国王の妾と裏切りを恥じない男の末路
誤字脱字報告どうもありがとうございます!
いつもたいへん助かっています!(すみません汗)
感想やご評価もありがとうございます!
1.
「すみませーん。エリオットさん、いる~?」
と若い女の声がした。
エリオットは「お? 女性?」と心なしか浮ついた気持ちで
「はーい、どちらさん?」
と扉を開けて外を窺ったが、相手の女性の顔を見て「げっ」と呟いた。
急いで扉を閉めようとする。
「入って来ないでください!」
しかし相手の女性はなかなかの強心臓の持ち主。
隙間にするりと足を滑り込ませると扉が閉められるのを強引に阻止した。
「あはー。そんな釣れない態度を取らなくてもいいじゃなくて?」
顔はにこやかな笑顔だ。
リーガン・サンドグレン。
国王の愛妾だ。
国王の妾とあってはエリオットも乱暴な真似はできず、仕方なく扉を閉めるのをあきらめた。
「何か御用ですかね」
「あなた国王陛下の幼馴染で今でも仲が良いのでしょう?」
お妾殿はこちらを少し値踏みするような目をした。
「はあ。お妾殿にまで名前を憶えていただけるとはね」
エリオットは厄介事は御免と言った顔で皮肉っぽく答えた。
「あなたのような堂々とした愛妾殿が私なんかに用事があるとは思えませんがね」
お妾殿の方は皮肉をそのまま受け取ったのかよく分からない態度でフフッと笑った。
「まあね。私、宝石やらドレスやらで国民の血税で散財する日々をひゃっはーってエンジョイしていたのだけど」
「包み隠す気ゼロですな」
「どうやら国王陛下が心変わりなさったみたいでねえ」
お妾殿は少し残念そうな声になる。
「そりゃーご愁傷様です」
エリオットは国王の女好きを知っているから、まあそんなもんだろうと納得の上つれない返事をした。
しかしお妾殿の方にとってみたら大問題だ。
「何よその言い方」
とぷりぷり怒っている。
「ははあ。陛下は自然消滅狙ってる感じですかねえ?」
「ばかっ! 私はねえ、公式の妾だっつの!」
「なんですか、その『公式の妾』ってやつは。『妾』と『公式』って何だか相いれない感じですけど。『公認の』くらいにしておいた方が……」
「うるさいわね、頭でっかち! とにかく王宮じゃ私の存在は皆知ってるんだからどっちでもいいでしょ」
お妾殿は口をとがらせて反論する。
エリオットは肩を竦めた。女のヒステリーチックな物言いは得意ではない。
お妾殿はきっと眉を吊り上げて早口で宣った。
「とにかく国王陛下(と贅沢な生活)を取り戻したいから、何で国王陛下が私を遠ざけているか聞いてもらえない?」
エリオットは露骨に嫌そうな顔をした。
「ええ~めんどくさいです。といいますか。私は王妃様とも知り合いなんですよ。妾と絡むとか、厄介事は勘弁……」
「なによっ! 国王陛下が一番気楽に下ネタ語り合えちゃうエリオット様と思って頼んでいるのよ!」
「なんですか、その白羽の矢。恥ずかしいこと言わないでください!」
エリオットは慌てて否定する。
するとお妾殿はニヤリと笑った。
「お礼にあなたの好きなアルテミア・バノン侯爵令嬢とのデートを確約するわ」
「デ、デート!? アルテミア嬢と?」
エリオットの声が思わず上擦った。
「やるの、やらないの?」
お妾殿はにやにやして挑発気味に聞いてくる。
「うう……」
エリオットは唇を噛んだ。
「デートは自力で掴み取ってこそ本望という奴で……」
するとお妾殿はわざとらしく意外そうな顔をして「あらあロマンチストね」と呟いてみせたものの、すぐに意地悪そうな顔になって
「協力しないならあなたの悪いことアルテミア嬢に吹聴してやるけど?」
とエリオットに迫った。
エリオットは青ざめた。
「うわあああ~やめてっ! なんという暴挙! やりまあす……」
お妾殿は満足そうに笑った。
「うふふ、ありがと。とりあえず国王陛下に私のことどう思っているか聞いてくれるだけでいいから。ね、簡単でしょ?」
エリオットは悔しそうにな目でお妾殿を睨む。
「はあ。本当にアルテミア嬢を紹介してくれるんでしょうね」
「ええもちろんよ。私がちゃんと国王陛下の寝所に呼ばれるようになったらね」
「うわ……直接的表現……」
「そのかわり、いつまでも国王陛下のお召しがないようなら、アルテミア嬢には別の男性紹介しちゃうからね」
お妾殿はエリオットにキッと鋭い視線を投げた。
「うわ~なかなか鬼畜ぅ~」
エリオットはため息をついた。
お妾殿の方はエリオットの承諾に満足して
「頑張ってね」
と謎のエールを送った。
2.
国王のお妾殿から面倒な頼みごとを引き受けたエリオットは、そうとはいっても公務で忙しい日々の合間、いつ国王にその話題を持ち掛けるか困っていた。
いくら友人とはいえ公人である国王に自分の都合で雑談しに行くわけにはいかない。
しかもこんなつまらない内容で。
エリオットは心の中で「今夜あたり妾のこと思い出してお召しになってくれればね。そうすれば俺は何もせずに済むってものなのに」とぶつぶつ思っていた。
エリオットは時間を見つけては国王陛下のおられるところをウロウロしていたが、国王も忙しいのかエリオットと顔を合わせても「ようっエリオット、元気か」と声をかけるだけで忙しそうにそそくさと行ってしまう。
どっかの舞踏会で酒の勢いで絡むしかねーな、とエリオットが思いはじめた頃、ようやく国王から声がかかった。
「なんか最近お前の顔を頻繁に見かけるようになって、久しぶりに飯とか食いたくなったよ」
エリオットは待ってましたと喜んだ。
ランチに呼ばれたエリオットは国王と水入らずの空気で食卓を囲みながら楽しい気分だったが、唯一懸念事項のお妾殿のことをさっさと片づけてしまわなければならないと、早々に話題に出すことにした。
「陛下。最近女性の趣味でも変わりましたか?」
国王はエリオットがいきなり女の話をしてきたので「ん?」といった顔をした。
「何だよ急に。別に変わらないよ。昔から髪かき上げ系美女が大好きだ。エリオットこそどうなの。未だに黒髪のお堅め清楚系が大好きなのか?」
エリオットはにこやかに答えた。
「ははは! やっぱり黒髪でしょう!」
「なになに、金髪には負けるとも!」
「ははははは~」
「ははははは~」
いい歳こいてもこの話題。和やかに笑いあう二人だったが、エリオットは「いや和やかに笑っている場合じゃない。さっさと用件を済ませてしまおう」と切り出した。
「ところで例の、あの妾はどうしたんです」
「ん? リーガンのことかい?」
国王は天真爛漫な顔で聞き返す。
エリオットは内心「あれ?」と思いながら、
「そうそう。最近お見掛けしませんので」
ともごもごと言い訳した。
そのエリオットの様子に何か不審なものを感じた国王は急に眉を顰めた。
「リーガンのことなんて話題にしたことなかったじゃないか。急になんだよ。まさかおまえ……リーガンのことを……」
「と、とんでもない! 彼女のことは何とも思ってませんよ! ただちょっと……」
エリオットは慌てて否定したが、否定ついでに口走ってしまった「ただちょっと」の続きがないことに自分で気づいた。
うおお~しまったあ~理由を考えてくるの忘れた~! 行き当たりばったりが半端ない!
しかし国王はきょとんとした顔で、
「ただちょっと、なんだい」
と無邪気な顔で聞いてくる。
エリオットは体中から汗が噴き出るのを感じた。
そして、
「え、えと……いや~ははは、リーガン様から女性を紹介してもらう約束で」
と思わず本当のことを言ってしまった。
しかし窮地な様子のエリオットとは裏腹に、俄然国王の目が輝きだす。
「おおっ! それはなんて大事な用件なんだ!」
「え? は? ああ、そういえば、こーいう理由お好きでしたね」
「当たり前じゃないか! 色恋こそ我が人生! わかった、リーガンに会ったらしっかり言っておくよ。エリオットも隅にはおけんねえ。まあ、まだ独身だもんな!」
国王は任せておけと胸を張った。
男友達のこういう頼みを聞いてやるのは国王の一番の誇りでもあるのだった。
「は、はあ……」
なんだか要点がずれた話題にエリオットは内心困ったなと思っていたが、国王はそれには気づかない。
お妾殿とご無沙汰だった理由を聞かなければならないのだが、兄貴面で胸を張っている国王の前で軌道修正するのは難しかった。
エリオットは今日のところは諦めることにした。
国王の方は友人のコイバナに何だかウキウキしている。
「それでそれで? 女はやっぱり黒髪清楚系か?」
「もちろんでっす!」
エリオットは鼻息を荒くして答えた。
「ははは、好みがかぶらなくて何より。ちょっと興味が出ちゃいそうだったから」
「この色欲大魔神め~」
「ははははは~」
「ははははは~」
そこへ国王の侍従が恭しく入って来る。
国王は侍従を見るなり彼に頷いた。そしてエリオットに向かって、
「時間のようだ。悪いなエリオット、午後の執務の準備があるから早めに出なきゃならん。だがリーガンの件は任せておきたまえ」
と言い残して立ち上がった。
エリオットは慌てた。
「あ、ちょっと、陛下。あの一つだけ、(今夜あたりでも)お妾殿と仲良く……」
「ははは、オッケーオッケー。ちゃんと会ったときに言っとくから!」
国王陛下はエリオットに片手を挙げて見せると、笑顔で部屋を出ていってしまった。
「……だからちゃんとお妾殿に会ってくれってことなんだけど……今の流れでそうとは汲み取ってくれてないよな……」
残されたエリオットは国王の出ていった扉をぼんやりと眺めながら呟いた。
これ、俺、ちゃんとお妾殿のお使い、できた?
国王陛下は『会ったらしっかり言っておく』と言っていた。では会う気はあるということだ。お妾殿も国王と会えれば本望なんだから別にこれでいいってことじゃないか?
そう無理矢理納得しようとしたエリオットだったが、ふうっとため息をついた。
否、無理だろう。
絶対あの流れでは国王はお妾殿にちゃんと会ってくれとは汲み取ってくれていない。
3.
そうこうしているうちに、突然エリオットは王妃から呼び出しを受けた。
エリオットは「まさかお妾殿の件では」と身構えたが、同時に「お妾殿の口から以外に、俺がお妾殿に何か言われたなんて証拠ないしな」と自分を慰めようとした。
が。果たして、会ってみた王妃の態度は冷たいもので、エリオットはお妾殿の件と関連付けないわけにはいかなかった。
王妃はエリオットを探るような目で見た。
「あなた最近様子が変よねえ」
エリオットはドキッとしたが、できるだけ平静を装ってしらばっくれる。
「えっと、あの、何が変でしょうか?」
王妃の目が鋭くなった。
「国王陛下の周りをうろつきまわっているでしょう」
バレてるっ! エリオットは汗が噴き出るのを感じた。
「いや~ははは、何のことでしょうか、ねぇ」
しかし王妃はぴしゃりと言い返す。
「しらばっくれても無駄よ。あなたの行動を調べてもらいました。昨日は国王陛下の謁見の終わりを見計らって広間をうろついていたし、一昨日は朝の出仕の時間にわざわざ大廊下を張っていましたね。先週は国王陛下とランチをご一緒したそうじゃないの」
「うわっなんで私の行動をそんなに把握してるんです。ストーカーですか!?」
エリオットは思わずぞっとすると、王妃はニヤリと笑った。
「ええ、あなたのストーカーに頼みました。ウィンウィンってやつですわよ」
エリオットは思わず反応した。
「はあ!? なんですかウィンウィンって!? というか私のストーカー? それならぜひ正面から来るよう言ってください、美人で巨乳なら悪いようにはしません!」
「美人で巨乳なら誰でも? 変態ですかっ!」
「変態で何が悪いんですか、男は皆女が大好きですっ!」
「だってその女、ストーカーですよ!?」
「ええ~っ! あなたが私のストーカーを放っておいて、それを言うんですか!?」
エリオットは抗議の声をあげた。
王妃はむっとする。
「あなたの方が陛下のストーカーですっ。陛下のまわりを四六時中ウロウロして」
エリオットはそれを言われると途端に立場が弱くなる。
「あ、は、え、えっと。すみませんでした。え~っと、わ、私はただの腰巾着でして……。決して待ち伏せしているわけでは……」
語尾がもごもごする。
王妃はキッとエリオットを睨む。
「何を嗅ぎまわってるの」
「な、何も嗅ぎまわってません……」
「嘘おっしゃいっ! 嗅ぎまわってるでしょ!? 偽証罪で獄死させますよっ」
「うわ、脅し! 態度の豹変が半端なさすぎます」
「それで!? 言うの言わないの!?」
王妃が片手を挙げ侍女に何か司法の紙を持ってこさせようとする仕草を見せたので、エリオットは「ひいっ」と小さく呻いた。王妃を阻止しようとエリオットは慌てて両手を上げる。
「あああ~待ってくださいっ! はい、私、国王陛下のまわりを全力で嗅ぎまわっておりますっ」
王妃は手を止めた。
「ほう、なんで? まさかリーガンから変な依頼でも受けてる?」
エリオットは嫌な汗が流れた。
「いや~ははは、まさかあ……」
「ほんとのこと言いなさいよ?」
王妃がまた侍女に目配せしようとする。
エリオットはビクッとなった。
「あああ~待ってくださいっ! はい、お妾殿に命令されたんです!」
王妃は鋭い目をエリオットに向ける。
「あの妾から泣きつかれたんでしょう」
「いいえ(泣きつかれたわけでは)」
エリオットは小さく首を振った。
しかし王妃は信じない。
「残念ですが国王陛下は妾には会わせません」
とぴしゃりと言った。
それにはエリオットも少し驚いて冷静になった。
「へ? あ、でもリーガン殿は公式の妾ってやつでは?」
「なんですか、その『公式の妾』ってやつは」
王妃が眉を顰める。
「あっ。そうですね、そういえば私もおんなじこと思いました」
王妃の目がキランと光った。
「いつ? もしやあの妾がそう主張した? 『公式の妾』だとか?」
「ええ、その通りで」
エリオットが肯定すると、王妃は嫌そうな顔をした。
王妃が口ごもったのでエリオットは少し調子を取り戻した。
「それに先週話したときは国王陛下はお妾殿のことを一応気にしていらっしゃいましたよ。それがお会いにならないのだから何か仕掛けでもありそうですね?」
王妃はふんっと鼻を鳴らした。
「ええ。いい薬を手に入れたのでね」
エリオットは驚いた。
「薬ですか、そりゃすごいウルトラアイテムが出てきたもんですね」
王妃はそこまで話してすっかり開き直ったしまった。
「ええ。飲んだら目の前の女しか眼中になくなる薬」
エリオットはまたしても驚いた。
「なんて単純な! しかしまた、すんごく都合のいい薬を手に入れましたね」
王妃は肯いた。
「ええ。そろそろいい加減、跡継ぎ欲しいし。妾なんぞに行ってもらいたくないし。なーんて思ってたら、都合よく怪しげな真っ黒ローブを纏った男が売りに来て」
「うわー怪しい。なんか頭の中まで本物っぽい。よくそんな男から買う気になりましたね」
「そんないい方されたら私が恥ずかしくなるじゃないの! でもほら、人は見かけによらないかもしれないでしょ」
王妃は少し顔を赤くした。
「いや、見たまんまだったんですよね。まあ効いて何よりです」
エリオットは苦笑した。
「そ、そうよ、効いて何より。毎日晩餐時に薬混ぜ込んだ甲斐があったというものよ。毎晩妾のことなんかすっかりお忘れ」
王妃はなんだかやけくそになっている。
「謎が解けましたよ、王妃様。オッケーです。お妾殿にはその旨伝えときます。ちなみに薬は、料理? 飲み物? 何に入れるんですか?」
「むっちゃ詳しく聞くじゃないの。何を企んでいるの、エリオット」
「いや~お妾殿に女の子紹介してもらう約束してるんで」
エリオットは屈託なく答えた。
「買収されとる!」
エリオットは「ははは」と笑った。
「こっちも切実なんで」
王妃は呆れた。
「あの妾の味方を続ける気? 私は王妃よ。王妃を敵にしていいことないでしょ」
「分かりやすい脅迫きた~!」
王妃はニヤリと笑った。
「じゃあ、そのご令嬢への口利きやってあげるから私の味方になりなさい。王妃からの紹介ならそのご令嬢だってやすやす断れないでしょ?」
「うわっ! 買収の応酬! そして立場を最大限に利用するえげつなさ!」
王妃はエリオットの言葉にフフッと笑った。
「悪い話じゃないでしょうが」
エリオットは大きく頷いた。
「はいっ! 長い物には巻かれろというのが信条です!」
王妃も満足そうに頷いた。
「分かってくれて嬉しいわ。物わかりのいいのは大好き。出世も口を利いてあげるから安心して任せておきなさい」
「はい! アルテミア嬢への口利きはくれぐれもよろしくお願いします」
エリオットは抜かりなく念を押した。
4.
王妃陣営についたからといって何か状況が劇的に変わったわけではないが、お妾殿の方をすっかりおろそかにしていたので、やはりお妾殿がエリオットの元へ押しかけて来た。
「こらーっ、エリオット! ちっとも状況が変わらないじゃないの。ちゃんと国王陛下には聞いたの?」
状況を知らないお妾殿はプンプンと怒っている。
エリオットは澄ました顔をした。
「あ、これはすみません、お妾殿。わたくし、王妃陣営になりました。アルテミア嬢とのお茶の約束も仲介してもらえましたし。現状大満足なんで。もう絡まないでもらえます? 今も仕事中ですし」
お妾殿は呆気にとられた。
「なんて清々しい笑顔! あほーっ! つーか王妃の企みだったのね、やっぱり」
「それは否定いたしません」
「あっさり認めたー。くそ、こうなったらアルテミア嬢にはあることないこと吹き込んでやるわ」
お妾殿は悔しそうに顔を歪める。
しかしエリオットはどこ吹く風だ。
「はっはっはっ! 問題ありません。私とのお茶は王妃命令なんで。アルテミア嬢だって王妃様に逆らうデメリット考えたら大人しく私のものになるでしょう」
「くそっぷりーっ! 私から言い出しといてなんだけど、アルテミア嬢が気の毒だわっ」
エリオットは微笑んだ。
「同感です」
「自分で同意するなっ! でもいいわ。王妃の差し金ってことが分かっただけ進歩よ。いつの世も妾の敵は正妻と相場が決まっているものね」
「正妻の敵が妾なんでしょう」
「ふん。言ってなさい。国王陛下との逢引き手段を制したからこそ今の私の立場がある。こっそり国王陛下に接触するわ。王妃なんかに邪魔できるもんですか」
「正妻vs妾で妾が勝つことはめったにありませんよ。正妻である以上法律も周囲の目も正妻の味方です」
「正論禁止! それでも私は自由恋愛を推進してみせる」
お妾殿は強く宣言した。
「いや~、国王が私財はたいて妾囲うのは自由っちゃ自由ですが、王妃に逆らったり国王陛下の公務に差し支えるような真似はしないことですよ。やっぱ妾は日陰者くらいがちょうどいいと言うか。プロの愛人は弁えるべきと申しますか」
「おまえがプロの愛人を語るか!?」
「とにかく忠告はしました。出過ぎた真似をしてひどいことになっても知りませんからね。あなたが顰蹙を買うようなことになったら国王だって庇いきれませんからね」
エリオットはそっと首を横に振った。
お妾殿はエリオットの釣れない態度を見て少し黙ったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……エリオットは一つ誤解をしているわ」
「何ですか」
エリオットは急に態度が変わったので一瞬身構えた。
しかしそれは身構えるほどのことではなかった。
お妾殿の方は得意げだったが、それは
「私は妾よ。国王に忘れ去られた妾は存在しないも同じなの。私は私のアイデンティティを守るために国王に付きまとって見せるわっ!」
というよく分からない宣戦布告だった。
「うわっ堂々のストーカー宣言だ……」
エリオットは苦笑するほかなかった。
5.
そこからはご想像のとおりです。
夜は(謎の薬のせいで)王妃に夢中の国王陛下、お妾殿が国王陛下に会うためには昼間しかない。だからお妾殿は昼間に国王の公務の邪魔になる程度まで国王を追い回した。
国王陛下の方は少々困り顔で「今は仕事だから、夜に。今夜行くから」とやんわりお妾殿をなだめすかそうとしたが、お妾殿の方は「仕事と私、どっちが大事ーっ!?」と聞く耳を持たなかった。それどころかお妾殿は逆に「一蹴された」と頭にきて、余計に時間と場所も考えず国王の執務に割って入ろうとするので、周囲は完全に困ってしまった。
一度くらい邪魔された分には大目に見た国王だったが(それでも公務が邪魔されたので関係者は大迷惑だったが)、あまりのお妾殿の聞き分けのなさにすっかり国王は怒ってしまった。
「昼は分刻みでスケジュールが入っているんだ!」
それで案の定エリオットが呼ばれた。ぎゃーぎゃー「中に入れろ」と部屋の外で喚いているお妾殿の声が聞こえる中、
「おい、あの妾をなんとかしろ」
と国王はうんざり顔でエリオットに命令した。
エリオットの方も面倒くさそうな顔をする。
「何で私が」
「おまえ、女紹介してもらうとかでリーガンと接点があっただろ?」
「あっ! そんな話もありましたね。でももう私は王妃に寝返ったんで」
エリオットは澄まし返っている。
国王はあんぐり口を開けた。
「王妃派に!? 何があったのか知らんがそつないな!」
「ええ。なのでもうお妾殿の関係者じゃありません。ってゆかご自分の妾でしょ、ご自分で何とかしてくださいよ」
エリオットはふうっとため息をついた。
国王もふうっとため息をつく。
「そりゃあね。自分で何とかしたいのだが、昼も夜も忙しくて」
「ああ、そうでしたね」
エリオットは思わず頷いた。
そのあまりの自然さに逆に国王はは何か勘付いたようだ。
「おまえ、そうでしたねって何だ?」
「あっ。あ、いえ……」
エリオットは急に我に返って焦った。
国王はその表情の変化を見逃さない。
「何か隠してるだろ!」
エリオットの背中を冷や汗が流れた。
「いや、そんなことは、はは、ないですよぉ~」
「うわー露骨に歯切れが悪いじゃないか。汗かいてんじゃねーよ」
「はっはっは! まさかあ~国王陛下に隠し事なんて~」
エリオットは白々しく笑って見せる。
「ん? じゃあ最近おまえと噂のアルテミア嬢に『エリオットともう会うな』と命令するぞ」
国王は早々に切り札を出してきた。
エリオットは大慌て。
「うわっ! それ言います!? 【妾<王妃<国王】の関係ではアルテミア嬢だって太刀打ちできませんよ! もう仕方ないな。はい! たった今からわたくし国王派になります」
国王は大いに肯いた。
「そりゃよい心がけだ。まあヘッドハンティングだと思ってくれたまえ。では知っていることをさっさと全部話せ」
「ははあ……」
エリオットは観念して王妃の薬の話を洗いざらい喋った。
国王はぽかんと口を開けて聞いていた。
「薬だと? それは反則だろ? どうりで夜は王妃しか目に入らなかったわけだ」
エリオットは国王の非難じみた言葉に、
「いや~一応弁解しておきますとそろそろ世継ぎが必要という……」
と汗をかきかき、自分を庇うかのように付け加えておいた。
国王は腑に落ちない顔をしている。
「うんまあ、それは一理あるけれども。でも薬はなあ。俺めっちゃ操られてたってことじゃん」
「操りがいがあったでしょうね」
「感心してる場合か。自由恋愛の危機だぞ」
「自由恋愛……誰かさんも同じこと言っていたような」
エリオットは何か強い意志を持って宣言していたお妾殿の顔を思い浮かべた。
国王はそんなエリオットは無視して、
「とにかく王妃は私をバカにしている。今日からは晩御飯は一人で食べる!」
と語気を強めた。
エリオットは慌てて口を挟む。
「いや、シェフを買収してたら一緒でしょう」
「はっそうか」
「そうか、じゃないですよ。アホですか」
「うむ、どうしよう」
「こちらがシェフを買収しましょう」
国王の顔がぱっと笑顔になった。
「それは名案だな。シェフの弱みは何かないか?」
「あ、あのシェフも髪かき上げ系が好きですよ。陛下のお妾殿をあてがっては」
「おおそれは名案……ってバカもん! リーガンをやっちゃあ本末転倒じゃないか!」
エリオットは、普通に国王の威厳を笠に着てシェフを脅せばいいと思ったが、それを言いかけて止めた。
「買収って私が言い出しましたけどね、陛下。それよりやっぱり王妃殿に素直に薬をやめるよう頼んでみるのが筋かと思いますけど。王妃殿とちゃんと話合いなさいませ」
国王はエリオットの真面目な提案にため息をついた。それが正論であることはよく分かっている。しかし気が乗らない。
「妾のことを王妃とちゃんと話すのか……気まずさMax」
「それは……お察ししますが」
「うーんでも、俺は国王だし。王妃より偉いし。たまには亭主関白ぶりを見せつけるのもアリか?」
「妾のことで亭主関白っていうのは離婚されるかもしれませんけどね」
国王はぎくっとなった。
「え、じゃあどうすれば」
「下手に出て謝ってお願いなさいませ」
エリオットは国王を励ますように言った。
「あほだろーっ! それで俺がいかに妾を好きかを王妃に誠実にお話しするのか? それこそ離婚だっつの」
「確かに……。ってゆか正妻と妾ってのは難しいもんですね。いっそあなた様が公務の邪魔をした女(お妾殿)に愛想を尽かしてくれた方が都合がいいんですけど」
国王は途端にしゅんとした。
「う。あ、ああ……。でもなあ……。公務を邪魔するほど俺に会いたいってことは、いじらしいと言っちゃあいじらしいからなあ……」
「メンヘラ好きですか!」
「そっちこそっ! 愛想を尽かしてくれとか言いたい放題だな! 面倒くさいって顔に書いてあるぞ。おまえの願望が駄々洩れだ」
国王は唇を尖らせた。
エリオットはムッとして言い返した。
「ええ。言わせてもらいます。こっちは何かつまらない争いに巻き込まれてるんですよ。さっさと愛想尽かしてもらうのが一番なんで!」
6.
そして、それからしばらくして、エリオットにとってたいへん都合の良いシチュエーションがやってきた。
時は夜。
エリオットは国王陛下とお妾殿の部屋の前にいた。部屋の中から声がする。
夜、寝静まっている時間。一人のはずのお妾殿の部屋から『声』。ええ、たいへん不自然です。
エリオットは覚悟を決めて踏み込んだ。
真夜中の寝所に急に武装した男が入ってきたので、お妾殿は跳ね起きた。
お妾殿の隣には若い男が裸で眠っている。裸の男も騒がしくなった空気に目が覚めて真っ青になった。
「どーもー。こんな都合よく浮気してくれるなんてグッジョブです、お妾殿」
エリオットは渇いた声でお妾殿に声をかける。
「あ、いやこれは違うの!」
お妾殿は顔を真っ赤にして薄着を恥じながら叫んだ。
エリオットは呆れた。
「何が違うんです。見たまんまですよ」
「私は陛下の寵愛を受けているわ。この男は知らない。眠り薬でも入れられたのよ。私は嵌められたのだわ」
お妾殿は必死で見苦しい言い訳を述べた。
隣の裸の男が震え上がって、ふるふると首を横に振った。
この男はしがない演奏家だ。顔だけが良くてしばらく前からお妾殿のサロンに呼ばれるようになっていた。お妾殿のサロンでヴァイオリンを弾くのが仕事。ついでに寝所に入るのも仕事だったらしい。
エリオットはため息をついてからふふっと笑った。
「よく聞く言い訳ですね。薬を盛られてその薄着ですか。あなたの愚昧さに全く笑いが止まりませんよ」
「うっ、確かに妙に嬉しそう」
お妾殿は苦々しそうな顔をする。
エリオットは大きく頷いた。
「ええ。これで国王陛下を別れていただける」
そして国王がエリオットの後ろからぬっと現れたのでお妾殿は真っ青になった。
「国王陛下、違うの!」
「何が違う……?」
国王の顔色も青い。確かに、あんなに慕ってくれていた愛妾の浮気現場なんかに踏み込んで、正気を保てというのも酷な話なのかもしれない。
お妾殿はわッと泣き出した。
「だって、あなたはちっとも私の相手をしてくださらない。私寂しくて。あなたのせいよ」
「俺のせい? わかったわかった、俺のせいでいい。でももう俺とお前はもうおしまいだ。エリオットにもおまえと別れるよう言われていたしな……」
国王はすっかり意気消沈している。
「ちょっと、私のせいにするのは違うでしょう」
エリオットは思わず口を挟んだ。
国王はエリオットの抗議に虚ろな目を向けた。
「いいじゃないか、おまえが恨まれてくれ」
エリオットは少し国王が可哀そうになった。
「ここは素直に『浮気は許せない』でいいんですよ、陛下」
「ああ、そうか……」
国王は何やら頭が混乱してしまっているようだった。
お妾殿もしばらく放心したように黙っていたが、やがて気を取り直したようにエリオットに恨みの目を向けた。
「これで、あなたは王妃との約束通り、私と国王陛下を別れさせることができたのね。アルテミア嬢ともさぞかしラブラブなんでしょうね」
その言葉に、エリオットの方もはああ~と深いため息をついた。
「あ、その件ですが、正確には、今は私は国王派でしてね。王妃様の企みを国王陛下にばらした件で、王妃様はカンカンです。アルテミア嬢との約束は煙のように立ち消えました。国王陛下がいくらとりなそうとしてくれても一向に王妃様は許してくれません。あなたと国王陛下を別れさせることが私の最後の望みなのです。これで王妃様が許してくれてアルテミア嬢に口を利いてくれるのを……」
「アルテミア嬢ですか……」
エリオットの言葉を受けるようにして、裸の男が蚊の鳴くような声で呟いた。
エリオットは何か不穏な空気を感じて裸の男に目を向けた。
「なんだ?」
「アルテミア嬢とも寝た事あります……」
男は申し訳なさそうに白状した。
「!」
エリオットは頭を殴られたかのような衝撃を感じた。
そのエリオットの信じられないといった顔に、お妾殿はにやりと笑った。
「ふはは、おまえも不幸せになれっ」
エリオットはふがふがと口を動かしながらも音が発せられない。
やがて、どこから声が出たのかふわふわと、
「あ、いや、でもほら一夜の過ち的な? 本当はすみれのように控えめで清く正しく美しい令嬢だから……」
と焦点の定まらない目で言った。
それに対して裸の男が首を大きく振った。
「彼女はちっとも控えめじゃありません。かなり強引な肉食系です。清いだなんてとんでもない! 私は恋人がいたのに脅されて彼女の寝所に入ったのです」
「ふがーっ!」
エリオットは耳をふさいだ。
が、入ってしまった音を追い出すことはできない。
国王がポンポンとエリオットの肩を労わるように叩いた。
「俺たち、おんなじクソ男に寝取られてるなあ」
「あんたと一緒とか残念過ぎます」
脳がバグってエリオットはついついためぐちでツッコんでしまう。
国王はそれを笑い飛ばした。
「はっはっは。お前の場合は寝取られ以前の問題だったようだが!」
「くうう」
エリオットは唇をかみしめて涙をこらえている。
裸の男はここまで話してしまったのならもう一緒とばかりに、
「ちなみにお妾様の寝所に入ったのは王妃様の指図です。それがエリオット様のお耳に入るようにしたのも」
とぶちまけた。
国王陛下は呆気にとられた。
「王妃の差し金!?」
エリオットも心臓が止まるかと思ったが、
「王妃様はおまえとアルテミア嬢の関係も知った上でおまえを遣わしたのか?」
と絞り出すように聞いた。
「でしょうね……。『覚悟なさい、エリオット』とか喚いてましたから」
裸の男は申し訳なさそうに答えた。
エリオットは首を垂れた。
そのときお妾殿がおそるおそる、
「私、被害者じゃない?」
と呟いた。
国王とエリオットは同時にお妾殿を振り返って一喝した。
「裸でそれはない!」
妾はしゅんとする。王妃に完敗だ。
国王は何だか自暴自棄になっている。
「おしまいだ、おしまい。妾もアルテミア嬢も。今夜は酒だな。王妃の一人勝ちだ」
「そっすね。くそう。酒飲みましょう、陛下。敗北の腐酒を五臓六腑に浸みこましてやる」
エリオットはようやく自分を取り戻したように呼応した。
「あ、私もご一緒します、陛下。私も女の闘いに負けたのですわ。女が女に負けたときの悔しさと言ったらね。酒で記憶を洗い流すしかありませんわ」
お妾殿も話に乗って来る。
「よし、飲もう!」
「はい! 朝まで!」
3人はそのままお妾殿の部屋でしこたま飲んだ。
夜明けの気配がしてきたころ、お妾殿は言った。
「国王陛下。王妃の差し金に引っかかって浮気なんて情けなくて仕方ありませんから、ちょっと私も冷静になりました。もうこの部屋に来ることはありません」
「そうだね。俺も王妃の差し金とはいえ浮気した君を今まで通り愛人として愛せるとは思えないよ。心の中じゃあ同志だけどね」
国王は寂しそうに笑った。
お妾殿は微笑んだ。そして日が昇る前に、国王にあてがわれたこの部屋をそっと出ていった。どこに身を寄せるつもりなのかは分からないが。
取り残されたエリオットはふと心細さを感じた。
「国王陛下、私はあの王妃を裏切って王宮で生きていけるんですかね?」
「おまえは私の傍にいなくちゃだめだよ。王妃の怒りを分散させる役割だ」
「なんですか、それー!」
女は怖い。エリオットはこの後の人生にとてつもない不安を感じたのだった。
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異世界ですけど、既婚者の自由恋愛はダメ、という世界観でよろしくお願いします。
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