還る」

 なるほど、こちらの死生観か。


 グラさんの持ち物で、箱の埃をかぶった状態から想像はしてたけど、やっぱりそうとうに古いものだ。いつごろなのかと訊ねたら、しばらく考えてから、

「…………二百五十年前になるか」

 と言った。時間の流れにあまり頓着しないグラさんが、かなり正確な数字を出してきた。よほどたいせつな品なのだろう。


 けど、うーん。期待には応えたい。タペストリーの裂け目をじっとにらむ。

「……マジでつなげるだけなら、なんとかできそう」

「そうか。やってくれるか?」

「うん。引き受けるよ。裏側、ちょい補強しようか」

「まかせる」

「まかされた」

 一番細い糸でちまちま縫えば、遠目からならわからないできばえにはなるだろう。白い糸しかないからなぁ……かなりこまかくやらないと。


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