この不自由からの卒業
「姫……、何をなされているのですか?」
ガブリエルはアタシが大理石のサイドテーブルの上に立ち上がり、下を覗いている姿を見ると悲しそうな表情を浮かべ、こちらに近づいてきた。
「そこで止まりなさい!飛び降りるわよ!!」
強い口調で命じると、ガブリエルは素直に従った。
ここ数日でガブリエルの扱い方は心得ているんだから。
質問には答えないが服従する。
ガブリエルはアタシには絶対に逆らわない。いつも罵っても、困った様な笑顔を返すだけなのだから。
現に今もその歩みを止めて同じ表情をしている。
「見てわからない?逃げるの。アナタはそこで見ていなさい。」
「かしこまりました。しかし、姫、ここは十階です」
ガブリエルが悲しそうな声で呼びかけている。危ないから止めてくれ、と言うことらしい。
「これが見てわからないの?」
そう言ってシーツで作った即席のロープの端をぶんぶんと振り回して見せた。
「これで下に降りるの。だから怪我なんてしないわ。」
「姫……、失礼ですがその様な間に合わせのロープで姫の身体を支えられるとは……」
「何よ、アタシが重いって言うこと!?」
ギロリとガブリエルを睨みつける。
「そ、そう言う意味では……」
「なら、そこで見てなさい!」
言うが早いか、窓から身を踊らせる。
しっかりとロープに捕まり、壁を蹴りながら下へ降りて行く。
二メートル程降りて上を見上げるとガブリエルが心配そうに覗き込んでいた。
ざまぁみろ、アタシは鳥かごの中の鳥じゃないんだ。
もう、自由なんだ!
そう心を弾ませながらロープを伝って行く。
もう少しで地面に……つかなかった。
ロープは地面にあと5mは足りない。
しまった……ちゃんと地面に着くか確認すべきだったわ……。
後悔しても遅い。この状況をなんとかしなければ……。
飛び降りる?それともロープを伝って上に戻る?
下を向いて地面を確認する。
薄暗い路地が口を開けていた。
うん、戻ろう!
それまでとは逆にロープを支えに登ろうと力をかける。
だが、その瞬間、目の前の結び目が解けた。
「う、嘘っ!?」
その先を掴もうと手を伸ばす。なんとか切れ端を掴めた。
だけど、片手で宙吊り状態……ど、どうしよう。
「ちょっと!なにボーッと見てるのよ!引き上げなさい!」
声の先のガブリエルはアタシの命令に従い、ロープを引き上げようとする。
――その時だった。
けたたましく街中の鐘が打ち鳴らされる。
今まで一週間、鐘の音が時折一斉に鳴るのは慣れていたが、こんな風に乱暴に叩かれていることはなかった。
なにか大変なことが起こっている――!?
「こっ、これはっ!?」
ガブリエルが窓から身を乗り出し空を見上げている。
「姫、しばらくお待ち下さい」
そう言い残すとガブリエルの姿は見えなくなった。
「ちょ、ちょっと!!こんな状態でしばらくも待てるワケないじゃない!!」
上に向かって叫ぶが、声は虚しく虚空へ消える……
ど、どうにかしなきゃ……
片手では身体を支えきれない。
まずは両手で……と、宙ぶらりんな左手を伸ばす。
なんとか結び目を掴むことができた。
……だが、掴んだすぐ上が小さな音を立てながらゆっくりと裂け始めた。
「ダメ、ダメ、ダメっ!もうちょっと頑張って!お願い!!」
泣きそうな声でシーツに呼びかける。
だけど、それは虚しく響いただけ。裂け目は徐々に広がってく――
「だっ、誰でもいいから助けなさいよーーーーっ!!」
思い切り叫ぶ。すると、下に人の気配を感じた。
「何やって……」
下の人がこちらを見上げ、呆気にとられて何かを言いかけたその時、ビリビリと派手に布の裂ける音が響く。
「いやぁぁぁぁーーーーーっ!落ちるーーーー!!」




