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私にだって救える世界がある!  作者: 小鳥遊葵
第一章 聖都ヴェストファーレン
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ベルトラン・ルクレール

 「矢だ、矢をもっと持って来るんだ!」


 甲冑に身を固めた兵が胸壁上で慌ただしく往来する中、怒声が上がる。真新しい赤い軍服は彼のお気に入りだったのだが、既に血やらホコリやらで赤というより黒くなってしまっている。


 襟には聖王騎士団のシンボルである二つ首を持つ鷲、”双頭の鷲”が金色の糸で刺繍されている。大佐の階級を示すものだ。

 二十歳という若さで大佐という階級は他にはいない。更に凡人では得られない栄達を得ているとの自信があった。

 予定では本日付で近衛師団の師団長となるはずだった。

 だが、現時点では近衛師団所属の聖都守備隊、守備隊長だ。だからこそ、ここは踏ん張り時だ、と大声を上げる。


 「とにかく一匹づつボウガンで一斉に狙うんだ。よし、今度はあいつだ!」

 周りの兵を十人程集めると、上空を旋回する魔族を指差す。ガチャガチャと兵たちがボウガンに矢をつがえ、めいめいに狙いを付け、引き金に指をかけようとした。

 「待て、待て!勝手に撃つんじゃない。私の指示を待て……」

 指揮刀であるサーベルをふり回しながら兵たちを静止する。

 魔族が旋回を終えようとしたまさにその時、指揮刀を振り下ろす。

 「今だっ!撃てっ!!」

 ビュンビュンと一斉に矢が空へ放たれる。一直線に、一点に向かって打ち込まれた矢の嵐に襲われ、それはハリネズミになって地面に墜落していった。

 「よし、よくやった!次もこうやるんだ。できるな?」

 「りょ、了解であります。」

 満足げに頷くと、兜に赤い羽根をつけた現場の指揮官らしき男が兵たちをまとめ始める。


 初めての実戦―—だが、うまくやれていると我ながら思う。

 ……が、緊張と疲労が蓄積している。

 指揮刀として長めのサーベルを片手に振り回しているので、腕がもう上がらなくなってきた。だが、常にサーベルを上げていないといけない理由が私にはあるのだ。

 この私は、近衛師団所属の聖都守備隊長であり、次期近衛師団長であり、王国騎士団の未来を担うベルトラン・ルクレールなのだから。


 聖都中の鐘楼が打ち鳴らされ、敵襲が報告されていた。

 魔族が聖都を攻撃してくるなどこの三◯◯年なかったことだった。

 多くが魔族というよりは魔物に近い。ブンブンと羽を広げて飛び回る、人型の怪物だ。

 だが、それに混じって、鎧を着た魔族兵が時折攻撃してきていた。

 羽の生えた魔物であれば飛んでくるのだろうが、どのようにして鎧を着込んだ重装備の魔族兵が聖都に忍び込んだのか、そもそも、なぜいきなり聖都を攻撃してきたのか――合点の行かないことが多すぎる。


 「こんなところにいた!若、あまり動き回らないで下さい。見失うでしょう!ちっちゃいんだから!!」

 向こうの方から鎧一つ身につけず、制服のまま若い将校が走ってくる。

 「ちっちゃいとはなんだ!」

 この無礼なヤツはジャンだ。我がルクレール家の重臣の子で、同い年だからと、幼い頃から一緒に育てられた。

 気心のしれた部下……のハズだが、態度が悪い。


 ジャンが言う通り、ベルトランは背が低かった。一八◯センチ以上ある長身のジャンと比べると随分と小さかった。というか、一四◯センチもない。十二〜三歳ぐらいのこどもサイズだ。

 聖王騎士団の”兵士”には入団資格があり、身長は男は一七◯センチ以上、女は一六◯センチ以上と定められている。

 が、ベルトランはそれよりも遥かに小さい。彼が騎士団に所属できているのは聖王国随一の貴族であるルクレール家の御曹司であることと、に尽きる。


 「貴様、一応、私は上官だぞ!」

 ベルトランは無礼な従者を叱責するが、当の本人は意に介していない。

 どこからか持ってきた鎧をテキパキとベルトランに着せていく。

 「はい、若、胴を付けますのでバンザイしてくださいねー。」

 「お、おう……」

 ベルトランは素直にジャンに従う。長年連れ添った主従は阿吽あうんの呼吸で軍装を整える。

 鎧を着た、というよりは大きな鎧に着られた、という、どこか七五三に行く男の子といった感じのベルトランに仕上がっていた。


 「ジャン、貴様も鎧を着けてこい」

 ベルトランがジャンに命じるとーー

 「嫌です」と、にべもなく断られる。

 「動きにくくなりますもん」

 「貴様、上官の命令に――」

 「若、私は若の部下でもありますが、お館様から若の護衛を言いつかっております」

 こどもをあやすかのように微笑む。

 「だからといって、怪我をしたらどうするのだ」

 「当たらなければどうということはない――ってやつですよ」

 「いや、そんな物語の中のような話をしているのではなく……」

 「――それに、鎧を取りに行く暇などなさそうですよ?」


 ジャンが言うと、いつの間にか二人は地上に降りた五体の魔物に取り囲まれていた。

 「お、おい、ジャン、おまえが悠長に問答しているから囲まれたではないか!」

 「若、ご心配なく――」

 ジャンが腰に下げていたサーベルを抜く。

 ベルトランはそれを見上げるだけだった。

 「鎧なんか着てたら動きにくいじゃないですか」

 振り返ってベルトランに微笑むと、囲んでいた魔物たちの首が落ちていた。

 「ね、心配ないでしょ?」

 ジャンは悪戯っぽく笑った。

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