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第七話 仮面を脱ぎ捨てた一人の少女2

 その日の晩。夕食を食べた後、順番に風呂に入っていた。俺は最後だ。


「愛依さん、次良いですよ」

「うんっ! じゃあいってくるにゃ~っ!」


 風呂上りのぽかぽかとした湯気を身体から上げながら、髪をバスタオルで包んだ九井が洗面所から出て来る。


 交代で朝比奈が浴室に駆け込んで行く。


 あれからメニューを涼宮達に見せて、いくつか下着と服を選んでもらった。


 服の心配も無くなり、昨日よりは快適に過ごせていると思う。


「……」


 だが、心配事も一つあった。


 再会してから、神楽坂は一人でいる時間が多い気がする。


 一週間の間に何があったのかも知らないし、そこに原因があるのかもしれない。


 俺は一人、家の外に出て、神楽坂を探した。


「いた」


 すると家から少し離れた更地で一人、体育座りをして空を見上げる神楽坂の姿があった。


 俺はメニューから毛布を買い、その背中にかける。


「えっ」

「風邪引くぞ」

「……ありがとう」


 そして隣に腰を下ろした。


 俺から何かを聞こうとはしない。


 出来るのは一緒に星空を見上げる事だけだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………私達ね。千景たちとははぐれたって、説明したと思うんだ」


 しばらくの沈黙が終わり、神楽坂は何気無く口を開いた。


「ああ」

「でもそれは嘘」


 作り笑いにもなっていない、不細工な笑顔で神楽坂は言った。


「本当は四人全員、鬼に殺されたの」


 薄々、何となくは感づいていた。

 誰も触れようとしない逃亡中の話題。

 明らかに致死量を超えて血まみれだった服。

 魔物から逃げた以上の、もっと生死を分ける何かがあったんだと、想像していた。


「涼宮は知らないのか」

「うん。遥はあの時、気絶していたから」


 それからぽつりぽつりと、神楽坂は逃亡中の出来事を話し出した。


「前園達を追って行ったのに、自分達が生き残るので精一杯でさ。……結局、誰とも会えずに私達は九人で森を彷徨っていたの」


 夜は魔物たちからひたすら逃げ隠れ、朝になると交代で仮眠を取ったが、満足に眠れない日々。体力は削られる一方だったろう。


「それで、四日目の夜。アイツが来た」


 ギリッと奥歯を噛み締め、憎らしげその名を口にした。


「――――鬼が」


 鬼と聞き、最初に思い浮かんだのは桃太郎。


 真っ赤な皮膚を持ち、剛力無双の悪鬼。


「いくら逃げても、隠れても、鬼はすぐに私達に追い付き、襲って来た。でも、あれは本気じゃ無かった。笑いながら、私達を狩る事を楽しんでたんだよ」


 強く毛布を握った拳は、神楽坂の怒りを表していた。


 何時間も、何時間も。執拗に追い掛けられ、ほっと一息吐いた頃に再び現れる鬼。


 どれだけ怖かっただろうか。


 ただの女子高生の集団だ。


 そんな状況が続けば、いずれ。


「明け方かな。千景たちが捕まった」


 神楽坂の眼から見れば、ようやく出した鬼の本気だったという。


 全力で振り落とした拳が地面を砕き、木々を吹き飛ばし、大山達半数が鬼に捕まった。


 涼宮も転倒して頭を打ったが、幸いにも風圧で吹き飛ばされて鬼の手の届く範囲にはいなかったと言う。


 そして鬼は手の届く範囲にいた大山達を弄び始めたと言う。


 握り潰し、涙に濡れる顔を舐め、苦悶に歪む表情を見て高笑いを上げたと言う。


「遥が気絶した今、私に委ねられたって、瞬時にそう思ったの。二択だったよ。命を捨てて千景たちを助けに行くか、鬼の興味がこちらに向く前に逃げるか」


 乾いた声で話す神楽坂の肩は微かに震え、その表情は段々と青ざめて行った。


「私は頭を打って気絶していた遥を背負って、走った。他のみんなも何も言わずに、その場から逃げた」


 辛い選択だっただろう。少なくとも、軽い気持ちでなんて出来ない選択だ。


 友達を見捨てて、親友を救う。


 誇り高い神楽坂にとって、実際に受ける傷よりも痛かっただろう。


「千景たちを見捨てたなんて知ったら、助けに戻ろうと言い出すと思ったから、目覚めた遥に嘘を吐いて逃げてた。そこからはとにかく魔物から逃げ続けて、消耗しきったところで花垣と再会出来たんだ」


 あの時はほっとしたなあ、としみじみと告げる。


 しかし神楽坂の表情には強い後悔が滲み、とても楽になれたとは思っていない。


 むしろ日に日に、その痛みは増えているはずだ。


「怖いんだ。あの時の千景たちの顔が忘れられない。「助けて」って、唇はそう動いた気がする」


 神楽坂の眼に涙が滲んで来た。


 掠れた声がさらに震え、顔を見られない様にと毛布に顔を埋める。


「俺も神楽坂と同じことをしたと思う」

「っ」


 何て声を掛ければ、神楽坂は顔を上げてくれるだろう。


「その場で助けに戻っていたら、全滅してたと思う。そうなったら朝比奈も、九井も、柊も、みんな鬼の餌食になってた」

「うん……」


 正直、今俺が「大山はみんなが助かる事を望んでいた」とか「誰も恨んでないよ」と言っても気休めにしかならないだろう。


 誰でも無い俺自身が、神楽坂に向けて言う本当の言葉じゃないと、その心には響かない。じゃあ。


「俺は神楽坂にまた会えて嬉しいよ」

「――――えっ」


 だから、紛れも無い本心を告げた。


 神楽坂は少しの間を置いて、埋めていた毛布から顔を上げる。まだ目元は少し赤いが、頬が朱色に染められていた。両目が驚きに見開かれ、


「っ、そっ、そう……なんだ……。へぇ……」


 ふうん、そっかぁ……。と譫言の様に呟き、俺とは反対側に顔を向けた。


 先端まで朱色に染まった耳先は見えた。ここから離れて行かないってことは、嫌がられているわけじゃなさそうだ。


「神楽坂は凄いよ。剣道部の主将をして、涼宮の事をサポートしてさ。あの剣術だって一朝一夕で出来るものじゃないだろ。小さい頃から途方も無い努力をして――――」

「ちょ、ちょっと待って! ……照れるから、やめて」

「お、おふ」


 神楽坂の柔らかな、それでいて所々にマメがある掌で唇を塞がれた。


 真っ赤な顔と潤んだ上目遣いでそう言われてしまえば、俺も黙るしかない。


 ぷはっ。と唇から手を離される。


 余計な事はもう言えないが、言わなければいけない事もある。


「まあ一言でまとめるとさ。神楽坂が決断してなかったら、朝比奈達は生きてなかった。こうして一緒に食卓を囲んで、暖かい風呂に入って、ベッドで眠る事だって出来なかった。ありがとうな、神楽坂。みんなを護ってくれて」

「……うん」


 返事はただ、一度のみ。


 しかし声色から力みが取れ、星空を見上げる神楽坂の表情からは何か憑き物が取れた様に感じた。



 それからまた少しの沈黙が流れた。


 やがて星屑が一つ、夜空を駆けた時。


「花垣。私の事、名前で呼んでよ」


 神楽坂が突然、そんな事を言い出した。


「えっ。なんでだよ」

「いいじゃん」

「だって神楽坂も俺の事、苗字呼びだし」


 お前も呼ばないなら、俺も呼ばないから。この話は無しな。


 そういう願いを込めて言ったのだが、数舜遅れて。


「薫」


「~~ッ!?」


 急な名前呼び。


 突然の事に変な声が出てしまい、神楽坂の方を振り返った。


「……結構恥ずかしいね、これ」


 神楽坂もそう言って、頬を染めながら照れていた。


「……空乃」

「~~~ッッ!!」

「……照れるなよ」

「いや、これは……、無理っ。照れる」

「だろ?」

「うん……」

「やめるか」

「……それは嫌かな」

「じゃあ、慣れるまで呼び合ってみるか」

「……薫」

「空乃」

「薫」

「空乃」

「薫」

「空乃」


 しばらくの間、名前呼びは続いた。


 お互いに頬は赤く染まり、心臓は激しく高鳴るが、何故だか名前で呼び合うのがやめられなかった。


「……ふふっ」


 終わりはこの可笑しな状況に耐えきれなくなった空乃が、笑い声を上げた瞬間に迎えた。


「高橋達みたいな馬鹿ップルに見えないか?これ」

「私もちょっと思ってた」


 はー、もう。熱い。


 と、空乃は手で顔を煽った。


 どれだけの効果があるか分からないが、俺は夜風に身体を晒して熱を冷ます。


「ねえ、薫」

「ん?」

「私―ーーー」



 オオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!



 轟音。いや、獣の雄叫びだ。


 森が揺れ、一斉に木々に留まっていた渡り鳥が飛び立った。


 家の周囲を荒らしていた魔物たちも一目散に逃げだし、その異常性を現している。


「ぃゃ、嫌……っ、何でっ、どうしてここに……!」

「っ、空乃?」


 普段は凛とした振る舞いを見せる空乃が、この雄叫びを聞いてその場に蹲り、肩を震わせていた。


 過去(トラウマ)を刺激され、湧き出る恐怖心。


 だとすると、まさか。


「……鬼」

「っ」


 空乃は一度、こくりと頷いた。


 俺は瞬時にメニューを開き、オーガの情報を買った。


 そして読もうとした、その瞬間。


「っ、おい! 待て!」

「遥!?」


 バンッと音を立てて、涼宮が家から駆け出していた。


 目指すのは鬼がいると思われる、暗闇の森の奥。



―――――ぃ、や……! た、け―――――



 何かが聞こえる?


 この声は……。


「いやあああああああああっっ!」

「大山!?」

「イダイイダイイダイイダイ! やめて、やめてよオオオッ!」


 それは悲鳴だった。


 暗闇の森の中、目を凝らせば見える。


 巨大な手に包まれた、血だらけの大山。


 オーガの全貌は見えないが、鋭い爪を大山の柔肌に突き立てて、弄んでいる。


 明らかに知性ある行動。


 考えられる可能性。


 復讐……、罠?


 まさか涼宮達を追ってここまで来たのか?


 だとすると、大山を生かしておいたのは涼宮達を誘き寄せるために……。


「クソが!」


 すぐに行動しなかった自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。


 俺はメニュー画面を開きながら、涼宮の背を追って駆け出した。




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