尋問
――これはシャレになっていない……
変な汗が背中を伝うのを感じた。聖教騎士団は異教徒狩りや魔族狩りを嬉々として行うサイコな連中――というイメージが有る。
異教徒の疑いあり、とさえ言えばすべてが”合法的な取り調べ”とされてしまう……
眼の前の男の言葉は単なる脅しではないようだ。
しかし、本当に心当たりもないのに拷問されては溜まったものではない……
あのメスガキ……ここを出たらケツを蹴り上げてやる!
「答えろ、国軍の……あの俗物、ルクレール卿の命令で姫を拉致しに来たのだろう?」
「チッ……何度言っても分かんねぇ連中だな。そんなんじゃねえよ。第一、”はいそうです”といったところで俺を解放する気なんざ一ミリもないんだろ?」
「ああ、もちろんだ。認めて楽に死ぬか、認めるまで痛めつけられて死ぬか、どちらか選ばせてやる」
そう言うと、リーダー格の横にいた僧兵から腹に一撃入れられた……痛ぇ……
「これこれ、滅多な事をいうものではありませんよ……」
痛みで視界が淀んでいる。顔をあげるとそこには僧衣に身を包んだ老人が立っていた。五十センチはあろうかという長さの布製の冠をかぶり、ゆったりとした純白のローブの上から祭服と呼ばれる外套を羽織っている。冠も外套も金糸で草木模様が豪華に刺繍されているところを見ると高位聖職者に間違いない。
こちらに慈悲深そうな笑みを向けながら近づいてきた。
「……だ、大司教様、この様なところに――」
「良いのです。先刻から魔物の襲来が続いていますし、どこが安全というわけでも無いでしょう」
外ではまだ魔物が活動を続けているらしい。先ほどの聖職者スマイルのまま、司祭は微笑みかける。
「彼は聖都を魔族から守る旅団の大隊長……お若いのに確か、少佐……でしたかな……?将校殿に対して滅多な事を言ってはいけませんよ」
大司教と呼ばれる老人は周囲の兵士を諭すように言っている。
これは助かる……のか?
「大司教様、僕は迷える子羊なんです。これはなにかの誤解なんです!どうかこの鎖を外してください」
情けないが、ここは聖職者の温情にすがろう。見るからにこの大司教は他の僧兵と違って慈悲深そうだ。
「もちろん、外して差し上げますよ。ただし……こちらの質問にもお答えいただきたいのです」
「先程から彼らに説明しているのですが、どうも言葉がわからないらしく理解してもらえないのです。私は何も命令されていないし、偶然通りかかっただけなんです!そちらの言う”姫”がどこのお姫様かも存じませんし……」
「そのことはもう良いのです」
にっこりと微笑みで返してくる。なんか余計に不気味だ……
「しかし、私は運がいい。探していた人が、自分から捕まりに来てくれたのだから――」
「荷物がどこにあるか、ご存知でしょう?」
「……」
「その在処さえ教えていただければ貴方を解放して差し上げましょう」
「大司教様、この様な者と取引するなど!」
「お黙りなさい。これは重大な機密事項なのです。」
「……知らないな」
待て、待て、こいつ何を言っていやがる……
「貴方の名前はホーク。第二十一辺境師団、通称”風の旅団”の大隊長――ですね。」
「……」
「表向きは小鬼――おっと、失礼、貴方にとってはご親友でしたね。ルクレール卿のご子息であるベルトラン氏の近衛師団長就任式典へ参加する……と」
大司教はゆっくりと俺に顔を近づけてくる。こちらを覗き見る目は何もかもお見通しだ、という無言の圧力か。
「ですが、貴方はフレデリック中将とは別ルートで荷物を聖都まで運んできたのではありませんか?」
「……知らないな」
「おや、急に静かになりましたね。貴方は嘘が下手なようですね」
こいつは何を言っているんだ……
確かに、俺は団長やチェスカとは別ルートで聖都に来た。それは団長からとある極秘命令を受けていたからだ。
「貴方はあれの重要性を知らない――そうですね?だから、在処さえ教えていただければ解放しましょう。荷物を守っている貴方の部下も安全ですよ」
「……そんなに重要なものなのか?」
「答えられませんね。もし、貴方がそれを知ったら……拙僧は貴方を魂の世界へ解放してあげなくてはならなくなりますから」
「……分かりやすく、”知れば殺す”と言ったらどうだ?」
「私も聖職者でしてね……軽々しくそういったことは言わないようにしておりますので」
団長から受けていた極秘命令は荷物の回収と、それを安全に聖都に届けること――
前者の成功を受け、俺は少佐に昇進した。
だが、その命令は”封緘命令”だった。
ホークの大隊は不自然に早く、聖都への進発を命じられた。
案の定、旅団基地から聖都に向けて進発する直前、「二日後に開けろ」と言って団長から乱暴に放り投げられた封筒――
蝋で封が止めてあるそれは軍で使う極秘命令書であった。
指定の期日に封を開け、内容を確認したら燃やしてしまう。
内容を知っているのは俺と団長だけのはずだ――
「我々が手に入れれば世界を再生できる――逆に奪われれば、混沌が待ち受けている――とだけ、教えて差し上げましょう」
「世界を再生……だと?」
「そうです。だから、貴方の行為は仲間を売るのではなく、この世界を救うことになるのですよ」
意味がわからない――俺が運んできたものにそれ程の価値が……
「分からない人ですね……外の騒ぎは貴方が運んできたものに関係しているのです」
「……?魔族の襲来が、か?」
「そうです。彼らは荷物を探しているのです。だから、”それ”が魔族に奪われる前に我々が回収して差し上げましょう。」
「……全然話が読めないんだ……がっ――」
不意に横から硬い木の棒で顔を殴られた。
リーダ格が下卑た笑いを浮かべているのが見える。
「……」
無言で口の中にたまった血を脇へ吐き出すと、正面の大司教を睨み付けた。
「これこれ、暴力はいけませんよ。」
ニコニコと微笑みながらも、その表情の奥には苛立ちが見て取れる。
「あなたも薄々は感じているのではないですか?荷物とはなんなのか……」
「……」
再び俺は無言で大司教を睨み返した。
「強情な人だ……」
大司祭はゆっくりと立ち上がり、部屋の出口へと向かう。
「君たち、彼は頭に血が上っているようだ。口が滑らかになるように丁重に扱って差し上げなさい」
そう言って部屋を去る。あとに残されたのは血の気の多い僧兵が数名だ。
バシャッ――
勢いよく上から水をかけられる。
「これで少しは冷えるだろう?」
下卑た笑みを浮かべながら、目の前に立つ男が言う。
「さぁ、荷物の在処を吐くんだ。」
男がしゃがみこみ、ホークの目を見据える。
ホークは無言で目を逸らした。
逸らした先に窓が見えた。その窓は大きく間口が切られており、外がくっきりと見える。風景から、囚われているのが建物の四、五階部分であることが分かった。
――何だ?
聖都はその周囲を十メートル程度の高さを持つ城壁に囲われている。
窓から見るときれいに地平線の様に城壁が水平に並んでいるのが見える。
その城壁線のすぐ上に無数の黒い点が見えた
「おい、あれは何だ?」
バシャッ――
ホークが問いかけるが、僧兵は答えず、さらに水をかけた。
ずぶ濡れになりながらも窓の方に視線を送る。
黒い影はだんだんと大きくなっていく――つまり、こちらに近づいてくる。
「お、おい、水なんかかけている場合じゃ――」
バシャッ――
「お、おい、いい加減に……」
僧兵に向かって苦情を言ったその時だった。
ドンッという大きな音と地響きとともに外から悲鳴が上がるのが聞こえる。
「なんだ?何が起こった??」
僧兵たちが慌て始める。窓の外に視線を戻すとそこには先程の物体は見えていなかった。
だが、次の瞬間窓の風景が突然白くなる。そして、中心には黒い点が見えた。
「や、ヤバい!おい、早くこいつを外してくれ!!」
ホークは窓の奥に何を見たのか、突然暴れだす。
後ろ手に縛られた縄を切ろうともがくが、きつく結ばれたそれは外すことができない。
「無駄だ、その手に乗るか。よそ見などせずに――」
刹那、轟音と共に瓦礫をばらまきながら窓から巨大な掌が侵入し、僧兵を掴む。
それは叫ぶ暇さえ与えず、人間だったものを肉塊に変えた。




