運動大会-前日
知識も技術もたりないため、スクロールの件はいったん棚上げになった。なによりも優先すべき行事がひかえていたからである。
試験だ。
言語学・数学・社会学・生物学の学科共通科目のみで、第一試験と呼ばれる。入学してから二ヶ月ていどなので、出題範囲はさほど広くはないのが救いといえよう。……中身はそうとうに濃かったが。
四科目しかないから、試験は一日だけだった。授業と同じ時間割になるので、お昼には終了だ。
「試験……きっつい~……もうアタマまわんないよぅ……ぜんぜんできなかったしぃ~……」
アイナが机につっぷしてうめいた。
「リツは? できた?」
「あー……全体で七割くらいはできたんじゃないか。たぶん」
言語学だけなら自信がある。ほかの科目はピンキリだ。
「あたしだって、生物学だけならけっこうできたと思うけどさぁ、ほかがボロッボロ……」
彼女は将来の目標の関係か、生物学は得意としている。
「終わったんだし、いったん忘れよう。お昼食べよう、お昼!」
「………………そうだね、あともう結果見るしかないもんね! おなかすいた!」
がばりとアイナは立ちあがった。うむ、吹っ切れたようだ。
きょうはこれで終わりかと思っていたのだが、午後は講堂に集まるように、との連絡があった。あした全校生徒参加のイベントがあり、その説明会だそうだ。そんなイベント、予定表にあったっけか。
お昼休みのあと、講堂にむかう。
午後の開始の鐘が鳴ると、壇上のすみに、拡声器(魔道具である)を手にした生徒が立った。
『えー諸君、お静かに。これよりあす開催の運動大会の説明会をおこないます』
運動大会? って、つまり日本の運動会みたいなもんか? 種族差がありそうだけど、やれるのか。
謎の単語に、一年生の席にとまどいがひろがる。
中央に女子生徒が進みでる。彼女はたしか、学生会会長だ。
『こんにちは、皆さん。まずは一年生にむけて、運動大会について説明します。これは毎年、第一試験の翌日に学生会主催でおこなわれているイベントです』
クラス対抗戦で、最大五種目をリレー形式でおこなうレースを四回と団体戦、合計五つで得点を競う。レースはすべて一回勝負で、得点は着順で決まる。上位三クラスには褒賞として、特別な夕食メニューが提供される。なおメニューは当日発表だそうだ。
そして、全員がどれかに参加すること。ただし人数がたりない場合は、同一レース内であれば二種目の出場を認められる。
『四人、もしくは五人のチームを四つ、あらかじめ組んでおいてください』
周囲からうめく声が聞こえてきた。どこからか「運動なんてイヤだ」なんて言葉も聞こえる。まぁ苦手なひとはそうだよなぁ。
続いて、禁止事項が説明される。一つめ、妨害行為。内容も対象も問わず。二つめ、魔力及び魔術の使用。いずれも発見しだい、そのレースは失格になる。
ということは、魔力を使う競技はないんだな。
そこで説明役が男子生徒に交代した。アイナによると副会長だそうだ。
『では競技の説明をしましょう! 運動大会と銘打ってはいますが、運動能力だけが主役ではありません。そう、頭脳戦や手先の器用さも競技にはいっているのです! 一覧はこちらッ!』
掲示されたボード(黒板かな)には、頭脳、運搬、器用さ、走り、投擲、跳躍――とある。
『この中から四つもしくは五つの種目が組みあわされます。レース内容は直前に発表ですが、傾向だけ、今お伝えしましょう。チーム分けの参考にしてください。第一レースは運動が苦手なひと向けが多い。第二は運動と器用さ。第三は運動がメイン。最後の第四は頭脳系運動系の複合です! なお第一と第三はペアでおこなう競技が多いこともつけくわえておきます!』
バラエティに富んだレースみたいだな。
『そして団体戦は、今回初開催、玉入れだ!』
ナニソレ? と全体がざわめく。そうか、運動大会がメジャーでないなら競技もそうなるか。
『かごにボールを投げ入れる、というだけの競技です。制限時間内に入ったボールの数で順位をつけます。では、かごをじっさいにお見せしましょう!』
彼が合図をすると、一抱えほどの大きさのかごが壇上にはこばれてきた。果樹の収穫時に使うやつによく似ている。
あれ、魔法陣が見えるな。まさかの魔道具なのか?
『なんの変哲もない、普通のかごに見えるでしょう! ですがこれは魔道具なのです!』
副会長が起動させると、かごが垂直に浮きあがった。ふわふわと揺れながら、だいたい三メートルほどの高さまで上昇した。そして、ふよふよと左右に移動する。
「じゃあ、かご追っかけながらボール投げるってことか?」
「うわ~むずかしそ~……だけど、ちょっとたのしそう!」
アイナがわくわくした表情で言う。同感だ。
『そして投げるボールはこちらッ!』
ボールは二種類あり、スタート時に1点の赤いボールが40個、10点の黒いボールが2個配布される。かごからはずれたボールは拾って何度投げてもいいが、黒いボールにはしかけがあり、自分のクラスのかごにしか入れられない。
なるほど。黒ボールは最大20点か。
「最後に、どう投げるかは各クラスの自由です。それをお忘れなきように!」
ん?
教室に戻り、チーム分けの時間である。クラス替えがないから、二年三年はだいたい決まってるんだろうな。
はじめてのわたしたちは、もちろん紛糾した。が、級長が奮闘して話しあいをまとめ、なんとかチーム分けは完了した。
「で――最後、アンネール、エイミス、バルフォア、トウラーが第四レース。アンネールさん、二種目よろしく頼みます」
「おうさ」
わたしがこの役目となったのは単純に、運動の授業で総合的な成績がいちばんいいからである。あと体力あるし。
「じゃあ次に、玉入れについてですが…………どう投げるか、ってことなんだけど、うーん……」
級長は首をひねる。
「順番に投げる以外に、なにかあるのかな?」
――え!?
「いっせいに投げればいいじゃないか」
「え?」
そんな発想はなかったと言わんばかりに、級長はぽかんとわたしを見る。
「だって団体戦だろう? 順番に、でもいいけどさ、制限時間あるのに何人が投げられるの」
クラスメイトたちはそれぞれに想像しているのか、教室はしばらく静かになった。
「……たしかに条件を考えれば、手数が勝負を決めるか……アンネールさん、ほかに思いついてることあるかな?」
思いついてるというか、日本の運動会のパターンだが。
「スタートの合図で、みんないっせいにボールを投げる。手持ちがなくなったら、はずれて落ちたボールを拾って投げる。落ちてるのは元がほかのクラスのでも関係ない。時間内はとにかく投げる……そんだけ」
「え、ちょっと待って、ほかのクラスのボールまで……!?」
「全体ルールの、他人への妨害ってわけでなし、問題ないだろ」
「あー……そう、だね……」
とまどい気味に級長はうなずいた。
「それと、黒ボールは最初の担当だけ決めて、はずれたら近くのやつが回収して挑戦すりゃいいんじゃないか」
「えっ! もしあたしの近くに落ちても自信ないから拾えないわよ!」
第一チームのチェロ・ホルヘが首を横にふる。同様のしぐさをするクラスメイトは多数いた。
「時間内なら何回でも投げられるんだし、そんな逃げんでも。あんがい入るかもよ?」
「想像できないよ~」
とはいえ、高得点のボールが放置されるのはよろしくないだろう。
「あとさ、全員参加でしょ? そんなにひと多いと、拾ってるときに手を踏まれそうでこわいよね。あ、逆にこっちが踏んじゃうかもだ」
ホルヘの追加の意見にも賛同者は多い。
うぅむ。日本の運動会とは条件が違うから、そのあたりはなんとも言えない。やってみれば意外とだいじょうぶじゃないか、と思うが。
「級長、役割分担をする、というのはどうだろう?」
「それは? トウラーくん」
トウラーは律儀に立ちあがった。
「投げ入れるほうに不安があるひとには、拾うほうに専念してもらう。それだけなら、周りに注意しながらできると思う。で、拾ったボールは投げ入れる専門のひとに渡す」
「あぁなるほど……二人一組で動くんだね。どう、アンネールさん」
「投げ役が手持ち無沙汰になりにくそうでいいな。あとチームがちがっても声かけあってボール渡して、手数ふやそうよ」
そのあともみんなで意見を出しあい、チームを決め――やはりここでも級長の手腕がさえわたり――玉入れの作戦が決定した。窓の外は夕暮れが近い。
級長がクラスを見わたした。
「では、あしたは気楽にがんばりましょう!」
「おーっ!」
ノリがいいクラスである。あしたがたのしみだ。




