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『ふっかつのじゅもん を にゅうりょく してください』

作者: そらら



夜中に鳴り響くゲーム音で、俺は眠りから目を覚まされた。



「ったく、一体こんな時間に誰がゲームしてんだよ……」

 

怒りと眠気まじりで目を見開くと、ゲーム音の震源は自分の部屋のテレビだった。



テレビにはネットでは見た事がある初代ファミコンが繋がれおり、機体にはゲームカセットが差し込まれていた。


オープニング画面には火を吹くドラゴンと剣を持った勇者が映し出され、戦いを想像させる派手な電子音が流れている。


いかにもありがちで、今では陳腐化したロールプレイングゲームのストーリー。


こんなのゲームする前から、勇者が苦難を乗り越えて伝説の剣を手にし、憎きドラゴンを倒して世界に平和を取り戻したというストーリーだって分かる。


こんなゲームに時間を割くのは人生の無駄遣いでしかない。



「っていうか、何でファミコンがここにあんだよ?」


俺はベッドから降りてテレビの前に座り、ファミコンを調べる。

 

新品では無く、使用跡あり。


コントローラーのABボタンは四角いゴム製。

 

発売直後の初期製造ロット。いわゆるレアもの。



その瞬間、コントローラーのボタンを押してしまったらしく、画面が切り替わった。



『ふっかつのじゅもん を にゅうりょく してください』



「復活の呪文? え、ちょっと待って。これ何のゲーム?」


カセットを調べるが、単なる黒いカセットが入っているだけ。表ラベルも背ラベルも無い。


「なんだ? 」



『ふっかつのじゅもん を にゅうりょく してください』


 

意味不明なゲームから催促を受け、何故かカチンと頭にきた。


「うっせえなぁ。やってやるよ!」



『ゆうしゃ ひろき さいきょう』

 


俺が適当に入力した復活の呪文は偶然にも受付可能な文字配列だったらしく、画面が切り替わった。


おどろおどろしい音楽が流れる古い城。間違いなくラスボスが潜んでいるラストダンジョンの佇まい。


その画面中央には青いヨロイを身に纏い、剣を持つ 主人公 ひろき が、その場で足踏みしている。


 

Aボタンを押して主人公のステータスを調べてみる。


 なまえ:ひろき

 しょくぎょう:ゆうしゃ

 レベル:3

 HP:55

 MP:10

 ぶき:ゆうしゃのけん

 よろい:なし

 たて:なし



「ふむふむ。主人公 ひろき は勇者なのか。悪くないけど、レベル3って弱っ! しかも防具が無し! でも勇者の剣はあるから、これで戦えるってことか?」



俺はコントローラーの十字キーを動かし、主人公 ひろき を上に進める。


すると、早速敵キャラが登場した。



『こばやし かずや があらわれた! コマンドを にゅうりょく してください』



「なに? 小林 和也だと?」



小林 和也。


俺の幼馴染。物心ついた時からいつも一緒に遊んでいた。


小学校も同じで、クラスも一緒。学校の先生や両親からも二人は兄弟みたいに仲がいいね、って言われていた。

 

しかし今ではすっかり和也とは疎遠になってる。


そりゃそうだ。和也は東京大学を出て、一流企業に就職し、将来の幹部候補として海外で働いてるんだから。


俺の人生は和也によって狂い始めた。優秀で運動もできた和也は、何をやっても一番だった。


俺はどんなに頑張っても和也に勝つことはできず、ずっと二番。

 

そこから嫉妬に満ち溢れた人生になっちまったんだからな。


何度思ったことか。もし和也がこの世にいなかったらって。



「こいつがいなかったら……」



俺は『嫉妬』コマンドを選ぶ。


すると、主人公 ひろきは剣を振りかざし、こばやし かずやに攻撃をした。



『ひろき は18のダメージをあたえた! こばやし かずや をやっつけた! アイテムをてにいれた!』



アイテム欄を調べると、【かずやのてがみ】が入っていた。






俺は再びコントローラーの十字キーを動かし、主人公 ひろき を上に進めた。


すると、次なるキャラが登場した。



『だいがく じゅけん があらわれた! コマンドを にゅうりょく してください』



大学受験。


二浪しても三流大学すら合格できない俺。


どうせ大学に受かったって、その大学相応に敷かれたレールに沿った人生を送るだけ。


もはや大学に夢も希望も期待できなくなっている。


最近は大学受験に対するモチベーションも消え失せ、プータローとなる事を真剣に考えていた。


俺の学生時代は大学受験に支配されていた。


でも、あんなに勉強したって、結局は一度きりの大学受験で運がいい奴が合格を手にし、その後の人生を謳歌してゆく。


結局は大学受験という恐怖の中で、俺は運をすり減らしていただけなんだ。


つまらない大学受験に俺の人生を費やしたことが、挫折と後悔となって表れている。



「こいつがいなかったら……」



俺は『挫折』コマンドを選ぶ。


すると、主人公 ひろきは呪文を唱え、大地をも焦がす炎で だいがく じゅけん を攻撃をした。



『ひろき は34のダメージをあたえた! だいがく じゅけん をやっつけた! アイテムをてにいれた!』



アイテム欄を調べると、【しょうらいのゆめ】が入っていた。



 


俺は再びコントローラーの十字キーを動かし、キャラクターを上に進める。


階段を登ると、画面が薄暗くなった。


音楽が変わり、いよいよ戦いも佳境に迫っていることが分かる。


画面上に玉座が見える。


そこにはキャラクターよりも数倍大きいドラゴンが悠々と待ち構えている。


いよいよ最終決戦か。




そう思った時、中ボスが突如として現れた。



『おれのかぞく があらわれた! コマンドを にゅうりょく してください』



俺の家族。



中流企業で働く父。


いわゆる万年中間管理職で、上司と部下に気を使う毎日。


朝から晩まで働き詰めで、体と精神をすり減らしてゆく。


たまの休みだって疲れたと言って寝ているばかり。


どこかに連れて行ってくれた思い出なんてまるで無い。


そんな人生楽しいのかよ? 


俺はそんな人生まっぴらだ。


俺のこんな身近に社会人としての反面教師がいたとはな。



専業主婦の母。


朝起きて朝食を通リ、日中は家の掃除、洗濯をし、夕方には買い物に行って、夕食を作る毎日。


よく毎日同じことをバカみたく繰り返してるよな。


ホントつまらない人生送ってると思うよ。


それに俺の顔見る度に勉強してないから大学落ちるのよ! とディスるのやめてくんない? 


あんたのその小言で、俺のモチベーションが下がってるの、いい加減気づけよ!



文学部に通う双子の姉。

 

昔は俺にとても優しかったのに、大学に現役合格してから、急に浪人の俺に対してマウント取り始めてるよな。


大学にちゃんと行って、学んだことを世の中に役立てる事が両親への恩返しなのよ、なんてよく言うけど、文学部で学んだことがどうやって世の中に役立つんだよ? 


朝から晩まで本を読み耽ってるだけじゃん。 


単なる学費の無駄遣い。


そんなの、恩返しでもなんでもないわ!



「こいつらがいなかったら……」



俺は『孤独』コマンドを選ぶ。


すると、主人公 ひろきが呪文を唱えながら剣を構えると、剣は紫色の不気味な植物に包まれた。


そして剣を振りかざすと、その植物が十文字の刃となり、おれのかぞく を一気に攻撃をした。



『ひろき は84のダメージをあたえた! おれのかぞく をやっつけた! アイテムをてにいれた!』



アイテム欄を調べると、【かぞくのしゃしん】が入っていた。





俺は再びコントローラーの十字キーを動かし、キャラクターを上に進める。


残るはラスボス、ドラゴンのみ。


俺は最終決戦に備え、ステータスをチェックする


 なまえ:ひろき

 しょくぎょう:ぐしゃ

 レベル:2

 HP:32

 MP:8

 ぶき:しっとのけん

 よろい:こうかいのよろい

 たて:おんねんのたて



「な、なんだ! レベルが下がっている上に、職業が愚者になっちまってる! ちっ、装備も意味不明なものになっちまってるよ……これじゃラスボス、戦えないんじゃねぇ?」


その時、倒したはずの「こばやし かずや」「だいがく じゅけん」「おれのかぞく」が背後から現れ、主人公 ひろき をグイグイと押し上げてきた。


本来はこちらから接触してラスボスとのバトルに入るのに、強制バトルが始まった。



『りゅうかいのおう ドラゴン があらわれた! コマンドを にゅうりょく してください』



竜界の王ドラゴン。


見るからに邪悪な姿をしているが、今までのストーリーがまるで分からないので、どのような悪行をしているのかがまるで分からない。


このままドラゴンを倒してしまうと、このゲームに敷かれたレールに沿ったゲームをしているだけのような気になる。

 

ドラゴンを本当に倒すべきなのか。


すると、今まで気づかなかったのだが、時間を感知して攻撃が入れ替わるシステムを採用しているようだ。


こちらがしばらく攻撃をしなかった為に、逆にドラゴンが攻撃を仕掛けてきた。



『りゅうかいのおう ドラゴン から19のダメージをうけた! コマンドを にゅうりょく してください』



「ダメージ19って、強っ! もう残りHP半分以下じゃん! これじゃ次喰らった死ぬぞ」


早くコマンドを入力しないと攻撃権が移ってしまい、ゲームオーバーになる。


焦る俺。


「や、やばい、どうすればいいんだ~」



その時、アイテムを入手していたことを思い出した。


「効果はよく分からんが、アイテム使わずに死ぬより、一か八かだ! えいっ」

 


『ひろき は【かずやのてがみ】をつかった!』



すると、バトルが中断し、メッセージがスクロールされた。



『弘樹、久しぶり。元気してるか? 俺がニューヨークに引っ越して3年になる。厳しい世界に身を置いてしまって、大変な毎日を過ごしてるよ。まぁ、その分、充実した毎日を送れているって証でもあるけどな。俺がこうして今でも頑張れてるのは、実は弘樹のお陰だと思ってる。俺は知ってんだよ。弘樹がいつも俺に一番の座をわざと譲ってくれてる事を。俺に花を持たせることで、俺が喜び、そんな俺の姿を見る事が弘樹の生き甲斐だって。テストの時、俺が分からない問題の答えをチラリと見せてくれたくせに、弘樹は提出間際にその答えを消しゴムで消してたよな。いつも俺は満点で、弘樹は95点。なんで消しちゃうんだよ? 運動会の時だって、ゴール間際でいつも減速してたよな? 走り切ってテープ切れよ! 俺はいっつも弘樹に嫉妬してた。本当は何でも出来るのに、わざと間違え、負けたふりする。やろうと思えばいつでも勝てるから、余裕しゃくしゃくで人生を歩んでいる。そんな弘樹に嫉妬してるのは俺なんだよ。俺が弘樹に嫉妬される言われはどこにもねぇよ。てめぇは羨望の塊なんだよ。ふざけんな!』



「……和也、お前にはバレてたのか……すまんな、勝手に嫉妬してて」

 

メッセージは消え、テレビはバトル画面に戻っていた。


すると画面にアイテム【かずやのてがみ】が現れ、主人公 ひろき の剣を包みこんだ。


画面に閃光が走る。 



『しっとのけん は かがやきを とりもどし せんぼうのけん へ うまれかわった!』 



「なに? 羨望の剣だと? 誰もが羨むほどの剣に生まれ変わったってのか? これでドラゴンをやっつけられるのか?」



だが、甘かった。


感動に浸ってばかりいて攻撃をしなかった為に、再びドラゴンが攻撃を仕掛けてきたのだ。



『りゅうかいのおう ドラゴン から 12のダメージをうけた! コマンドを にゅうりょく してください』



画面に表示される文字が、白色から黄色に変わった。


主人公はドラゴンから2回攻撃を受け、瀕死の状態を迎えている。


「お、おい! ちょっと待てよ! HPあと1しかないじゃん。普通はこういう感動の場面は攻撃仕掛けないってのが暗黙の了解なのに、くっそ~」



俺は急ピッチで再びアイテム欄を開き、取り敢えず次のコマンドを入力した。



『ひろき は【しょうらいのゆめ】をつかった!』


 

【しょうらいのゆめ】は水晶の形した呪文型の攻撃アイテムであった。


水晶から放たれる強力な呪文の数々が、次々にドラゴンに襲い掛かる。


見た目にもド派手な攻撃シーン。


画面が煙で埋め尽くされる。


「この演出、どう考えてもアイテム最強なんじゃね? これでドラゴン仕留めちゃったでしょ。あっけねぇ~」


しかし煙が引いた画面に映し出されたのは、ほくそ笑むドラゴンの姿であった。


 

『しょうらいのゆめ を もたない ひとからの こうげき は きかない!』



「な、なんだと! 俺には将来の夢が無いってのか! ふざけんじゃねぇ! 俺にだって、俺にだって夢は……」



絶叫する俺を他所に、ドラゴンは非業なる最後の一撃を俺に向けてきた。


「あぁ! だから待てって言ってんのに! っくしょー。って、終わった……。まぁ、所詮こんなクソゲー、どうだっていいんだよ。ホント、むかつく。マジ、時間の無駄遣い!」



俺はコントロールを本投げ、ベッドに向かってダイブした。


寝よう。


だが、目を閉じる前に目を向けたテレビ画面には、信じられないメッセージが流れていた。



『おれのかぞく が たちふさがり ドラゴンのこうげきを うけとめた! コマンドを にゅうりょく してください』



「な、何だって!」


俺はベッドから飛び降り、急いでコントロールを握りしめる。


ドラゴンの攻撃を受け、全身血まみれで倒れかけている『おれのかぞく』。


HPはみんな0。


全員死んでしまっている。


「なんで死にかけの俺を助けんだよ! 何で俺の為に死ぬんだよ もうほっといとくれよ!」


俺はやるせない気持ちと怒りで、『挑む』コマンドを入力した。


すると、主人公 ひろき は 羨望の剣を振りかざし、ドラゴンの喉元に向かって切りつけた。



『かいしんのいちげき! ひろき は920のダメージをあたえた! りゅうかいのおう ドラゴン をたおした!」



「よっしゃ! ここで会心の一撃が出るとは! 良く分からないが、これでどこかに平和が訪れたぜ」



だが、画面はエンディングに切り替わることなく、ピピピとメッセージが続く。



『りゅうかいのおう ドラゴンは ほんらいの すがたをあらわし ネオひろき になった』



「は?」


あっけにとられる俺。まさかの展開に開いた口が塞がらない。


口が塞がっていないのは ネオひろき も同じだった。


優雅に王座に腰かけ、その口を開いた。



『おいらは、クソ弱虫の ネオひろき。なんだかんだ理由付けて、人のせいにして、本当の自分と向き合わずに、逃げ回ってる卑怯者。梅山家の粗大ごみ。でも、もう粗大ごみなんて言わせない。だって、もう誰も文句を言うやつはいないから。俺の家族、全滅したし。もう俺は自由にこれからもずっと落ちぶれ者でいられる。あー、なんて清々しい気分なんだ。ひろき よ。この絶対なる孤独。これがお前の望んだ姿なのだろう? 早くお前の魂を差し出して、俺様と一つになって、真なる堕落した孤独の人生を歩もうよ。さぁ』



ネオひろき が手を差し伸べている。


「……これが、俺が望んでいる姿……」


俺は知らず知らずコントローラーの十字キーを動かし、主人公 ひろき を ネオひろき の方へ進めていた。 



だが、その時、急にコントロールが効かなくなった。


そして、胸が信じられないくらい熱くなった。


「なんだ、この想いは……」


手を胸にあてると、走馬灯の様に家族との思い出が蘇ってきた。


仕事に忙殺されながらも、誕生日だけは必ずプレゼントを買って、早く帰って来てくれた父。


寝込むほどの風邪を引いても、必ず早起きして弁当を作ってくれた母。


大雪の中、受験に受かりますようにと、合格祈願のお守りを買ってきてくれた姉。


ほんのどうでもよい、些細な思い出。


でも家族に愛された思い出。


俺にとっては大事な思い出。


でも足りない。


これからもっと、もっと思い出を作りたい。


俺は孤独じゃない!


俺には家族がいる。


家族の絆がある。


胸がますます熱くなる。



俺はコントロールを握り直し、渾身の力を込めてコマンドを入力した。



『ひろき は【かぞくのしゃしん】をつかった!』



主人公 ひろき が【かぞくのしゃしん】を取り出し、自分の胸へ抱え込む。


すると、その胸の熱さで【かぞくのしゃしん】は発火し、一筋の炎となった。


その炎はみるみるうちに勢いを増し、フェニックスの姿となりて、大空へと舞い上がる。


その大きな羽根を広げると、三本の光が放たれ、おれのかぞく を優しく包み込んだ。


すると、先ほどまで0だったHPが、1へと変わった。! 


【かぞくのしゃしん】は死者を蘇えらせる呪文のアイテムだったのだ。


「あぁああああ」


俺は情けない自分に、心から嫌気がさした。


本当に自分を変えたい。


やり直したい。


いや、やり直して見せる。


俺の意志を汲み取ったフェニックスは、羽根を閉じると、ネオひろき に向かって一気に体当たりした。


凄まじい衝撃音と供に、真っ赤な閃光が画面を埋め尽くす。



『うぎゃあああああ、おのぅれぇ……よくも……自分の姿を取り戻しやがったな……でも、でも、覚えとけよ……俺はその気になれば、いつでも復活できるって事を……』



赤い閃光が消えると、そこに ネオひろき の姿は無かった。


そして画面にはエンディングが流れ始めた。


「お、俺、倒したんだ……違う。俺じゃない! 俺は俺自身に負けそうになっていた。そんな俺に力をくれたのは、俺の嫉妬心を正してくれた和也。夢を持たない事の無力さを教えてくれた大学受験。そして孤独じゃない絆の大切さを教えてくれた家族。みんなの力が合わさって、倒す事が出来たんだよ。みんな、本当にありがとう」



気が付くと俺は泣いていた。号泣していた。


感動のエンディングは、まともに見る事もないまま終わっていた。


最終画面に表示されていたのは、ENDの文字と、主人公の最終ステータス。



 なまえ:ひろき

 しょくぎょう:おのれにうちかったもの

 レベル:99

 HP:999

 MP:999

 ぶき:せんぼうのけん

 よろい:ゆめのよろい

 たて:きずなのたて




気が付けば朝になっていた。 


俺は部屋の窓を開け放ち、大きく深呼吸をする。


自分の中から邪な自分が抜け出し、新しい自分が息を吹き返す。


朝日を全身で受け止め、新たな一日の始まりを嚙みしめる。



「あ、あれ?」


振り返った俺の視線の先には、さっきまであったファミコンとカセットが無くなっていた。


改めてテレビの前に座り、周囲を探すが、もちろん何も無い。


夢を見ていたのかもしれない。


でも俺には、夢の中の出来事だろうが、現実の出来事だろうがどっちでも良い。


自分を倒し、本当の自分を自分を取り戻した事は事実だから。


「よし。今日は早めに予備校に行って、自習しよう。今までの遅れを、取り戻さないと」


俺は部屋のドア勢いよく開け、家族のいるリビングルームへと向かった。





「おはよう」


「あら、弘樹。あんたいっつも朝寝坊だから、あなたの朝食、まだ準備してないわよ。こんな早起きするなら、前もって言ってくれないと困るわ、ホント」

 

相変わらず愚痴を言う母。


「ちょっと、今大事な場面なんだから、静かにしてくんない?」


相変わらず本ばかり読んでる姉。


「おい、弘樹。お前、大学受験どうすんだ? このままプータローってわけにはいかないだろう? いいか、男ってのはな、仕事してなんぼなんだ。その為には学を積み、いい大学に入らないと、良い仕事にありつけないぞ」


相変わらず仕事バカの父。



だが、いつもの些細な会話が、今日の俺には勇気をもたらす呪文のように聞こえる。


「みんな、ありがとう」


俺の口から、自然と感謝の言葉が漏れた。


「それにしても、みんな、傷大丈夫?」



その瞬間、父、母、姉は同時にハッとして、各々の身体に刻まれし、戦いの傷跡に手を添えた。




(完)


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