壁の上の攻防
「おい、なんかぶら下げてるぞ!何だあれは!?」
城壁から身を乗り出すと、前方からやってくる巨大な物体を指さした。それは何匹もの飛竜に吊り下げられ、聖都外郭の城壁スレスレの高さを越えてこちらに向かってきている。
「一つ目の巨人……ギガンテス……」
脇に控えるジャンが呟く。
吊り下げられ、向かってくる巨人は一体だけではなかった。少なくとも十体以上いる。
先頭の飛竜に続いて後方にも牽引されて向かってくるのが見えた。
「まずい、市街には入れるな!この城壁より内側に奴らを入れるんじゃない!!」
聖都は巨大な都市だ。外周をぐるっと囲う外郭城壁の内側は農地や工房、水運で運ばれてくる物資の荷揚げ場や倉庫が立ち並ぶ。
外郭から一段高くなった台地の上に市街は築かれており、この市街地を囲っているのがこの内郭城壁だ。
「飛竜を狙え!ギガンテスにはこの程度の弓矢は効かない。内郭に達する前に撃ち落せ!!」
慌ただしく激を飛ばすと兵士達が胸壁に整列する。これまで上方向を狙っていた照準を水平方向に直し、まっすぐこちらに向かってくる飛竜に狙いを定める。
――だが、その時であった。
「うわぁぁぁっ」
兵士の断末魔が響く。
見ると、黒い甲冑を身にまとった魔族が深々と兵士の腹に剣を突き立てている。
「な、何が起こっている!?一体どこから!?」
「若っ!上です!邪魔っ!」
声と共にジャンに突き飛ばされた。……痛い。
次の瞬間、空から魔族兵が突如降ってきて、ジャンと斬り合いになった。
「……降下猟兵――」
見上げると、先程までは緩慢に嫌がらせのように降りてきた魔物たちではなく、飛竜を操る竜騎兵が無数に見える。竜騎兵は急降下すると、後ろにしがみついた黒い鎧の魔族兵を地表に落としていく。
――降下猟兵。飛竜を使って敵地に乗り込み、殺戮を欲しい儘にする。
魔族には翼を持つ種族もいるが、鎧を着込んで完全武装すると、その飛行距離は長くない。このため、長距離を飛べる飛竜で敵地まで乗り込み、降下して戦うのである。
飛竜は地上から発見しづらい高空を飛行することが可能であり、急降下して兵を投下する。魔族が奇襲作戦としてよく使う手――そう士官学校では教えられた。
あちらこちらで白兵戦が起こっている。虚を突かれた聖王国軍の守備隊は劣勢にあるように見られた。敵地に単身降下し、戦闘を行うだけあって降下猟兵は戦闘力が高い。
「若、怪我は?」
ジャンが跪いて胸壁にもたれかかっていた私を助け起こそうとする。見ると既に先程の降下猟兵は倒されていた。ジャンは頼りなさげな優男に見えるが剣の腕はめっぽう強い。
ジャンの手を払い除け、一人で立ち上がる。
「貴様に突き飛ばされて頭を打った。ちょっとたんこぶができてしまったではないか。」
「それだけの口が叩けるなら、大丈夫ですね」
「魔物の襲来は我々の目を上空に向けさせるための陽動だったのだ……目的はギガンテスを”揚陸”することか……」
恨めしそうに天を仰ぐ。上空から次々と降下猟兵が飛竜とともに急降下してくる様が見えた。
「降下した敵兵に応戦しつつ、正面からデカブツを運んでくる飛竜を射殺せ!」
大声で叫ぶ。あちこちで降下猟兵と白兵戦が繰り広げられる中、この命令がどこまで有効か――正直、自信がなかった。
その眼前に再び降下猟兵が着地した。
「若、露払いをいたしましょう」
「よし、行け!」
駆け出したジャンは着地したばかりの降下猟兵を一刀の元に斬り捨て、苦戦する兵士たちを援護しながら、次々に降下猟兵を斬り倒していく。
「弓兵を守れ!各個に戦うんじゃない!固まって行動しろ!!」
ベルトランは声を上げて兵をまとめる。
奇襲により混乱していた守備隊も落ち着きを取り戻しつつあった。
「胸壁に貼り付け!降下猟兵は騎士どもに任せるんだ!」
守備隊の多くは聖都市民で構成されており、強兵である降下猟兵と白兵戦を演じられるものではない。
ジャンを中心とした近衛師団所属の騎士が多く戦場に出ている。降下猟兵は彼らに任せればいい。
その間に、ギガンテスを運んでくる飛竜を撃ち落とさなければ……
「整列!整れーーつ!」
サーベルを高々と上げ、胸壁部まで進むと、守備兵たちを整列させる。
「矢をつがえろ!」
ガチャガチャとボウガンに兵士たちはボウガンに矢をセットし、レバーを引く。レバーを引くことで弦がピンと張り、撃ち放つ準備が整うのだ。
「よし、狙え!飛竜を落とすんだ!!デカブツはこの壁を乗り越えられん!いくぞ……放てっ!!」
ビュンビュンと風を切る音が戦場に響く。巨人を牽引する先頭の飛竜に集中砲火を浴びせた。
何本もの矢が命中する。だが、飛竜は止まらない。
「第二射……用意っ!……てーっ!!」
ボウガンのよいところは矢をつがえる作業が早く楽なところだ。撃つのにもそれほど技術を要しない。
先についている照準器を撃ちたいところに向けて引き金を引くだけだ。
短弓や長弓は修練に時間がかかるが、ボウガンならば昨日まで街を歩いていた少年を殺人者に変えられる。
第二射、第三射、飛竜が近づくごとに命中する矢の本数も増えていく。
そしてほとんど目の前に迫った第五射により、ハリネズミの様になった飛竜が悲しげな声をあげて落下する。
他の飛竜だけではその重さを支えきれなくなったのか、ギガンテスは真っ逆さまに落ちていった。
内郭の城壁は優に三十メートルの高さがある。それを乗り越えるために、飛竜は地上四十メートルあたりを飛んでいた。巨体のギガンテスがこの高さから落ちれば、自重でただでは済まないだろう。
「まずは一匹だ!」
高く拳を上げると、兵士たちの雄叫びがこだまする。
「次もこの調子で行くぞ!」
「おーっ!」と兵士たちが応えたところで降下猟兵と竜騎兵からの波状攻撃が激しくなった。敵も必死だ。
「敵はこちらに飛竜を撃たせたくないらしいな……」
「正念場だ、根性見せろ!持ち場を守れ!!」
そういう間にも胸壁に張り付く守備兵に向け降下猟兵が襲いかかってくる。
「なんのっ!」
サーベルを振りかざし、降下猟兵に立ち向かうが、リーチが違うから届かない。
あ、こいつ今笑いやがった。馬鹿にしやがって……!
そう思った瞬間にも敵の刃が迫る。殺られる……と思った瞬間、敵の首は胴体を離れていた。
「若、もう少し下がって!貴方は弱いんですから!!」
私に襲いかかった一匹を瞬殺で仕留めると、更に別の敵兵の一撃を受け止めながらジャンが苦情を言う。
「わかっている。……が、私は引かぬ!」
何を言ってやがる。ここで下がってはルクレール家の家名を落とすことになるだろう。
「若様、危ないっ!」
逆側から斬りかかってきた降下猟兵を別の騎士が斬り伏せた。
ジャン以外にも俺の周囲には精兵が付けられている。
どの兵士も私と同年代の若者であり、ジャン同様に士官学校で共に過ごした子飼いの兵達だった。
こいつらはルクレール家の御曹司である俺の事を”若”とか”若様”と呼ぶから、他の兵士と違ってすぐに分かる。
「若様、我々がついていますから目の前の飛竜に集中して下さい。」
「若は降下猟兵とか竜騎兵に構ってはいけません。」
「弱いんですから!!」
子飼いの兵どもが声を揃えて言いやがる。本当に無礼な連中だ。
「若が怪我して指揮が取れなくなったら、どうするおつもりですか?」
周囲の敵兵を悉く斬殺するとジャンは小言を言いに近くまで来た。
「そうなれば、お前が指揮すればいい。」
憮然とした表情で答える。
「そんなのゴメンです!!」
「若、私はジャンの下では戦いたくないです。」
「そうです、コイツの下だとすぐに全滅します。」
「だから、若が指揮を取り続けて下さい。そのための我々なのですから」
いつの間にか私を守るように集った兵たちから口々に不満が上がる。
一応、ジャンを副官としており、階級も他よりは高いのだが……
ジャンよ……お前、周りから嫌われているぞ……
今やベルトランを中心とした守備隊は落ち着きを取り戻し、次々と襲ってくる降下猟兵相手に押し返していた。
東側の城壁で歓声が上がる。あちら側でも巨人の上陸を阻止したらしい。前線で指揮を取りながら、下士官以下が城壁上にある各砦に敵への対処方法をうまく伝達してくれている。
訓練した甲斐があった、ベルトランは戦場のど真ん中で満足感を得ていた。
城壁の端に立ち、仁王立ちになって正面を見据える。
「どうだ、魔族ども!聖都は容易に攻略などできない。貴様らの攻撃など何度でもはねつけて――」
その時、真横に飛竜がいた。ゆっくりとすれ違う。飛竜の目が一瞬こちらを見つめ、お互いに目が合う。だが、それも一瞬のことで、飛竜は上空へと飛び去っていった。背中に冷たい汗を感じる。
「下から……だと?」
正面から飛来する飛竜にばかり気を取られ、内郭城壁の更に低空を飛んでいる飛竜にまで注意が回っていなかったのだ。
城壁の真下から突然浮上してきたかに見えた。
「クソっ、貸せっ!!」
脇にいた兵からボウガンを奪い、真上を通過する飛竜に矢を射る。首元に命中するが、飛竜の勢いが止まることはなかった。
「若!下から来る!!」
飛竜が眼前から上空に上がっていくのを呆然と見上げると、突然、ジャンが飛びついて床に叩きつけられた。
次の瞬間、一つ目の巨人がゆっくりと釣り上げられ、城壁を越えていく。城壁を越える際に巨人の右足が胸壁に触れ、あたりに瓦礫をばらまいていった。
「奴ら……何をするつもりだ……」
ベルトランはそれを見上げるしかなかった。




