魔法とこわれたタペストリー-5
やー満腹! ひっさびさにおなかいっぱい食べた。しかもきょうは甘い焼き菓子のデザートつきだ。満足度がさらに高い。
「おいしかった! ごちそうさまでした、ありがとうキーア=ネイン」
「どういたしまして。さて、それで? リツの能力にはまだ続きがあると言っていたね。ややこしいから食事のあとだ、と。そろそろいいんじゃないかい?」
たしかに、もうお茶しか残っていない。
「うむ。これを見ろ」
グラさんはいつのまに持ってきたのか、あのタペストリーを取りだした。
「なんだい?」
訝しげにそれを見たキーア=ネインの瞳がまん丸になった。
「それは……ウルッシュカの……? 裂けてしまったんじゃなかったか!? ずいぶんときれいに直してあるね……!」
「リツは手先が器用でな。つなぎあわせてくれたのだ」
「へえぇ! これはうまいことやってあるね。近づかないとわからないよ。ほんとうに器用なんだねぇリツは!」
彼女はしばらくなつかしそうにタペストリーの絵柄をなでていたが、やがて「んん?」とうなった。
「…………気のせいでなければ、グライエン。魔法まで直ってないかい……? このタペストリーは魔法工芸品だろう、直せやしないはずだ。いったいぜんたい、どうしたんだい?」
「リツが直した。聞け」
グラさんはタペストリー修繕の発端から話しはじめた。珍しくこまかく説明してるけど、ミニチュアの話はいらなくないか。
キーア=ネインは何度ももの言いたげに口をひらいたけれど、けっきょく最後まで黙って聞いていた。そして説明が終わると、複雑な表情でわたしとグラさんとタペストリーを交互に何度も見つめ、頭をかかえてしまった。なんかデジャヴ。
「魔法陣が見える……あぁたしかに、それは珍しくはない。でも、ふれて直せる……!? そんな話は聞いたことがない……! でもここにあるのは、たしかにこわれていたはずの魔法陣だ。わたしは夢でも見ているのか……」
「現実だ、キーア=ネイン。俺もおどろいたが」
「夢でも信じられないけれどね! 魔法を直せるなんて前代未聞さ。でも目の前にこうしてあるんだ、動かしようのない事実だとうけとめよう。まったく……あんたたちにはおどろかされてばかりだよ」
ふぅ、と大きく息を吐き、彼女はわたしをふりかえった。
「で? あんたの目はいろいろと見えるようだけど、リツ。疲れたりはしないのかい」
「いや、とくには。こう、まわり見てるのと同じだから」
「ふぅん。魔力を使って見ているのではないんだね。これもグライエンの力の影響なのか……? それで見えるようになったのか……」
「ただ最近、魔道具もかなり見えるようになってきちゃってるから、見ないように調整はしてる。そっちのが気をつかう感じかな」
「それは慣れていくしかないね」
グラさんと同じこと言う。まぁそういうものなんだろう。
「あ、それよりさ。これ、ちゃんと直ってるんじゃなさそうなんだよ。グラさんなんか違和感あるっつうんだけど。キーア=ネイン、わかる?」
「うん? ……わたしには直ってるように見えるがねぇ。わたしはさほど魔法が得意なほうではないし」
首をかしげてタペストリーを手に取り、しげしげと観察して、
「起動してみたのかい」
と言った。
「起動……?」
「――そうだな、それが早かったな……」
わたしが首をかしげる横で、グラさんがややがっくりしながらうなずいた。
「どういうことだ?」
「これは魔法工芸品なんだよ、リツ。こめられた魔法こそが工芸品。起動してこそ完成した姿が見れるんだ」
「魔法工芸品ってそういうもんなのか!」
作るときに魔法を使うからなんだと思っていた。見えた魔法陣も、作るための魔法なんだとばかり思っていた。魔法陣が見えるだけじゃ、ただ模様を見てるのと違わないか。中身を読めたらおもしろそうだな。
洞窟前の広場のすみに、洗濯ロープが張ってある。普段はわたしが使っているやつだ。グラさんはそれを利用してタペストリーを吊りさげた。
「起動してみるぞ」
いつもよりちょっとこわばった表情のグラさんがタペストリーにそっとふれ、なにかつぶやいた。
タペストリーがかすかに光をおび、魔法陣が浮かびあがる。あぁ、わたしが修復したやつだ。陣の文字や模様が流れるように動き、
「あっ!?」
立体映像が投影された。なんの映像か……木、か? 輪郭がぼんやりしているうえにブレるから、形がはっきりしない。
――ピピッ。チリリ……
鳥のさえずりが映像から聞こえた。それだけじゃないな、ピアノっぽい音がメロディーを奏でている。なんだろう、魔法のオルゴールとでも呼ぼうか。
しかし…………うーん……きれぎれで聞きとりにくい。これ、直したけど大失敗しているな……
ちらっとグラさんとキーア=ネインのようすをうかがうと、二人とも複雑な表情をしていた。なつかしそうな、でも残念そうな、両方がまざった感じだ。むりもないと思う。
修繕作業中に聞いた話によると、破けたのは百年は昔だけど、タペストリー自体は二百五十年前のものだから、その時点でもうだいぶ傷んでいたのだそうだ。そのため取り出すこともひかえていて、魔法も起動させていなかった。
百年ぶりがこれじゃあ、がっかりもいいところだ。
「なんか……ごめん」
いたたまれなくて肩が落ちる。
「……いや。またこれを聞ける日が来るとは思いもしなかった。じゅうぶんだ」
「そうだね、もう二度と聞けないと思っていたから、喜びのほうがまさっているよ。リツ。ありがとう」
うぅ、お礼言われるとつらい。
映像はまだ音楽を奏でている。けっこう長い曲なのかな。
「これってオルゴール? 魔法陣に譜面が入ってるのか?」
するとグラさんは首を横にふった。
「音楽はどこにも織り込まれていない。これは周囲のエーテルの動きが旋律になっているのだ」
見ていろと言って、グラさんはなにかつぶやきながら手を軽くふった。エーテルが魔法陣の周囲から退けられる。音楽がとまった。それから今度は、エーテルを一方向から魔法陣にむかって流した。エーテルが映像をとおりぬけると、鳥のさえずりと音楽が聞こえてきた。
「うおぉ……すごい、なんだかよくわからんがすごい! 魔法工芸ってのはすごいな!」
「魔法工芸品は数あれど、ここまでの物を作れたのはウルッシュカただ一人だな」
「そうだね。そもそも最初に作ったのがウルだしねぇ」
ん、んん? なんか重要なことを言いだしてないか、この二人。
「最初は絵が少し動くていどのものだったんだが、あれよあれよと高度な作品を作りだしていってね。あれにはおどろいたねぇ。で、自分で魔法工芸品と名づけた。当時は国家間の戦争が今より多くて、そんなものは無用の長物だってよく言われていたんだけど、ウルは意に介さなかったね」
「あいつは魔法を研究するのが好きだっただけだからな」
「そうそう! このタペストリーは、ウルの最後にして最高傑作なんだ。そして、これと同じ作りの魔法工芸品は今になっても作られていないから、唯一無二の魔法でもある」
キーア=ネインはたのしそうに、さらに続ける。
「今じゃウルの作品は美術館で厳重に保管されているのがほとんどさ。このタペストリーはおおやけには知られていないけど、作ったという記録だけはきっちり残されているものだから、裏で懸賞金がかけられているよ。こんなところでやぶれていたなんて誰も想像つかないだろうけれどね!」
「作品に高値がつけられるようになったのをウルッシュカが嫌がったから、俺がもらい受けたのだ。遺作になるとは思わなかったが」
「病気にかかってからはあっというまだったね……」
待て。待て待て待て。
なんつった? 最後の作品? 唯一無二? 遺作だって?
「そんっなレアものだったんかこれ!」
しんみりとタペストリーを見ている二人には悪いが、叫ばずにはいられなかった。
無残にやぶけた状態であっても丁寧に保管されていたから、それなりにたいせつな品なんだろうとは思っていた。今語られたのは想像以上のエピソードなんだが!
「つかグラさんよくわたしに頼めたな!? 失敗したら全部おしゃかだったぞ」
「あの小さな椅子を作るのを見ていれば、おまえがどんな作業をするかは想像がつく。だから頼んだ。魔法に関しては想定外だったが」
わたしの手先を信頼してくれたのはうれしいけどな……
「エピソードがめっちゃ重い……」
力がぬけた。




