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私にだって救える世界がある!  作者: 小鳥遊葵
第一章 聖都ヴェストファーレン
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尾行者

 「ちょっと、二人とも、今日は観光しに来たわけじゃないのよ!!」

 「堅いこと言うんじゃねぇよ。みんな楽しんでるじゃねぇか……」

 団長がチェスカに絡み始めた。

 「大体、イヤダイヤダって言ってたんだから、ここで飲んで忘れちまえばいいんじゃねーか?」

 ホークもそれに乗っかり、チェスカに軽口を叩く。団長の周りには押せよ押せよと人だかりができていた。

 そういえば、団長と聖都に来るのは初めてだな。

 街では人気がある、とは聞いていたが……これほどとは……ちょっと引くぞ。


 「そうだ、そうだ、嬢ちゃんかわいい顔してるのに、そんなに眉間にシワよせちゃ台無しだぜ!」

 「待て待て、この嬢ちゃん、大尉の袖章つけてんぞ」

 「……ぉー、ってことは嬢ちゃん士官なのか?こんな若いのに?」

 「ちょっと待て、こっちの兄ちゃんは少佐だぜ?」

 街のおっちゃん達の興味は団長からその取り巻きの俺たちにも注がれる。

 俺たち軍隊の人間はそれぞれ階級が与えられている。士官以上は所属と階級がわかる袖章をつけるものだ。

 聖都にいれば、将校なんて珍しくもないはずだが、傭兵の俺たちは気軽にいじれるってことなんだろうな。


 「そうよ、こいつらこう見えても俺の優秀な部下なんでな。それぞれ自分の部隊を持つ隊長なのさ」

 フレデリックが得意そうに鼻をならす。

 「ふたりとも俺のガキなんだ。ちゃんと士官学校出てるんだぜ?チェスカなんか主席で卒業してるんだ!なぁ、チェスカ!!」

 「ちょっ…お父さん、止めてよ、恥ずかしいからっ!」

 普段仏頂面のチェスカが恥ずかしがっている。褒められて照れているのか、父(団長)の酔態が恥ずかしいのか……いや、両方か。


 「なんだ、身内びいきなだけじゃねぇか!」

 「閣下も所詮は人の親か〜…」

 「にしても、この二人似てねえな」

 「あったりめぇだ。腹が違うからなぁ!」

 フレデリックが得意気に、そして豪快に笑う。この豪放磊落(らいらく)さが街の人からの人気の高さなんだろう。

 ちなみに腹も種も違う。俺たちは孤児で、フレデリックは育ての親ってだけ――と、言うのは興ざめだよな、と出かかった言葉をエールで腹の奥に流し込んだ。


 フレデリックが率いる第二十一辺境師団こと”《《風の旅団》》”はその名の通り、二個連隊からなる旅団規模であった。これは通常四個連隊からなる”《《師団》》”と比べると半分の規模であり、二十一番目の非正規師団とされている理由でもある。

 とはいえ、フレデリックは”師団長”、階級も少将で、一代限りとはいえ準貴族と言ってもいいだろう。普通は”将軍”とか、”閣下”とか敬意を込めて呼ばれるものだ。

 なのに、群衆から聞こえてくる”将軍”とか”閣下”は親しげな……というか、ほとんど冷やかしのように聞こえる。


 風の旅団の役割は第二十一”辺境”師団という名が表しているように、辺境の守備が主な役割になっている。

 先にも説明したが、旅団は二個連隊からなり、連隊は四つの大隊が集まって一個連隊となる。一個連隊は四個大隊だ。

 一個大隊は約六◯◯人で通常は少佐以上が務める。ホークはつい先日、少佐に昇進し、大隊長を任されることになった。風の旅団は二個連隊なので、大隊が八つ集まってできているから、少なくとも佐官は八名は存在している。都合四千八◯◯名。これに旅団長フレデリックの直属部隊やら予備兵がつき、まとめて兵五千人が”風の旅団”の全戦力だった。通常の師団はこの倍のサイズのなので、一師団は一万人規模ということになる。

 ちなみにチェスカは士官学校主席という頭脳を買われて、というか、フレデリックが危険から遠ざけたいのか、ずっと旅団本部、つまり団長付の作戦参謀という扱いとなっている。


 「そういや、聞いたことあるな。何年か前の士官学校の主席は史上初の女だったって」

 雑踏の中から大きな声が上がった。

 「そうそう、あの大貴族、ルクレール家の力を持ってしても御曹司を主席にできなかったとか」

 「ああ、次席も取れず、結局三番手だったんだよな」

 もう誰彼構わず話の輪に入ってきて収集がつかない。

 「それの主席がこの自慢のうちの娘さ。」

 「ちょっと、ちょっと、もう本当に止めて。あり得ないから、こんな道のど真ん中で……」

 「いいじゃないか、チェスカ。ホーク、ほら飲め!お前の少佐昇進祝いだ!!」

 無神経な発言をしながら、フレデリックはホークにエールを勧める。

 刹那、ホークは背後からチェスカから負のオーラを感じた。


 「……?」

 なんだ、今の違和感――と、ホークはチェスカ以外の誰かの視線を感じた。向かいの路地にこちらを伺うような影が一瞬見えたような…

 「ホーーーークぅ、お前はチェスカほどじゃないが真面目なとこがある。それは好かん!」

 いきなりフレデリックの太い腕が首に巻き付く……

 「ちょっとぉ!ホークのどこが真面目なのよ!!比べられる事自体ムカつく!!」

 チェスカの怒鳴り声がキンキンやかましく響く。


 「……気づいてるな?」

 一瞬、聞き間違いかと思った。

 団長の声のトーンが下がり、聞こえるかどうかの声が耳元に届いた。

 二人の目が合う。


 無言で軽く頷くと、ホークは”たった今こしらえられた”という感じの木箱を積み上げて作ったテーブルの上に飛び乗る。

 「よし、俺も飲む!お前たち、よーーーく見ておけ!これが旅団流、”《《イッキ》》”だ!!」

 「いけー!若いの!根性見せろー!」

 通常の五倍のサイズはあろうか大きなサイズのジョッキが運ばれてきた。これはジョッキか…?いや、樽だろ……


 「イッキ、イッキ!!」

 ぐびぐびぐび…

 コールが鳴り響く中、大量の液体を胃に流し込んでいく。

 テーブルの上からは通りがよく見渡せた。

 そして、目の端であの違和感の正体を捉える。


 「……っ……ぷぁーーーーっ!」


 「おーっ!すげぇ!!兄ちゃんすごい飲みっぷり!!」

 歓声が巻き起こる。なんだかんだ言って視線を集めるのは嫌いじゃない。

 「んだとっ、じゃぁ次は俺が…」

 「ちょっとぉ!お父さん、張り合わなくていいから!!十分すぎるぐらいもう飲んでるから!!」

 団長が俺も俺もとテーブルによじ登ってきた。大の男が二人立つには狭すぎる広さだ。


 「とうっ」

 得意げにバク宙を決め、テーブルから降り立つ。

 「団長、馴染みがいるんだ。ちょっと行ってくる」

 「分かった!だが程々にな。式典中に腰が立たんでは困る」

 清々しい笑顔を送ったら、ゲスな笑顔と手付き(ハンドサイン)が帰ってきた。

 「ちょっとぉ!ホーク、この状態で私を放っていくワケ!?」

 背中に罵声を受けつつ、ホークは違和感の正体を確かめるべく、路地裏に走った。


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