ここは異世界、となりにドラゴン-5
お金の単位はセテル。硬貨は七種類あって、内訳は銅貨四種に銀貨が二種、金貨が一種。大きさや厚みも全部違う。
銅貨のうち額面の小さい二つは真ん中に丸い穴があいている。銀貨は五百円玉くらいの大きさで、一番額面の大きいのは模様がとくべつこまかい。
「金貨は持ってないのか?」
「あぁ。あれは使いにくいんだよ。大きいし重いし、そもそも使おうにも、大都市の大店でなきゃ受けとらない。仕事の報酬がそれで用意されることがたまにあるけれど、すぐにギルドに預けることにしてる」
一万円札よりくずした額面のほうが使いやすいってのと同じだな。こういうのは世界、文化が違っても共通するのか。
ちなみにサイズは五百円玉サイズの銀貨よりひと回り大きいそうだ。
「お札はないの? 紙のお金」
「あるけど、あまり一般的ではないね。額が大きいからそれなりの規模の商家や、貴族なんかの資産家くらいしか手にすることはないんだ。わたしも見たことはあるが持ったことはないよ。普段の買い物では出番がないし、それに持ち歩くには厄介でね」
「紙のが軽いからラクじゃないか?」
「濡れたら印刷がにじむだろう? 読めなくなったらお金として認められない。火や衝撃にも弱い。その点硬貨はそんな心配がいらないし、基本的にどこででも使える。それこそ大都市から鄙びた村までね。むろん両替したほうがいい地域もあるけれど。できなくて物が買えない、なんてことはめったにない」
「ふうん」
なるほど、単位はどこでもセテルで共通のお金はあるけど、国ごとに違うお金も発行されてる、と。ユー○みたいな感じだ。
だいたいの物の値段も教えてくれたけど、いまひとつピンとこない。地域差もあるとのことだし、実地で感覚つかむしかないな。
「ありがとう、キーア=ネイン」
硬貨を革製の小袋に戻す。財布というと、コレらしい。
「グライエンあんた、わたしを呼んだのはこれが目的かい? つまりこの子に人の文化を教えてほしいと」
「ああ。世界のことは俺が教えてやれるが、人の習慣はよくわからんからな。それに……娘の生態で必要なものは知らん」
「生態? いやグラさん、人間のこと知ってるじゃないか」
「性別に関係ない部分はな」
うん? 性別? で、必要なもの?
――あぁ、
「生理か」
グラさんはドラゴンだし、生理用品は縁ないよなぁ。
「…………リツ、あんたのところでは。ハッキリと言うものなのかい?」
キーア=ネインはちょっとひきつって、うっすら赤くなっている。
「人と状況と関係によるよ。わたしは仲間内でなら生理痛のことは言う。たまに重くてしんどいからさ、黙っててもけっきょく心配されたりで言うことになるし」
そうかい、とキーア=ネインはうなずき、はにかみながらヒューノスとエルフはたいてい異性には隠すのだ教えてくれた。でもって男性に知られるのは恥ずかしいことである、と。
ほかの人種については、種族とその文化によって違いがあるから言いきれないが、あまり大っぴらにはしないそうだ。
いやまぁ、こっちも大声で言いふらしたりしないが。
生理用品は急いで用意すると言ってくれた。漠然と想像したのは布ナプキンで、訊いたらやっぱりそうらしい。使ったことないが、慣れるしかないな。しばらくきてないからな……ヤバいことになりそう。
「グラさんはこの話題平気なんだね」
「単純に生物の生態だろう。それに血の匂いには気づく」
そして、至極まじめに続けた。
「リツ。己をいたわることをおろそかにするなよ」
動けないという体の訴えを無視するな、がんばるのはいいが一線を越えてムリをするなと、リハビリ中ちょくちょく叱られていた。自分の身をだいじにしろ、と。
「うん」
わかってる。グラさんに助けてもらったんだしね。
「さて、話はわかった。だがすまないけれどグライエン、次の仕事が決まっていてね、いろいろ教えてやれるほど長くはいられない。届け物をするていどだと思っていたからね。ひとまず人の生活にいるものは用意しよう。ここにあるだけではたりないだろう?」
洞窟にあるのって、寝具と食器ぐらいだもんな。台所がないから、お湯を沸かすには地面に焚き火(着火はグラさんの魔法)なのだ。設備としてはトイレはあるけど風呂はない。
キーア=ネインは指を折りながら、ぶつぶつとリストアップしている。
「リツはほしいものあるかい?」
「そうだな……着替えと筆記用具」
「あぁそうだね、さっきもころびかけていたっけねぇ。わかった、動きやすいのを選んでこよう」
「あと下着も。ふんどしなのはかまわないんだけどさ。ちょっと替えがたりない」
なにせ全部で三枚なので。もう少しわがままを言わせてもらえば、ブラもほしい。今は薄手の布を巻いているのだ。
「ふんどし」
キーア=ネインは絶句し、動きまでとまってしまった。が次の瞬間、グラさんにつかみかかっていた。
「グライエンあんたッ! 娘にナニ着せてるんだい――ッ!」
「俺に用意できるわけがないだろう」
動じないグラさんである。わたしも普通のがほしいと強く要求しなかったから、そんな剣幕にならなくてもいいのに。悪くないよ、ふんどし。
「すぐに! 行ってくるッ!」
握りこぶしで立ちあがった彼女は使命感に燃えているようだった。
しかし最寄りの集落まで、だいぶかかると聞いている。目的地に行くだけで時間切れになるんじゃないか。
「問題ないよ。森の扉を使うから夕方には戻ってこれる。安心して待っておいで。グライエン、標を起動させておいて。帰りはそれで戻ってくる」
「わかった。それと、費用はこれを使え」
グラさんは小さな革袋を渡した。硬貨が鳴る音がしたから財布だろう。意外だ、現金持ってるんだな。
「ずいぶん久しぶりに取りだした」
もちろん、前回がいつなのかはわからないわけだ。中身を確認していたキーア=ネインが、あぁやっぱりとつぶやき、ジャラジャラと何枚かよりわけた。
「これはもう古銭扱いだよ。使えないわけじゃないが、物好きな好事家が高く買い取ってくれる。そのほうが勝手がいい」
「そうか」
さりげなくお宝が混じっているあたり、さすがドラゴンの持ち物だ。本人はまったく興味なさそうだが。
キーア=ネインは鞄に革袋をしまうと、
「じゃあ待ってな!」
と広場を囲む森へ駆けていく。そっちに道はないのに――
「あぇっ!?」
木と木のあいだがぼやんと歪み、そこへ飛び込んでいってしまった。もう彼女の姿はない。
「えぇえっ? 魔法? 魔法!?」
「違う。精霊界の扉をあけて入っていっただけだ。森は精霊界との境が薄い。感覚をつかめばあのようなことができる。森の扉はその通称だ」
「せいれいかい」
「精霊界というのは……生命や力がそのままに存在するところだ。すべてのものが、物質としての形を持たない」
なんかピンとこないな。とりあえず別世界なんだろう。でもその感覚とやらをつかんでいれば、森があればどこからでも出入りができると。
あれ、でも来たときは普通に、下から歩いてきた。
「精霊界で物質を存在させるには結界魔法を使う。が、あそこでは魔法を大きく展開できない。せいぜいが自身をおおえるていどだ。ゆえに荷があるときは森の扉は使えない」
「ふうん? でも夕方には戻るって言ってたけど」
「転移魔法だ。あれなら対象はさほど限定されない」
「それって、一瞬で移動できちゃう魔法?」
「目印は必要だがな。ちょうどいい、リツも登録しておくか」
転移魔法が込められているものを標といい、それが目的地の目印となる。ただし起動していないと、目印としての役目ははたされない。だからキーア=ネインは頼んでいったのか。そして、その魔法が使える人につかまっていれば、自分自身でできなくても移動できるが、標に登録してあればより安定するのだそうだ。
グラさんは洞窟入り口のとある岩を、ここの標だとしめした。
それって、わたしが日なたぼっこするのにすわってる岩じゃんか! 魔法の目印を、毎日尻にしいていたのか……




