錬金術科の一年生-1
石造りの講堂は広くて、天井が高い。こうした建物の中は薄暗いことが多いが、たくさんの小窓とランプのおかげで、じゅうぶんに明るい。式典用に飾りつけもされているからか、より明るく感じる。
正面の壇上には老齢の男性が堂々と立っている。学長である彼はずらりと並んで着席しているわたしたちを見まわし、ニコリとほほえんだ。
「はじめまして、新入生諸君。ようこそ、マリアース学園へ。本日より卒業までの三年間、おおいに学び、遊び、己を耕し、未来の土壌――あるいは種を育てていってほしい。我々講師陣、ならびに寮監一同がそれをささえよう。豊かでたのしい日々をすごしてくれることを願う」
九月のある晴れた日に、こうして学園生活は幕をあけた。
この世界に渡ってきてから二年以上がすぎた。
グラさんのゆるゆるした授業と、キーア=ネインのややスパルタぎみな授業により、読み書きや生活手段は完璧に習得した。わたしが生活する地域の技術水準は近世から近代くらいで、インフラ設備もおおむね整っている。生活するのにさほどむずかしさはなく、どこに行っても困ることはないだろう。
さらに「とにかく食えるように」と、弓矢と短剣での狩りまでたたきこまれた。いちおうこの技術でもって魔物と相対することも可能だが、戦えはしない。基本はちかよらない、遭遇してしまったら牽制して逃げる方針だ。
そして、今のわたしは『グライエン・アンネールの養子、リツ・アンネール』となっている。冒険者登録をしたので、これが身分保証となる。もっとも維持のために定期的に保証料を納めなきゃならないし、冒険者としての活動も一定以上必要だ。
アンネールという姓は、グラさんの本名をてきとうにもじってつけたものだそうだ。そういや、グライエンって名前の一部なんだっけ。わたしはそれすらちぢめているが。
「なんでグラさん、ドラゴンなのに冒険者登録してるんだ?」
「…………昔、むりやりな……」
盛大に重たいため息をつきながら言い、グラさんはそれ以上は説明してくれなかった。ちなみにほとんど冒険者として活動をしていないが、それなりの功績があり、かつはっきりと『種族:ドラゴン』と登録したため(できるってのもすごい)更新期間が非常に長く、資格取り消しにはならないのだそうだ。
そうそう、対外的にも養子と説明することになったから、グラさんのことは「親父どの」と呼ぶようにした。名前のままでいいと言っていたが、せっかくだしな。
「伴侶を得ずに父と呼ばれるのか……」
グラさん改め親父どのはちょっと複雑な顔をしていた。
親父どのの洞窟を出てから一年近くは、旅をしながらの勉強と修行。そのあとは(おもにわたしのための)現金を稼ぐために、キーア=ネインの知り合いが経営している大きな農場で、三人そろって働きだした。わたしは畑での作業や収穫物の加工、施設管理の手伝いで、親父どのとキーア=ネインは農場周辺の見回りや護衛だった。適材適所と言えよう。
ものを作る機会が多くて、毎日とても楽しかった。
そんなあるときの雑談で、
「リツは錬金術師がむいているんじゃないか?」
と同僚に言われた。ほかの同僚たちも、
「手先器用だものね。計量もいつもきっちりやるし、こまかいとこまでちゃんとやるし」
「おぉ、俺も賛成だな。エーテル見えるってのもでかいぞー」
「魔力あるけど魔術師むきじゃァないんだよな、おまえさんは。手動かしたり、体動かしてるほうが好きだろう?」
なんぞと言ってくる。
「そうか? 一応いつか勉強したいと思ってるんだが……仕事にできたらうれしいなぁ」
大学生をやっていたころも、漠然とものづくりを仕事にしたいなと希望していた。やってみたいことで食べていけたらいいな、とは思う。
「いつか? なにを言っているんだ、やりたいのならとっとと勉強しなさい!」
のんきに返したら、施設管理長にせまられた。
「入学試験に必要な知識はあるようだしな、早く基礎をしっかりと学ぶにこしたことはない」
「あーどうも? でも学費とかいろいろと準備がなぁ……それに学校のことを調べなきゃ」
「錬金術なら最古にして名門のマリアース一択ですよ。入学試験はいつかしら、書類を取りよせなくては!」
いつのまにか農場主が輪にくわわっていた。そして率先して情報を(比較用としてあちこちの学校の資料まで)集め、あれよあれよと受験態勢をととのえられた。
会話や作業に、課題のようなものをちょこちょこさしはさまれる日々。農場の従業員の大半がエルフなので、なるべくしてなった状況だった。
さらに最大の懸念事項である学費は、なんと親父どのが出すと言ってくれた。
「いいのか?」
「かまわん――父だからな」
ここまでお膳立てしてもらったら遠慮は無用だ。半分以上はいきおいで受験したのである。まさか異世界で入学試験受けるとは想像してなかったな。
一週間後に届いた合格通知には、やはりかなりホッとした。
錬金術を学びたい最大の理由はあのタペストリーの修繕のためだが、もうひとつ、生計のためでもある。
どんな生き方をしたいかを考えてみたところ、生涯現役という単語に行きついた。細々とでもいいから、自分で稼いで食べていたい。
冒険者稼業はその条件にはあてはまらない。ならば、手に職である。
出自を考えると人に雇われるのは問題がでるかもしれず、となれば独立した職人となり、工房をかまえるのが目標である。
入学式を終え、教室に戻ってきた我々錬金術科の新入生が見たのは、林立する小さなタワーだった。各自の席に教科書が積みかさねて置いてあったのだ。言語・数学・理化・医学・天文・工学などなど、数えてみると全部で十二科目。横にそえてあった時間割を見ると、運動という項目もあるから十三科目ともいえる。
めっちゃ多い。
教科書をいくつかめくってみる。とうぜんだが書いてあることはちんぷんかんぷん。最終的にはわかるようになるのだろうが、新学期の教科書って、独特の圧迫感があるよなぁ。
クラス担任かつ錬金術教科担任のルカレリ先生いわく、これは一年間に学ぶ分のみだそうである。マジか。
「錬金術科はもっとも科目数が多いが、それだけの基礎が必要なのだ。しっかり取りくんでもらいたい」
……いやぁ、多いわ。
そのままホームルームがはじまった。試験や学祭などの年間行事予定の説明だ。
試験は大きなものが年三回。全学科(マリアース学園は錬金術科・魔術科・文武科の三学科からなる)共通科目のみの試験が一回と、専門科目ふくめた試験が二回。
……十二科目の試験が二回もあるのか……うへぇ。うわ、共通科目のみの試験は来月か。まずこっちか……
いかん、試験の日程だけ見てるとイヤになる。ほかの行事を見よう。お、学祭は春にあるのか。こっちの学祭ってどんなもんなんだろう。
その後は校内ツアーで、図書館や学食に案内してもらう。両方とも錬金術科の校舎から遠かった。
続いて講堂で魔力量の簡易測定と属性相性検査があった。
わたしたち錬金術科が気にすべきなのは属性相性だそうで、七段階での判定を受けた。わたしは火・水・風・土の全属性で最高判定をもらったのだが、はたしてこれは自分自身の素質なのか、親父どのの血の影響なのか、考えてしまう結果である。
「ついてけるか不安だわ……」
教室に戻り、となりの席のアイナが教科書タワーを見おろしてつぶやいた。彼女とは寮の部屋も近い。
「いっぱい勉強することあるんだろうとは予想してたけど。まさか、こんな多いなんて……」
「気持ちはわかる」
教科書を手にのせてうなずいた。製紙技術と製本技術の違いだろう、一冊あたりがぶ厚く頑丈で、重い。
「アイナ、植物とか好きなんだろう? おぼえやすいのだってあるさ。なんとかなるだろ」
科目数は違えど、高校までなんとかなってきたのだ。得意不得意で成績のばらつきが大きいのはしょうがない。すべて完璧に、はむずかしくても、だいたいはなんとかなるはずである。
「まず今は、これ持ち帰るのに気合いいれよう。わたしたちの部屋、五階だぞ」
「うぅっ、そうだね! まずコレだね!」
どっこいしょと持ちあげてみる。これ、三キロくらいありそうだな……
持ちあげてみて、その重さに机に戻してしまったアイナが悲鳴をあげた。
「一年生の教室どうして四階なのよぅ~~!」
そう、それもあった。部屋までの距離が長い。
「休み休みでゆっくり行こう、アイナ」
「うん~~」
後日、錬金術科一年が大荷物をかかえてよたよたと教室から寮まで歩く姿は、新学期初日の風物詩なのだと聞かされた。わかってることなら、せめて校舎から寮まで荷車貸してくれ!
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