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大英雄と魔王の合言葉  作者: 黒ひげの猫
1章
8/11

英雄と面影

 食材を求め、ファウストと共に人間界に降りたイリスは目を輝かせていた。


「すっっごい!」


 生活感が溢れる町並みに、活気あふれる商人たちの掛け声、屋台から流れる空腹を刺激する香ばしい匂い。


 町に溢れる物全てが、イリスの好奇心を刺激する。


「ファウスト! 早くアンタも来なさいよ!」


 心躍らすイリスとは正反対に、心配事が重なり青ざめた表情のファウスト。


 人間界では『ファウスト』という名前は良くも悪くも知れ渡っている為、人間界にいる間は偽名で呼ぶよう口酸っぱくイリスに言い続けたファウスト。


 余計な事は絶対にしないと胸を張って宣言していたのにも関わらず、あの時間は無駄だったのかと思う程イリスは堂々とファウストの名を叫んだ。


 ファウストという名前を耳にしたこの町の住民達は一斉にイリスへ視線を向け、辺りは一瞬騒つき始めた。


「何してるのよ! 私お金持ってないんだから!」


 自分が注目の的になっている事に気づいていないイリスは、身動きが止まっているファウストに大きく手を振った。


「もう、私お腹が減ってるんだから早くしてよね」


 イリスはファウストの元に駆け寄り、顔を覗く。


「大丈夫? なに、お腹痛いの?」


 ピタリと動きが止まっているファウストをイリスは心配するが、その次の瞬間ファウストに頭を叩かれた。


 パシッ――――。


「痛いじゃない! なにするのよ!」


「何するんだはこっち台詞だバカが! あれ程名前を呼ぶなって言ったのにお前はっ……」


「あっ……」


 無自覚だったのか、言われてようやく気づいたと言わんばかりの表情のイリス。


 だが、そんな顔をしたところでもう遅かった。


「無意識だったの! 仕方ないじゃない、呼び慣れていないんだから……」


 不貞腐れるイリスにファウストはため息をつく。


「お前も知ってんだろ……。俺がなんで処刑される事になったのか」


 ファウストはこの事の重大さを本当に理解しているのか、再度イリスに釘を差す。


「ファウスト·ライウスはもう、存在事態が罪なんだよ」


「……わかってるわよ。次からは気をつけるから」


「今の俺は『ギル』だって事を忘れるなよ」


「なんだか、そこらにいるありふれた名前ね」


「それでいいんだよ」


 自分自身の存在が罪だと言っていたファウストが、この町に入ってから辺りを懐かしそうに眺めている事に気がついていたイリスは、ファウストの横顔を見つめた。


「……なんだよ」


「懐かしいの?」


 イリスの言葉に覚えがあったファウストは眉間に皺を寄せた。


「勝手に人の記憶を読むなよ」


「気付いてる? 自分が今、どういう表情をしているのか」


「……知るかよ。興味無い。腹減ってんだろ? 先に何か食べよう」


 これ以上この話に触れられたくないのか、ファウストはイリスを置いて先に市場の方へ向かって進み、残されたイリスはファウストの後ろ姿を見つめ七色の魔眼を開いた。


 大英雄と呼ばれていたファウスト。


 この町で起きた戦闘。


 助け出した若い娘。


 素朴な礼拝堂。


 建てられた銅像。


「……嘘つき」


 イリスは魔眼を閉じ、ファウストの後を追った。





 ファウストとイリスは、この町の市場に立ち並ぶ屋台を巡っていた。


「この町は海に面しているから、海産物が安く手に入る事で有名なんだ」


「だからさっきから魚系の屋台が多いのね」


 イリスは立ち寄った屋台で並んでいる料理の数々を、興味深そうに見つめる。


「ここの屋台は魚の香草焼きが美味いんだ。オヤジ、香草焼きを二人分くれ」


 ファウストが屋台の店主に声をかけると、店主は串に刺された魚を大きな葉で包み、炭火で焼き始めた。


「二つで銀貨六枚だ」


「……なんか、前より高くなってないか?」


「そりゃ、安全だと言われてたこの町も、だいぶ変わっちまったからな。兄ちゃん等も、旅の途中でこの町を寄ったなら、長居せず早く去った方が身の為だぜ」


「…………あぁ。必要な物が揃ったら直ぐに出ていくよ」


 ファウストは店主から料理を受け取り、イリスに手渡した。


「温かいうちに食べようぜ」


「…………さっきの話、本当にいいの?」


 イリスの問いに、ファウストはすぐに答えた。


「いいんだよ。大英雄はもう居ないからな」


「そう。アンタがいいって言うなら、いいけど」


 ファウストとイリスは、市場に設置されているベンチに腰を下ろし、一息ついた。


 香草に包まれ、じんわりと弱火で焼かれた魚はふっくらと柔らかく、芳しい香りが広がり食欲をくすぐる。


「その魚は骨が多いから気を付けろよ」


「……そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 イリスは魚を包んでいる葉を慎重に剥がし、溢れ出した湯気を肺一杯に吸い込んだ後、豪快に魚にかぶりつき数日ぶりの食事に頬を緩ませた。


「美味しいっ!」


「だろ? 俺もこの飯が好きで、よく食べてたんだ」


 ファウストもイリスに負けじと、口一杯に魚を頬張った。


 二人はあっという間に魚を平らげ、まだ足らないと言いたげなファウストは、ソワソワと辺りに視線を配った。


「他にも美味い料理出してる店があるから行くだろ?」


 食欲に火がついたイリスは目を輝かせ、ファウストの手を取りベンチから立ち上がる。


「早く行こう! 私はまだまだ食べられるわ!」


「分かった。分かったから落ち着けよ」


 イリスとファウストさの空腹が満たされるま屋台巡り、五件目にしてようやく二人の手が止まった。


「……食べすぎて動けないかも……」


 その言葉にファウストは頷くしかなかった。


 常にテンションが高かったイリスは普段の倍以上の量を食べ続け、その結果表情が強張りどこか遠い所を見つめている。


「はぁ……、買い出しは俺がするからお前は少し休んでおけ」


 ファウストはどこか呆れた表情をしつつもイリスを日陰のある所で休ませ、一人市場に向かい食材の調達に向かった。


 残されたイリスは、市場で買い物をするファウストを見つめていた。


「ちゃんと溶け込めているじゃない……」


 あの時は必死だったとはいえ、ファウストを魔界に連れてきてしまった事にイリスは負い目を感じていた。


 他にもっとファウストにとっていい方法は無かったのか、考え出しからキリがなかった。


 イリスはファウストに気づかれないよう立ち上がり、魔眼で覗いた景色を頼りに目的地へ向かって歩き始めた。


「確か、ここのはず……」


 賑やかな市場を少し離れ、古びた家々が立ち並ぶ場所に辿り着いたイリスは周囲をぐるりと見渡した。


 人の手が行き届いていないのか方々に生い茂る草木や、手入れのされていない井戸に、朽ちかけた家。


 この場所からは、人の生活感を一切感じ取れなかった。


「そんなに市場から離れたわけじゃないのにな……」


 耳を澄ませば市場の方から賑やかな声が聞こえてくる。


 イリスは家々の奥へ進むと、素朴な造りの礼拝堂が見えた。


「ここだ……」


 礼拝堂の脇に建てられた銅像にイリスは視線を向けた。


 剣を胸に構える青年の銅像。


 手入れがされていないのか所々蔦に覆われているが、その銅像はどことなくイリスがよく知る人物に似せられていた。


「こういうの、あんまり好きじゃないと思ったんだけどな……」


 イリスは銅像に絡む蔦を剥がし、ようやく銅像全体が陽の光を浴びた。


「東の町の英雄、ファウスト•ライウス……。やっぱり懐かしいんじゃん」


 イリスが暫く銅像を暫く眺めていると、後ろからまだ幼さの残る声で呼びかけられた。


「この銅像に、何かご用ですか?」


 振り返ると、そこには貧しい姿をした娘がいた。


「いや、用って程の事はないけど」


 娘は慣れた手付きで銅像周りに生えた雑草を抜き、蔦を剥がし銅像を磨くなどの手入れを始めた。


「君は、この町の人?」


 イリスの問いに、娘は少しの間を開けて答えた。


「…………そうですね。前まではこの近くで暮らしていました」


「随分、荒れた様子だけど……この町に何があったの?」


 この礼拝堂に着くまでの間に見てきた町の様子について娘に聞くと、冷たい視線を向けられた。


「それを知って何かしてくれるんですか?」


「それは……」


「この国にはもう、私達を助けてくれる英雄様はもういないんです」


 今にも泣き出しそうな娘は溜まった思いを振り払うかのように、銅像の手入れを続けた。


「…………英雄、この人について教えてくれないかな?」


 イリスは娘の横に腰を下ろし、銅像を見上げた。


「私……。この人については魔族から国を救った事と、処刑される事くらいしか知らないんだ」


 娘はようやく手を止め、イリスと同じように銅像を見上げた。


「ファウスト様は、とてもお優しい人なんです。数年前に起きた魔族と人族の戦いが終結し、ファウスト様は戦いの被害に遭った各村や町を回っては復興作業のお手伝いをしてくださいました。この町はもっと緑が豊かで林業が盛んな町でした。この町にあった家の殆どを魔族に壊され、途方に暮れていた時ファウスト様がこの町に立ち寄られ、生き残った住民と一緒に壊れた家を建て直してくださいました」


 娘は懐かしそうに周囲を見渡し、嬉しそうに語った。


「今ある家は全て、ファウスト様が建てられたんですよ! ファウスト様のおかげでこの町は少しずつ活気を取り戻し、以前と同じような生活を過ごせるかと思った時、魔族の残党が再びこの町を襲いました。逃げ遅れた私は魔族に殺されそうになった所をファウスト様に助けていただきました。ファウスト様はこの国の、そしてこの町の英雄でもあるんです。この銅像は感謝の印に、そしてこの町を救ってくださったファウスト様を忘れないよう、この町の町長だった父が建てました」


 大英雄ファウストについて語っていた娘の表情は次第に曇り、再び瞳に涙を集めた。


「ファウスト様がこの町を去って暫くした頃、とある噂が流れました。ファウスト様が魔族の手先で国家転覆を謀っていたというふざけた噂です。当然、この町の住人も父も噂を信じていなかったのですが、次第に噂を信じ始める人達が増え始め、ファウスト様に救ってくださったこの町をこの国の恥だと……。徐々にこの町から人は居なくなり、今は私だけになりました」


「…………だから、こんなに荒れて」


「人が居なくなっただけではありません。この町に、魔族の巣があるんです」


「えっ……」


 さすがのイリスも、娘の言葉に表情が固まった。


「でも、あの戦いで魔族は全て殺されたか、魔界に戻ったって……」


 娘が嘘をついていない事を確信しているイリスは、こっそり魔力を感知する魔眼を開いたが、魔力の反応は無かった。


「……ファウスト様が、処刑されたと言われて少し経った頃から、魔族が各地で巣を作り始めたと聞きます」


「ファウストが処刑されてから、魔族が……増えた?」


 娘の話を聞きながら、そんな事はないとイリスは眉を顰めた。


 ファウストが処刑された後と言うと、ファウストが魔界に来てすぐの事だ。


 その時点でイリスは既にゲートの魔法を禁忌魔法として扱い、イリスが認めた者以外その魔法を使う事を禁じた。

 だから、魔族が人間界に現れる、増えるなど有り得ない事だった。


「……どういう事なの?」


 魔界の中で裏切り者がいるという考えが、イリスの脳裏を過ぎった。


 考え事に集中していると、真っ直ぐこちらに近づいてくる足音に気づいた。


「おい、イリス。お前、勝手な行動はするなって言ったよな?」


 振り返ると、呆れた表情でギルに扮しているファウストがイリスを見下ろしていた。


「今、この子に英雄ファウストについて話を聞いてたところなの」


「は? 話って…………」


 話している途中で、自分の姿を模して作られた銅像の存在に気づいたファウストは、眉間に皺を寄せた。


「面倒な事を……。早く戻るぞ」


「待って!」


 用を済ませ魔界に早く戻ろうとしたがっているファウストを、イリスが引き止めた。


「私、もう少し話を聞きたいの」


「……話は聞こえてた。魔族の巣だろ? 大英雄ファウストの呪いって呼ばれてる――」


 その言葉を聞いた娘は声を荒らげた。


「ファウスト様は、そんな事をするような方ではありませんっ!」


 大人しそうな見た目をしている娘からは想像が付かない程、感情任せで勢いのある言葉だった。


「ファウスト様はそんな事をされる方ではっ! ファウスト様の何を知ってそんな酷い事を言うのですか!」


「えっ…………」


 さすがのファウストも、どう返せばいいのか言葉が詰まり唖然とした表情を浮かべた。


「ファウスト様はお優しい方です! 困っている私達を助けてくださいました! 魔族に殺されそうだった私を救ってくださいました! あんなに優しい方を酷く言うのを私は絶対に許しません!」


 娘の真っ直ぐな言葉を聞いたイリスは、ニヤニヤと頬を緩ませファウストを肘で突く。


「……だってさ」


「お前は黙ってろ」


 明らかに調子に乗っているイリスから距離を取り、ファウストは娘に歩み寄った。


「…………でも、もう大英雄ファウストはいない」


「分かっています。そんな事……」


 涙ぐむ娘の姿を見たファウストは大きく、そして深いため息をついた。


「っ、魔族の巣はどこにあるんだ?」


「へ?」


「久々にこの町に来たら、魚の種類は少ないし値段が跳ね上がってんだ。この町から魚が買えなくなるのは困るからな」


「何とか出来るかもしれないから、その魔族の巣の場所を私達に教えてくれる?」


 素直ではない言い方をするファウストの代わりに、イリスが娘に耳打ちすると娘の表情は途端に明るくなった。


「こう見えて、この人凄く強いんだから」


「……余計な事は言うなって」





 娘に案内された場所は、町から程近い場所だった。


「こんな近くにいたのね……」


「全く気が付かなかった……」


 イリスだけではなく、ファウストも相手の魔力の感知ができるのだがイリス同様、魔力感知に引っ掛からなかったのか驚きを隠せていなかった。


「魔族は、この家の中に棲みついてるんです」


 娘が指差す先には、一つの傷みもない綺麗な家だった。


「少し離れてろ……」


 ファウストは息を潜め、ゆっくりと魔族が棲みつく家の中に入ろうとしたがその後ろをイリスが着いて来ていた。


「何してるんだよ」


「だって、魔族がいるって聞いちゃったら魔王として最後まで責任持たなきゃでしょ?」


「はぁぁ。勝手にしろ」


 ファウストとイリスは足音を忍ばせ家の中に入ると、既に存在を感じ取られていたのか家の端で身を寄せ合う二匹の魔物がいた。


「…………イリス」


 その魔物は、ファウストは初めて見る姿をした魔物だった。


 魔物に詳しいであろうイリスを呼んだのだったが、魔物を見るなりイリスも首を傾げた。


「この魔物、私は初めて見るけど……。ファウストは見た事ないの?」


「いや、俺も今初めて見た」


 その姿はゴブリンのようでどこか違う、中途半端な姿だった。


「ゴブリン……ではないよな」


「ゴブリンだったらこの魔物より頭二つ分大きいし、牙ももう少し尖ってる」


 どれだけ近付いても反撃する様子もなく、寧ろ怯えた表情を浮かべる魔物にイリスは躊躇なく距離を詰める。


「おい、そんなに近付いて大丈夫か」


「大丈夫よ、もう少し様子を見たいの」


 イリスは魔物をじっくりと観察し始めた。


「牙が丸くて、短い。……爪も無い。それに、痩せすぎてる」


「何か分かったか?」


 ファウストが声をかけるも、イリスは暫く考え込み導き出した答えを呟いた。


「…………魔界の魔物じゃない」


「どういう事だよ」


「いや、だって魔物から魔力を感じない時点でおかしいし、それに魔物の特徴が一切見当たらないの。これもおかしいでしょ?」


「確かに……。で、コイツらの処分はどうするんだ?」


 イリスは思いの外あっさりと決断を下した。


「殺して」


「……いいのか?」


「詳しく調べたいけど、魔界に連れていったところで生きてる確証は無いし変なモノを魔界に連れて帰るわけにはいかないでしょ?」


「お前が良いなら、いいけど……」


「あ、でも片腕ずつ残しておいてね」


「仰せのままに」


 ファウストはゲートの魔法で魔剣を取り出し、魔物の心臓を潰し首を跳ね飛ばした。


 魔物の腕を回収し、家の外に出ると娘だけではなく市場で働いていた人達も集まっていた。


「おい旅人! この家に棲みついてた魔物はどうしたんだよ!」


「兄ちゃん達が倒してくれたのかい?」


「国の騎士達は何もしてくれなかったのに、ありがとな!」


 ファウストとイリスは人集りに囲まれ、身動きができない間に感謝の気持ちだと多くの手土産を渡された。


 両手で抱えきれない程の手土産を渡されようやく解放されたファウストとイリスはどこか、疲れた様子でゲートの魔法を開き手土産を魔王城へ送った。


「やっぱり、こっちの方が似合ってんじゃない?」


 イリスは嬉しそうな表情でファウストを見上げた。


「……俺は、アンタから心臓をもらったんだ。おかしな事、あまり言ってんなよ」


「………………」


 イリスは下を俯いていると、ファウストに手を差し伸ばされた。


「ほら、帰るぞ」


「…………バカじゃないの」


 イリスはファウストの手を取り、ゲートを潜りファウストと共に魔界へと戻った。 

 

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