悪人のクリスマス
真斗は寒空の下、彷徨っていた。
腹はすき、もうヘトヘト。冷たい風が刃物のように肌に刺さるが、仕方がない。真斗は帰る家もなかった。
元々は裕福な家の息子だったが、どこで道を踏み外してのか、若い頃にヤクザになり、悪の限りをやりつくした。
警察にも捕まり、出てきた時には居場所なんてなかった。こうして寒空を彷徨っていたが、自業自得か。
先日、公園で寝泊まりしていたら、福祉関連の女がやってきた。
「あなたはプライドが高すぎる。福祉の支援を受けなさい!」
厳しい口調で言われたが、誰かの手を借りるなんてできない。プライドの問題というよりは、罪悪感。こんな悪い事をしてきた中年男が、支援を受けていいのかわからない。むしろ、今の状況はその報い。因果応報、自業自得、自己責任。そんな言葉が頭の中をグルグルし、身体をも縛りつけられているような感覚がする。
今も身体には刺青がある。これを見るたびに、罪悪感を覚える。真斗にも人並みの良心みたいなものはあったらしい。
「あなた、これを食べて」
そして再び公園で寝ていると、また声をかけられた。地味な女だった。
逃げようかと思ったが、目の前にショートケーキを差し出された。別に甘いものなんか好きじゃないが、腹が減っている今は別だ。つばを飲み込んでしまう。
ショートケーキには「メリークリスマス!」と書かれたチョコプレートが飾ってあった。そうか、そんな季節か。縁がない事だ。良い子にはサンタクロースがプレゼントをくれるが、悪人の真斗には……。
ため息が出る。目の前のケーキはとても美味しそうだが、また罪悪感。身体が縛られて動けない。
「このケーキ、食べていいのよ。うちの教会のボランティアのものだし」
「教会?」
「キリスト教のね。クリスマスの主役の神様よ」
女は薄く微笑んでこうも言う。
「本当の神様は、どんな悪人にも平等に救いを用意してるわ。クリスマスだけでなく、二十四時間、毎日いつでも救いを受け取れる。人間が一生懸命頑張るんじゃなくて、先に手を差し伸ばしてくれたってわけ。二千年前にね」
「俺みたいな悪人でもかい?」
そんなバカな話があるか。真面目に生きてきた人の方が損だ。
真斗は思わず舌打ちをしていたが。
「どんな真面目の人だって、心をよく見たら汚い部分があるわ。私だって、刺青入ったあなたに偏見はある。でも神様からしたら、何十人も殺している人の罪とあんまり差がないかも。心が汚いって意味では」
女の言いたい事はよくわからないが、空腹に負けた。
このケーキを手づかみで食べていた。口の周りはクリームでベタベタとし、ろくに噛んでもいなかったが、口に甘さがふわりと広がり、泣けてきた。
こんな悪人にも平等にケーキをくれる事に。鼻の奥がツンとし、一粒だけ涙も溢れてしまう。
「あ、ありがとう……」
言葉に詰まり、これ以上何も言えない。
今まで食べたもので一番美味しかった。こんな美味しいものを与えられた。悪人でも分け隔てなく、恵みがあったらしい。
だとしたら、もう本当に悪い事もできない。ちゃんと生き直そう。生き方もくるっと方向転換しないと。
「ありがとう……。もう悪い事はしない」
福祉の支援も受け、自立の道も探そうと決めた。
もし本当の神様がいるのなら。その決断も天から見られているような気がした。