ここは異世界、となりにドラゴン-3
竜人とはドラゴンと魂の契約をした人のことである。契約内容によって差はでるが、おおむねドラゴンと同等に近い寿命と力を持つ。その代わりに存在がドラゴンに縛られ、勝手な行動はできない。
「だが治療と、この世界になじむための補強として俺の血と魔力を与えられたおまえは、竜人の似たもの、だ。影響は受けているが竜人としての能力は半分……半分以下だろうな。俺に行動が縛られることもない」
衝撃の事実。わたしは少々、人間じゃなくなっていた。
「あーだから回復が早かった?」
「そうだ」
リハビリ開始から完全回復までありえない早さだったのは、それが理由だったのか。
「そうだったのかー……」
「不満か」
「え? いやぜんぜん。死ぬよりはるかにいい」
生きることを選択した結果だし、おかげさまで今ピンピンしているのである。こうなるって知らされても、きっと同じ選択をしただろう。
「そういうことだ。キーア=ネイン。俺は竜人を持つ気はない」
「あぁ知っているとも。でもまさかと思ってしまったんだよ。気が変わったのかってね。変わってなくて安心したよ」
キーア=ネインはほっとしたように笑った。
竜人契約は双方の合意がなければ成立しないが、ドラゴンのほうが力が強いため、誘導による返事でも契約できちゃうらしい。その場合、竜人は正規の契約以上にドラゴンに縛られることになる。そうやって手勢をふやし、よろしくないことをするドラゴンもいるのだとか。
……逆もありそうだなぁ。言いくるめて契約して、その能力使って暴れるようなパターン。
「ある」
グラさんは不愉快そうな目つきでうなずいた。
ヒトだろうがドラゴンだろうが、ロクなことを考えない輩ってのはどこにでもいるんだな。
「よく反発が起きなかったもんだね。ドラゴンの血も魔力もエーテル濃度が高いから、下位種のだって扱いは慎重なのに」
「リツはそもそも魔力がなかった。そのうえ死にかけだった。器がからの状態だったからだろう」
じつは綱渡りだったようだ。
「なるほどね。で、リツはなんで死にかけていたんだい? あんたが命をたもったまま渡れたのは、そんな状態だったからじゃないかと思うんだけれど。渡る前はどういう状況だった? 直前のこと覚えている?」
「んーと」
寝ているしかできなかったとき、あんまりヒマだったもんで、あの日なにが起きたのか、当時のことを思いだそうとしてた。グラさんには療養にさわるからひかえろ、と怒られたが。
衝撃のせいかいろんな光景がバラバラになっていて、時系列にするのがむずかしかった。
平日だった。大学の講義が終わってバイトに向かう途中の、ちょっと大きな交差点を……渡ったおぼえがない。歩行者信号が青になったところだったような。
耳をつんざくような大きな音が最後だ。
だからきっと、ここで交通事故が起きたんじゃないかと思う。
「で、気がついたら地面にころがってたんだ」
「ふぅん。事故か。その衝撃で飛ばされたのかもしれないねぇ。同じ瞬間にリツのいた世界とこの世界との境界が薄くなって、飛ばされたいきおいのまま渡った……まぁこのあたり、観測できないから想像でしかないけれど」
考え考え、キーア=ネインはそう言った。なるほど、重傷を負うくらいの交通事故なら体も飛んでいるだろう…………
「……そうするとさ。日本……元の世界から見ると、わたしって消えたことになるのか?」
たぶん、とふたりはうなずいた。
わたしは思わず天を仰いだ。なんてこった、現代のミステリーを作っちゃったのか。きっと家族や警察が混乱してるんだろうな。わたしのせいじゃないがすまん。
お父さんお母さん、姉ちゃん、弟よ。わたしは元気でやってるよ。
「グライエンはどうしてリツを見つけたんだい? ものぐさのあんたがなにもない平原に行くなんてさ。ずいぶん珍しい行動をしたもんじゃないか」
「……風変わりな旋律が聞こえたから見に行った。そこにリツがいた。『渡り星』は変わった旋律を持っている」
旋律? スマホでも鳴ってたのか? いやそれはないか。手荷物いっさいないもんな。
「命……いや……存在の響きとでも言うか……」
たいていの質問にはわたしが理解できるように答えてくれるグラさんが、説明しづらいのか言葉に迷っている。
ぽつぽつと言うところによると、彼は生き物すべてから音が聞こえるのだそうだ。それは素朴な音だったり、やかましい(にぎやかな)曲だったりと千差万別で、二人と同じ旋律はない。ドラゴンの、ではなくグラさんの能力であるけれども、似たような感覚の話はほかの仲間や種族でもあるとのことだった。
「いつも? ずっと聞こえんの」
「聞こうとしないかぎりは、聞かないようにしている」
生き物のって言ったら獣も虫も植物もってことだし、そりゃそうしていないと発狂するだろう。
「んで、わたしの旋律ってのはそんなに変わってるのか」
「あぁ。説明はできないが」
「だから異世界の人間だってわかったの」
「それだけではわからん。おまえを見つけたとき、渡ってきたものの気配をまだまとっていたからだ」
ほほぅ。なるほど? 今はグラさんの治療もあって、すっかりこの世界の気配になじんでいるらしい。
目がさめてからそこそこたっているし、いろいろ話したと思うんだけど、はじめて聞く話ばっかりだ。話題にしていなかったしな。
ケガはいつ治るか、治れば自由に動けるようにリハビリで、まずグラさんがどうやって治療してくれたのかまったく考えてなかった。地球に存在しないドラゴンに会って、それがしゃべる世界だったから、魔法とかそんなんだろうと思っていた。生きているってだけでじゅうぶんだったのだ。
現実は想定外の状況になっていたわけだが。
半分人外……竜人、かぁ。
「なぁキーア=ネイン。パッと見でわたしが人間じゃないってわかるのか?」
「人間ではあるけれど純粋なヒューノスではないな、とまでは、たいていのヤツが気づくだろうね。なにしろ目が特徴的だから、ただの人間とは片づけにくい。そこから先は人それぞれ……といっても竜人と判断するか、獣人との混血と判断するかのおおむね二択だろうけれど」
「は? 目がなんだって?」
みょうなことを言われた。困惑のままに彼女を見ると、
「おや、気づいてないのかい? なら見るほうが早い」
キーア=ネインは鞄から手鏡を出してくれた。
こわごわのぞきこんで、目をむいた。
「えぇえ!?」
瞳孔が丸じゃない。縦の楕円になってる。猫とか狐とか……蛇みたいな。いや、そこまで鋭くはないが。そのうえ黒い虹彩のふちがちょっと金色っぽい。
「……厨二病全開キャラになってるッ!」
洞窟には鏡がなくて、身だしなみをととのえるのは水がめの水面を使っていた。といってもせいぜい寝ぐせがついてないかを確認するくらいのもので、こまかく見ていない。そんな変化しているとは思いもしないから、注意もはらわない。
「うわあ~……」
いやもう、どうしようもないけどな。
半笑いのまま鏡を見ていたら、
「……そういう想定はしていなかった」
ボソリとグラさんがつぶやいた。
「それについては、すまん。容姿が知らぬうちに変わるのは、不快だな」
淡々と言っているけれど、声が弱い。言うに言えなかったっぽいなぁ。
「ビックリしただけだし、グラさんも想定外ならいいよ。それにホラ、目って自分からは見えんし。なれたら気にならんさ」
「ドラゴンの血と魔力は強力だからねぇ。そのうえリツは半死半生の『渡り星』。影響の出かたを予想するのはむずかしそうだ。体型や肌質、爪や牙の可能性もあったと考えると、目ですんでよかったと言えるかもね」
それは言える。変化に気づくのは早いだろうけど、例えば牙だったら口閉じられなくなったりするかもしれん。うん、一番おだやかな変化な気がする。
わたしはもう一度手鏡をのぞき、しみじみと目玉を観察した。日本人、いや地球人じゃありえないのに、まちがいなく自分の顔だと思うのがふしぎだ。いやまぁ、厨二病全開って印象なんだけどさ。
「この金色って、グラさんと同じだね。血もわけてもらったし……親子みたいだな!」
「…………お」
グラさん、目をまるくして絶句してる。嫌なんかな。
「あっはははははは! いいねぇ! 親子か! 自分で拾ったのだし、ものぐさは返上してきちんとめんどうをみるんだね、グライエン!」
キーア=ネインは荷物を叩いて大爆笑した。




