5
彼女が入院しているという部屋の前についた。
あの事故が起きた翌日、僕は無事だった。しかし彼女は入院をした。
「木島さん。」
「はじめくん。」
「ごめんね、木島さん。」
「うん。」
「どこ怪我しちゃったの。」
「左足。」
「痛いよね。」
「ううん、もう痛くない。」
「よかった、痛くないなら僕もちょっと安心だよ。」
「神経がなくなっちゃったから。」
え。
何を言っているんだこの人は。
神経がなくなった。
それはつまり、痛みを感じないどころの話ではないじゃないか。
だとしたらこの落ち着きようはなんだ。
僕に飛びかかって来るくらいに怒ってしかるべきだ
そうか、ドッキリだ。佐々木さんとグルになって僕を騙そうとしているんだ、そうに違いない。
でも、彼女の表情は今まで見たことがないほどに冷めていた。
「神経が、なくなった。って?」
「動かなくなっちゃった。私の左足。」
彼女は冗談など言っていなかった。僕はその事を理解した途端に涙が出てきた。
「ごめん、本当にごめん、僕のせいでこんなことに。お金ならいくらでも出すし、何でもする。本当にごめんなさい。」
「うん。お金は、よろしくね。あとは、もう出て行ってほしいな。」
と冷たく僕に言い放った。
「ごめん、本当にごめん、許して。なんでもするから。」
「なんでもする。って言っても、何をしてもらっても私の足はもう動かないの。」
僕は言葉が出なかった。
その日は病室を出た。
彼女は僕のせいで足をなくしてしまった。
逆の立場ならとても許せるはずはない。
しかし、僕はなんとかして彼女の許しを得たい。
お金ならいくらでも払う。要望があればなんでもする。死ねと言われれば死ぬ覚悟を持っている。
翌日、僕はまた彼女に会いに向かった。
「木島さん。」
「また来たんだね。」
「僕、 本当になんでもするから。許してほしい。」
彼女は何も言わずに違う方向を見ていた。
「木島さん。」
「あの、昨日も言ったけど、何をしてくれても私の左足はもどらないの。」
「そうだけど。」
「あなた、私の気持ちわからないでしょう。仮に、もしなにか思うところがあるなら、あなたも足をなくしてみれば良いと思う。」
「足をなくす。」
「そう。」
「切るってこと?」
「知らないわよ、そんなこと。どうせそんなことできるわけないじゃない。」
彼女ははじめて僕に対して感情的な一面を見せた。
そしてその晩、僕は足を切った。
彼女の要望の通りに足を落として、翌日、僕はまた彼女に会いに行った。
足を切るときは痛かったが、これで彼女が僕を許してくれるのだと思うと何とか平生を保つことができた。
「木島さん。」
彼女ははじめ、無視を決め込んでいた。
しかし彼女は僕の足を見てすぐに「足は、どうしたの?」と血相を変えて聞いてきた。
「ああ、切ったよ。気持ちを分かれって。許してくれるって。」
彼女は俯いて何かを考え始めた。
その時彼女は僕が彼女と出会って史上未だかつてないほどに自分のことをにらんでいた。
「あなた、バカでしょ、ほんとバカ。反吐が出るわ。そんなことしたって私の足はもどらないの!もう会いたくない。二度と私の前に現れないでよ。」
と言って彼女は泣き出してしまった。
予想外の返事だった。
いや、本当はわかっていた。
「わかったよ。もう、来ないから。」
彼女は返事をすることはなく、ベットから顔を離さずに泣いていた。
その日からは自分も同じ病院に入院をすることになった。
彼女と同じく足をなくしたためである。
翌日は、彼女の元へは行かなかった。
あれだけ来るなと言われたのだ、さすがのに行ってはいけないのだとわかった。
よく考えれば、もともとは、僕はただ彼女の事が好きなだけだった。
好きだけど、彼女には好きな人がいて、その恋をあきらめるために遊びに行っただけなのに。
それにしても、足がない生活というのは大変不便である。
動くにも動けない。好きな所へ自由に行けない。一気に不自由になってしまった。
昔はあったものを失うというのはあまりに辛い。
僕はその事を自分で望んでなった結果だが、彼女はそうではなかった。
彼女は僕によってその権利を奪われてしまったのだ。
自分がその立場になることで、よりそのことを実感した。
もう、死のうかな。そう思った。
いや、そんな話ではない。
彼女はよく、僕が何をしても自分の足は戻らないと言っていた。
その通りだ。僕が死んでも彼女の足は戻らないのだから。
しかし、時間が経つにつれて不自由さやうつ症状は強固なものになってきた。
「この世はじごくだ。」
「もう、死んでしまいたい。」
「彼女は、きっと同じことを思っている。」
「そうか。僕は、彼女を殺してあげることでこの地獄から彼女を解放できる。」
「そうすれば、彼女は僕を許してくれる。」
完全におかしくなっていた。
しかし当時の自分は本気でこんなことを考えていたのだった。