第2話 イレネーの到着(2)
「あの馬車ね?」
「そうです、ファーティマ様」
一人の女性の問いかけに、シスターが恭しく答えた。
島の中心の一番高いところに、本神殿はあった。馬車が着く車寄せに、数名のシスターと神殿長をつれて、聖女四人が揃っている。
今春からの新しい最年長の聖女であるファーティマは、にっこりと腕を組んで、今か今かと新しい一員の到着を心待ちにしていた。
「姉さま、怖がられないかしら?やっぱり。こんなふうに揃って出てきてお出迎えっていうのは」
一歳年下の、二人目の聖女であるベアトリスが、心配が深そうに眉根を寄せた。
「嫌よ、部屋で待つなんて。私は。」
「なんで嫌なんですか?」
ファーティマより二歳年下の、三人目の聖女ハリエットが尋ねた。
「なんか偉そうだからよ。部屋で来るのを待ってるだなんて。」
「私と、ゾフィーの時も、そういえばこんな風に車寄せで初めて会いましたね」
くすくす笑うハリエットの隣で静かに待っているのが、四人目の聖女のゾフィーだ。
「そろそろお着きになりますよ!」
神殿長が、気を引き締めるように口にした。
*
怖くはなかったけれども、たしかにイレネーは少しぎょっとした。
「はじめまして、イレネー・カーティスさん。
来てくださってありがとう。ようこそ神殿へ。
私の名前はファーティマといいます。一人目の聖女です」
馬車から降りたら、なんだか何人も人がいた。さくっと、とても気さくに差し出されたその手をとりあえず握ってみたところ、シスターではなく、「一人目の聖女」と名乗られて、更にぎょっとした。わざわざ車寄せまで出向いて歓迎されることは当然予想になかった。もっと厳格なイメージだったのだ。
鳶色の髪をゆるやかにハーフアップにしていて、あまり見ない少し変わった意匠の銀の耳飾りをつけている。
「はじめ、まして。わざわざありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願い致します」
「ええ。どうぞよろしくね。
疲れているでしょうし、まずはあなたの部屋へ案内するわ!神殿の奥に、私達の生活スペースがあってね?そこでなら、神殿内でも室内着を着ていて構わないことになっているの。
着替えてから、残りの聖女のメンバーを紹介するわ。神殿長のことも、シスターの皆さんのこともね。
さあ、行きましょう!堅苦しい旅装のままじゃ息が詰まるでしょう」
そうなの?えっ、そんなのアリなの?という混乱をよそに、荷物を代わりに持ってくれて、色々なことがよく分かっていないまま先導され、案内された部屋は狭すぎず華美でなく、つまりは悪くなかった。
窓が広くて日当たりもいい。
ファーティマさんが両開きのキャビネットから、仕立てのよさそうな室内着を取り出して、私の体にあてがい、「ちょうどよさそうね」と笑った。
「着替えの手伝いはいるかしら?」
「いえ、この造りなら、一人でも着られると思います」
「そう。じゃあ、お茶を淹れようと思うのだけど、好みはあるかしら?苦手なハーブなどあって?」
「ええと、ミントが少し苦手です。それ以外は特に。
好みは、ええと……。疲れたので甘いものだと助かります」
「わかったわ、ありがとう。着替えはゆっくりでいいから、済んだら、ここを出て、左の突き当りにある部屋へ来てね。」
「はい。こちらこそ、何から何までありがとうございます。」
「どういたしまして。歓迎のレモンパイを焼いてあるから、楽しみにしていてちょうだい。
あなたが着く前にちょうど焼き上げたんだけど、なかなか、会心の出来だったから」
普段からパイやらタルトやらを明らかに手作りしている口ぶりである。
「ありがとうございます、楽しみにしています……。」
「そうしてちょうだい!じゃあ、あとでね」
ひらひらと手まで振られた。
……ええっと、とりあえず、聖女は貴族から選ばれるんじゃなかったっけか?