ここ異世界で、生きていく
立体映像をにらみながら、魔法は正常に動いているのだが、とグラさんは眉間にしわをよせた。となりでキーア=ネインもうなずく。
「光の像のようすはおかしかったけれど、発動した魔法陣にめだったほころびはなかったね。とすると、そこ以外に問題があるということだ。それも致命的な、ね。さて、それがなんなのか……」
三人でタペストリーをかこみ、じっくりと観察する。
立体映像は光の粒子でできている。粒の大きさにばらつきがあって、映像の輪郭がはっきりしなかったのはこれが原因のようだ。
「音がきれぎれだったのも、魔法陣以外が原因?」
「なんとも言えん。工芸品の魔法は解析がむずかしい」
書かれている魔法陣はタペストリー独自のもので、比較対象がない。さらに発動している魔法陣を読むのと、どういう意図で書かれているかを理解するのは別なのだそうだ。
「見たまんまじゃないと」
「そうだ」
餅は餅屋、魔法のことは二人にまかせ、わたしはタペストリー本体の観察に専念する。布のことならなにかわかるかもしれない。
表の絵柄は絵の具で描かれているのだが、染めたようにきれいに糸にしみこんでいるので(糸がほつれていなかったのもこれのおかげ)、単純に描いたわけじゃなさそうだ。画材なのか技法なのか、気になるところである。
ぐるりと裏側にまわるとこちらに模様はなく、一面生成り色だ。わたしの縫い目はさほどめだっていない。自分で言うのもなんだが、だいぶきれいにつくろえた。
…………ん?
エーテルの動きがなんか妙だ。するりとタペストリーを抜けるもの、一度つっかえるもの、はじかれるもの……見間違いか? 目をこすってから間近で見るも、やっぱり動きに違いがある。この差はなんだ?
さらに目をこらす。完全にはじかれるところには…………わたしの縫い目があった。
え。まさか、わたしの縫ったところが原因!?
「グラさん! キーア=ネイン! これ、これ見て!」
「なにか見つけたのかい、リツ」
裏側にまわってきた二人が、わたしの指さす場所を見る。
「……そうか、糸が原因か」
気のせいか、グラさんの声色がかたい。
「みたいだな。ここんところでエーテルがはじかれてる。こっちみたいに通りぬけなきゃならんのだろ?」
「そのはずだ」
「どうしたら直せるかな。魔法工芸品専用の糸とかで直せる?」
暗い表情でキーア=ネインは首を横にふる。
「残念だけれど、リツ。そんな都合のいい品は存在しないんだ。糸も染料もウルが作ったものだしね。こればかりはあきらめるしかないね」
材料から手作り……マジか。
魔法を終了させ、グラさんは丁寧にタペストリーを洗濯ロープからおろした。
「さっきも言ったが、ここまで直っただけでもじゅうぶんなんだ。気にするな」
しまってくる、と洞窟へ入っていくうしろ姿を見送る。
くやしい。ちゃんと直したい。でもって、あんなブレた映像や切れ切れの音楽じゃない、きちんとした魔法を見てみたい。
あのタペストリーは唯一無二で、二人の友人ウルッシュカさんの遺作だ。だいじなだいじな作品だ。これ以上素人がおいそれと手を出していいものではないだろう。
だけど……魔法を発動させたときの二人の表情を思うと、中途半端で終わりにするのはなっとくできない。
どうしたら直せるんだ? 糸や染料を作るのは、やっぱり魔法なのか?
「なにをうなっている、リツ」
グラさんが戻ってきた。空手じゃなく、なにかをだいじそうに持っている。
っつーかそれ――!
「キーア=ネイン。これだ」
「ん? これは、また……! 小さな椅子だねぇ! あぁ、話にあったリツが作ったっていうやつかい?」
「そうだ。よくできているだろう?」
例のガッタガタのミニチュア椅子だった。やめてくれ……
キーア=ネインはくるくるとミニチュアをまわし、
「器用だねぇ、じつによくできてるよ! 少なくとも、ここでこれを作ったってことがすごいことさ。切るにしろ測るにしろ、道具なんてないだろう? どうやったんだい」
「長さは糸に印つけた。切るのは物置にナイフがあったから、それで」
大きいからこまかい作業にはつらかったけど。
「ナイフ? 錆びてなかったのかい」
「錆びてた。から、落ちてたグラさんのウロコでこすってみたら錆とれた」
「ドラゴンのウロコで錆とりィ!?」
ありえない、豪勢すぎるとキーア=ネインはゲラゲラ大笑いする。
いや勧めたのはグラさんだ。錆はよく落ちたし、たぶん切れ味もよくなった。ちなみにウロコに傷はつかなかった。ドラゴンのウロコ、めっちゃ硬い。
「で、なにをうなっていた」
「あー、どうしたらちゃんと直せるのかなってさ。あれの材料を作るのはやっぱ魔法なのか?」
「魔法もあるかもしれんが、大半は錬金術だろう」
「……金を作るのが目的っつう、アレ?」
ホムンクルスとか。
「元の世界にもあったのかい? 確かに究極的な目的はそれらだと聞くけれど、総合的な研究職だね、あれは。薬の開発だの魔道具開発だの、人によりけりさ。あぁ、魔法工芸品をやっているやつもいるか」
ふむ、とキーア=ネインはうなずく。
「ちゃんと直す、には錬金術の知識と技術が不可欠だろうね。実際のところ、材料の素材すら見当もつかないんだから」
そうか、糸っつったって単純にわけても生物由来と植物由来とあるものな。
錬金術か。今の彼女の話だと、モノ作りの基本、基礎のようだ。
「へぇえ……」
「勉強したいなら学校があるし、弟子入りするって手もある」
けれど、とキーア=ネインは腕組みをし、きびしい視線でわたしを見すえた。
「リツ。あんたはまだまだ先に覚えなきゃならないことが山のようにあるだろう。読み書きだけじゃないよ。だいたいあんた、まだ町へ行っていないだろう」
「うん」
わたしの行動範囲は、洞窟から徒歩数十分までだ。町はおろか人家すら、遠目にも見たことがない。
「思ったとおりだ。それにこれから冬になるっていうのに、どうやってすごすつもりだったんだい。わたしがはこんでこれる食料だって限度がある。グライエンじゃないんだ、まともな準備もなく冬は越せないよ」
見ていなかった現実をはっきりと示され、言葉もない。
冬になれば雪も積もると聞いてるし、採れる植物も減るだろう。この洞窟で冬を越そうとするならば、食料を大量に用意し、防寒のための衣服を準備しなければならない。
そもそも、わたしが山の中の洞窟で生活し続けるにはむりがあるのだ。やるのであれば、万全な準備を自分でできなければならない。
「まったく、グライエン。あんたはどう考えていたんだい?」
「…………とくには考えていない。必要があれば町に行くと言いだすだろうと思っていたしな」
二人して先のことを考えていなかったわけで、キーア=ネインはあきらかにあきれたため息をついた。
「まったく、予想どおりだね。リツは目の前のことで手いっぱいだったとしても、あんたは親なんだから、考えてしかるべきだよ」
「反省は、しよう。きょうはこんできたのはずいぶん多かったが、冬用ではなかったのか」
「わたしもしばらく滞在するから、その分さ。ひと冬越せるだけの食料なんて、馬一頭の背じゃたりやしないよ」
彼女は仕事もしばらく休むことにしたのだという。
「そうして正解だったね。ほうっておいたらリツがどんな生活を送ることになっていたやら……おぉおそろしい」
……どんな生活になっていたんだろうな。冷静に考えてみると、ちょっと悲惨だ。
キーア=ネインは読み書きだけじゃなく、生活のためのあらゆる手段を教えてくれるという。グラさんにはどうやっても教われない分野だ。
助かったこの身は、本来よりもずっと長生きするようになったらしい。しかしそれは、しっかりと生活できなければ生かせない資質だろう。
「よろしくお願いします、キーア=ネイン」
「あぁ、まかせな」
ニヤリと笑った彼女に凄みを感じたのは、気のせいか?
……いやいや、この世界でやってみたいことができたんだ。教われること全部習得してみせる!
ぐっと気合いをいれていたら、
「エルフ族は教えかたがきびしいから気をつけろ」
ボソッとなに言ってくれるんだグラさん……!
生きたいかと問われ、生きたいと答えた。あのときはただ、命が尽きることを拒絶しただけだ。
今同じことを問われたら、生きると――地球とは異なるこの世界で生きていく決意と覚悟をもって、そう答える。




