同期の桜
「ったく、なんでベルトランの出世を俺らが祝わなきゃいけねーんだよ…」
「もう、その名前を声に出すのやめてくれない?じんましんが出てきたじゃない!!」
そういってチェスカは腕を交差し両肩をバリバリと掻く。鎧の間から見える肌がほんのり赤くなっていた。
「さすが、聖王国一の大貴族、ルクレール家の御曹司ともなると出世が早いわなぁ」
先頭を行く初老の男が豪快に笑う。真っ白な長髪をオールバックにまとめ、よく焼けた肌に映えている。
「俺としちゃぁ、お前らが若様の覚えが良くて鼻が高いけどなぁ。」
「ちょっと、お父さん、それはないんじゃないの!?」
「コラ、この格好のときは”団長”だろうが…。ちゃんと公私は区別するんだ」
団長、ことフレデリックは俺たち育ての親であり、上司でもある。
通称”風の旅団”こと聖王国軍第二十一辺境師団の師団長。威厳もクソもない浅黒いちょいワル風オヤジだが、一応、”少将”なんて階級を持っている。
俺たち風の旅団は貴族どもに悉く嫌われているといっても過言ではない”ど田舎の辺境にある騎士団”。というか、騎士団とは名ばかりの傭兵集団だ。
騎士ってのは基本的には貴族がなるものだ。辺境に貴族は一人もいない。
この国には公式には二十の師団がある。だけど、俺達は第二十一師団――つまり、番外だった。
師団と言いつつ、兵数は普通の師団の半分、旅団規模。
だから、俺達は行く当てのない傭兵の集まりという意味で”風の旅団”を名乗っている。
「だって、ホークはともかく、私は迷惑しているんだから!」
チェスカがキンキンと響く声で抗議する。
俺はともかく……って、と喉まで出ていたが飲み込んだ。
ベルトランは俺とチェスカの士官学校の同期だ。
団長の計らいで俺たちは士官学校に行くことを許された。傭兵でも見込みのある奴は士官学校に送る、それが団長の方針だ。
まったく、どんなコネを使ったのか知らないが、貴族の子弟でもない俺達が王立士官学校に入れた。俺たちは三年前に卒業し、騎士として任官された。傭兵ながら騎士として宮仕えする身となった。
だが、騎士としての身分は一代きり。代々、貴族身分で生まれてくる奴らとは全く違う、死んだら終わりの偽貴族様だ。
今日は聖王復活祭。復活祭には聖王騎士団の式典が毎年行われているんだが、今年はオマケがついている。
復活祭の式典に続いて、同期であるベルトランの近衛師団長就任式典が行われるのだ。
ベルトランの父親であるペタン・ルクレールは聖王騎士団の首座、総帥の座にある。つまり父親が軍のトップだ。
近衛師団は、聖王を守護する精鋭部隊であり、全騎士団の頂点にある。
階級も大佐から少将に昇進するという。
ベルトランは俺達と同期、今年、二十歳になったばかり。
わずか二十歳にしてベルトランは騎士団のナンバー2ってわけだ。
ルクレール家は聖王国の中でも最大の領地を持つ貴族――王国最大の実力者である。
なにせ近衛師団(第一師団)に加え、第二〜第五師団まではルクレール家の親戚一門とその譜代の貴族で構成されている。
二十とおまけ一つの騎士団すべての幹部に動員命令が出てた。
総帥閣下の御曹司のお披露目、ということなのか、各師団から幹部が召集されているのである。
「私は士官候補生のころからベルトランに言い寄られてるんだから!」
ベルトランは王立士官学校の入学式でチェスカに一目惚れをし、事あるごとに言いよってきた。
きっかけは士官学校の入学式――
新入生代表としての挨拶を読み上げたのは入試成績主席のチェスカだった。
その凛とした佇まいにベルトランは一目惚れしたのである。
士官学校で女子は珍しくない。珍しくないといっても割合は三割程度なので、見かければやはり気になるのが年頃の少年たちだ。
そんな中でもチェスカは目を引く存在だった。抜群の運動神経に優秀な成績、飾らない性格で男子だけでなく女子からの人気も高かった。当時からずっとショートボブで通しており、聖都では珍しい黒髪に少し浅黒い肌が異国情緒で神秘的な魅力を醸し出している。男子だけでなく、無数の女子からも告白され、女子による親衛隊ができるほどだった。
「マイハニー、僕はいずれこの国を統べる。どうだい? ルクレール家の子を産んでみないかい?」
ベルトランはチェスカでなくとも寒気のするような口説き文句を繰り返し、拒否されても繰り返し、実に三年間執拗に迫り続けた。
俺にとっては常にそばにいる幼馴染であったので、この暴力女のどこがいいのか理解に苦しむ……と心の中でホークは思っていた。
そこは言わぬが花と言ったところだろう。
実際、告白していたのはベルトランだけではない。同期だけでなく、上級生、下級生、無数の少年たちからチェスカは愛の告白を受けていた。
ホークへ告白の仲介を頼む少年たちも少なくなかった。何しろ、二人は”兄妹”として士官学校に登録されていたのだから。
「父親的には申し分ない相手なんだがなぁ。それこそ、側室でもなんでも頷いちまえば玉の輿に乗れるだろ?」
「サイテー……それが親の言う台詞!?」
「だってお前、この国の富の半分はルクレール卿が握ってるんだぜ?その御曹司から求愛されてるって、お前――」
実際、ルクレール家によって王国が運営されているといっても過言ではない状況が特にこの二十年続いている。
聖王不在の状態が二十年も続いているのだから当然であった。
そもそも、聖王自体、一代限りの存在という特殊性がこの国にはある。
自然と脈々と続く大貴族であるルクレール家が時代時代の聖王を支えて国家を運営していた。
「あんなチビに言い寄られても嬉しくないの!」
チェスカは顔を真赤にして怒っていた。
チェスカはホークと見劣りしない程、背が高くスラッとしている。
ホークは一八〇センチ近くあり、チェスカは一七〇センチを超えている。
「まっ、今回のは聖王国軍総帥閣下直々の命令書付きだから……諦めるんだな。息子の出世を祝ってほしいんだとよ」
駄々をこねる娘の目の前に団長は命令書をヒラヒラと突きつける。
「あの、権力の無駄使い男……が……!」
ぎりりと歯ぎしりするチェスカに、それではせっかくの美人が台無しだろう――と思いつつホークはだんまりを決め込んでいた。
「大体、私は場違いじゃない?どこの師団だって”佐官”クラスが参加するんでしょ!?私はまだ大尉なんですけど!?」
ホークは”来たな”という顔でギャンギャン騒ぐ幼馴染を見た。
「ホークはこの間昇進して”少佐”、私は”大尉”。そうでしょう? だ・ん・ちょ・う?」
チェスカはフレデリックをあえて父とは呼ばず、自分だけ昇進しなかったことについて抗議した。
「大体、なんでコイツが昇進するのか意味分かんない」
「まぁー……そのなんだ、ホークはこの間、極秘任務に成功したから――」
「だーかーら、それが納得いかないっていうのよ。極秘任務って何よ!?なんで私に命令せずにホークを選んだわけ!?不公平じゃない!!」
”自分に命令されていれば、自分も成功していた”と言いたいらしい。これまで常にホークとチェスカは平等の扱いだった。それがはじめて崩れたのがこの昇進だった。
「あのなぁ……気持ちはわからんでもないが、”極秘”ってのは他に奴に言えねぇから”極秘”なのであってだな――」
珍しくフレデリックは狼狽えている。駄々をこねる娘に手を焼く父親そのものだ。この二人は血の繋がりはないのに――である。
「ベルトランの野郎、俺を巻き込みやがって。本来は団長とチェスカだけで行けば済む話だろ」
突然、ホークが声を上げる。「どういう意味よ?」という鋭い目つきでチェスカがホークを睨んだ。
「士官学校でお前は”主席”、俺は中の上。同期の主席様が代表して出席するのが道理だろう。」
「確かにそうだな。チェスカは主席で入学し、主席で卒業。呼ばれるにふさわしい存在だよな」
なるほど、チェスカを立てて怒りを鎮めようと言う腹か……と、フレデリックはホークの助け舟に調子を合わせる。
「ま、まぁ、確かにそうだけど……」
と、まんざらでもない表情で答えるチェスカに、”ちょろい”と二人が思いかけたところ――
「ねぇ、そんなおべっかで機嫌が治るとでも思ったの?」
ものすごい形相で二人を睨み返してきた。
「命令書には”師団幹部”って書いてあるでしょ?」
チェスカはその一点にずっとこだわっていた。
師団幹部とは即ち、師団司令部を指し、通常であれば佐官以上――つまり、少佐以上で構成されている。
しかし、第二十一師団、風の旅団は普通の師団ではなく傭兵の寄せ集め。
とはいえ、二個連隊からなる一個旅団なのだ。佐官級は他に何名かいるし、指揮系統上に二人の上司に当たる”荒くれ”ならば事欠かない。
だが、ちゃんとした士官教育を受けているのはホークとチェスカぐらいしかいないのであった。佐官以上という括りではフレデリックと新任で少佐に上がったホークしかいなくなってしまう。それでいいのだとチェスカは思っている。
更に、命令書には続きがあり、付け加えた感じがありありと、最下段に以下のように書いてあったのである。
『猶、以下、三名は騎士団本部へ出頭すること――
フレデリック少将、ホーク少佐、チェスカ大尉』
こう書かれては、出頭しない限りは命令違反になってしまう。
師団幹部と冒頭で書いておきながら、下士官を指名するとは何事か、とルールにうるさい学級委員さながら抗議しているのだった。