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歌う工房  作者: リコヤ
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ここは異世界、となりにドラゴン-1

 なにがおこったのか、おぼえていない。

 気づいたときはわたしは乾いた地面にたおれてて、指先ひとつ動かせなかった。視界もかすんでたけれど、金色のなにかが二つ、そばに浮いているのは気がついた。

 うわぁん――音がひびく。それはわたしに問いかけていた。生きたいか、と。

 わたしは「生きたい」と答えた。

 そこから、また記憶はとぎれている。




 杖をつきながらゆっくり歩く。洞窟の地面は一見たいらなようでいて、岩盤だったり小さな石がころがっていたりと、普通に歩くなら気もとめないような段差が多い。慎重に足を進める。ほわほわと色とりどりの小さな光が周囲に浮いているから、暗くないのがさいわいだ。


 きのうまでの地点をなんなく越えた。これまでなら息があがっていたところが、なんともない。ほとんど疲れてない。きょうは目標の入り口までたどりつけるかもしれん。

 よし。気合いをいれ、ひきずりがちの裾をはらい、また一歩。着実に大きくなる入り口とそこから見える空のまぶしさが、わたしを元気づける。とはいえ、はやる気持ちにそうように体は動かない。


「ついた……!」

 時間をかけてじりじりと進み、ようやく洞窟の入り口にたどりついた。リハビリを始めてから長かったような、そうでもないような。


 窓からとは違って区切られることなく広がる青空の下で、あたたかい太陽を全身にあびる。久しぶりだ。ひゅう、とふく風は少し冷たいけれど気持ちいい。

 でも息があがっているし、杖にすがっていても立ってるのがきつい。ここまで歩けたけど、もう体力がない。入り口のわきに腰かけるのにちょうどいい高さの岩があったので、そこへすわると立ちあがるのがたいへんなのだ。


 ボケーっと空を見あげる。太陽は中天に向かっているところだ。てっぺんまではまだかかりそう。

「あれ?」

 あの色とりどりの小さな光が、そこらじゅうをただよっている。日ざしのもとでも見えなくなったりしていない。洞窟に棲む生き物かと思っていたけど、違うようだ。


 おちついてきたので改めて周囲の観察をしてみる。

 洞窟の入り口周辺は木に囲まれた小さな広場で、正面には道がある。やや急な坂道だ。道は曲がっているのか途中で見えなくなっている。そのあたりの茂みのさらに向こう、下のほうに森が広がっている。視線をあげればけわしい山が前方をさえぎっている。ここ、かなり山あいにあるんだな。


「歩けたのか」

 ズシンと足音をひびかせ、洞窟のあるじが出てきた。鋭い牙と爪、そして大きな翼を持つドラゴンだ。日の光に黒い鱗がきらめいている。名前はグライエン。わたしはグラさんと呼んでいる。

 彼はそのまま歩いてきて、広場にぺたりと伏せた。

「なんとかね。でも立ってられん。体力ない」

「そのうち戻るだろう」

 寝たきりになっていたのだから、しかたない。わかってはいるが、思うように動けないのはもどかしい。


「グラさん。ここからあの下に見える森まで遠い?」

「…………遠くはない。はずだ」

 近くもないのかな。

「あの途切れている先は崖だ。その下に森がある。道は…………わからん。そのうち自分の目で確かめろ」

 グラさんは眠たげに金の目を閉じてしまった。ドラゴンは飛ぶから道に興味がないか。ちょうどいい、次の目標地点は道の曲がってるところまで、にしよう。坂道だから少しむずかしいかもな。


 ふと薄くかげった。雲が少ない空なのに、と見あげて、ぽかんと口があいた。

「グ、グラ、グラさん! 空、あれなに」

 はるか上空に岩、地面……いや島だ。島が浮いている。もしかして、

「――ラピュタ!?」

「知っているなら訊くな」

「いや知ってるわけじゃないんだよ。ラピュタって物語にしか存在しないんだよ」

「そうか。ここではいくつも飛んでいるぞ」

 グラさんはこともなげに言う。


 いくつもっていくつだ。誰が作ったんだ。行けるのか。

「……数は知らん。ラピュタは人工物ではない。飛べれば行けるが、大半は魔物の巣窟だ。人が住んでいる島もあるがな」

「えっ住めるの!?」

「ラピュタはそれぞれ独立した環境をもっている。都合のよいところには住める。地上と同じだ」

 へぇえ。現実に、身近なところにラピュタがあるのか。異世界すごい。


「いつか行けるかね?」

「さぁな」

「グラさん、あそこまで飛べるだろう? いつか連れてってよ」

「……………………機会があればな」

 機会があったらつれて行ってくれるんだな。言質はとったぞ。

「人はどうやってラピュタに行くんだ?」

「飛空艇とか言う、空を飛ぶ船がある」

 ほう。船って表現するからには、飛行船に似てるのか? いつか乗ってみたい。

 ラピュタの移動速度は早いのか、話しているうちに小さな点になっていた。そのまま空をじっくり見ると、ぽつんぽつんと点がある。あれ全部ラピュタらしい。


「あー、早く自由に動きまわりたい」

「あせるな。おまえが自分で考えるより回復は早い」

「それは少し自覚ある。でもなんかこう、血がたりない気ィする。ぶっちゃけお肉食べたい」

 ただ焼いただけ、でもかまわない。調理されたものが食べたい。

 ずっとくだものと水だけなのだ。栄養価の高いくだものなんだろうが、体力回復には心許ないメニューである。ドラゴンであるグラさんには調理ができないので、むちゃな要求なのだが。


「我慢していろ。一応、友人に連絡はしてある。そいつが持ってきてくれるはずだ」

「マジで」

「いつになるかわからんぞ。あまり期待するな」

「忙しい人だから? それともすごく遠くにいるから?」

 どちらもしらん、とグラさんは大あくびした。おぉ何度見ても牙すごい。

「早めにと言っておいたから季節が変わる前に来るとは思うが」

「それって日数的には」

「知らん」

 だよな。わたしを見つけて、わたしが目を覚ますまでどれくらいの時間がたったか訊ねたときも同じ答えだった。一日って区切りは理解しているけど、数える必要がないと彼は言っていた。


「あいつはエルフだがヒューノスに混じって生活しているから、俺の予想よりは早いだろう」

「……エルフってのはあの、耳が長くて背が高い種族だよな? ひゅーのす……ってなんだ?」

「人種の一つだ。突出した能力は持たんが、おおむね器用になんでもこなす傾向にある。とはいえ、個体差が大きくて一概には言いきれんのも特徴だな。見た目は……まぁ、おまえに似ているか」

 普通の人間、という理解でいいようだ。

「おまえの世界にもエルフはいたのか」

「いやいないよ。ラピュタと同じ、物語上の存在」

「たしかドラゴンもいないと言っていたな。寂しい世界だ」

 そんな感想が返ってくるとは思わなかった。


 でも……そうだな。自分にとっているはずの存在がない世界は、なんだかつかみどころがなくて寂しい。それは実感している。

「てことはさ」わたしは声をはった。「こっちはいろいろいるんだな? ドワーフとか巨人とか小人とか……あっあと獣人とか!」

「うむ。ひと口にヒトといっても、さまざまな種がいるぞ。にぎやかだろう」

 グラさんは自慢げだ。

「会えるかね?」

「縁があればな」

 きょうここまで歩けたことで、楽しみがふえた。あしたからのリハビリもがんばろう。


 ふわ……とあくびが出た。疲れと、日なたぼっこで体があたたまってきたせいだ。ここで寝るのはまずい。

 わたしは杖を支えにして立ちあがった――つもりが、うっかり裾をふんでいた。バランスがとれずに、思いっきりころんでしまう。

「いたった~……」

 膝と腕をうちつけた。ちょっと痛い。


「……おまえ、寝床まで歩けるのか?」

 グラさんが体を起こしていた。おどろかせたか。

「裾ふんだだけだから。あーでも立つのにちょいと手ェ貸して」

 今度はふまないように裾を持ち、グラさんが差しだしてくれた手、というか爪にすがって地面から立ちあがる。この動きをする筋力が戻ってないから、地面にすわれないのだ。寝るのはベッドだから、なんとか立つ動作はできるのだが。


「まったくヒトというのは軽いな」

「このサイズでグラさんが重いって感じるほどだと、とんでもない密度ってことになるけど」

「それもそうだ」

 軽口をかわしながら、わたしたちは洞窟の中にゆっくりと戻っていった。


まさかの《主人公の名前が出ない第一話》

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