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悪夢は落ちる06

 診察を終えて病院を出ると、門の前に見慣れぬ車が停車していた。

 無機質な白の建物に似つかわしくない、格好つけた青のスポーツカーである。


 一瞬「なんだ?」と眉間にしわを寄せていると、運転席に座っているのが知っている人物だったことに気が付く。

 目を瞬かせると助手席のドアが音を立てて開き、中から「送りますよ」と甘やかな男の声が誘った。


「ニール……」

「どうぞ、ヒオリ殿」


 ハンドルを握る青年は、ヒオリに向けて胡散臭い笑みを浮かべる。

 その表情と助手席を交互に見て逡巡したが、小さく吐息をもらして車へと乗りこんだ。

 外見だけでなく内部もまた立派で格好つけている。だがこの車を運転するニールはさぞ映えるのだろうなと感じて肩を竦めた。


「こんな車で登場するなんて。貴方、ずいぶんかっこつけね」

「支給品なんですよね、これ」

「魔術協会ってお金が余っているのかしら?うらやましいことね」


 ヒオリがシートベルトを締めたと同時に、男は苦笑しながら車を発進させる。

 運転席に座るその姿はやはりと言うか、妙に様になっており心をかき乱してくる。

 腹立たしさと気恥ずかしさが相まって視線をバックミラーに移し、遠ざかる病院を見送っていた。


 やがて、ニールが静かに口を開いたのは、一つ目の信号で停車した時だった。


「リリアンさんの家の庭から、ご家族四人のご遺体が発見されたそうです」

「……そう」


 ハンドルを握る彼に視線だけを向け、ヒオリは感情のこもらぬ声で小さく頷く。

 ニールの顔は険しく、雰囲気は固い。彼が己と同じ気持ちになっていることは、想像に難くなかった。


「彼らもリリアンさんの魔法の犠牲になっていたと見て間違いないでしょう。調査はこれからですが」


 ニールがそう言ったところで信号が青に変わり、再び車内に沈黙が訪れる。

 犠牲になった人々の顔が頭を過り、ヒオリの心はずんと重くなった。


 あの家の庭……例の植物が生えている場所に何か埋まっているのでは、と最初に言ったのはニールである。

 クロード所長が最後に植物に変化したこともあり、ヒオリも何か良くないものがあるのだろうと考えていたが……やはりと言う結果だった。

 出来ればこの予感は外れていて欲しかったな、と短く息を吐く。


 哀れな一つの家族を埋めたのは、リリアンか、それともヴィクトルか。

 今後の調査で明らかになることを切に願いながら、ふと脳裏に元凶である二人の顔が思い浮かぶ。


 改造されてしまったリリアンはもとより、ヴィクトルもかなり具合が悪く、いまだに入院を余儀なくされている。

 件の植物から作られた魔法の薬は、老体をずいぶん痛めつけていたらしかった。


「ヴィクトル前所長とリリアン女史の具合はどう?意識はあるのかしら?」

「ヴィクトル前所長は集中治療を受けていますが、意識ははっきりしているようです。しかし、リリアンさんはまだ……」


 ゆっくり首を横に振る彼に、「そう……」と簡潔に頷く。

 先ほどのヴェロニカ女史との会話を思い出すと、もどかしい気持ちが溢れ眉間にしわが寄ってくる。

 このまま目覚めなければ、本当に世間はリリアンを『被害者』としてしか認識せず、事件は過去のものと忘れ去られてしまう。


 それこそ本当に、リリアンの思う壺。

 彼女自身は可哀想な被害者で、他に極悪人がいた。そして彼女の無念が極悪人を断罪した。そう言う筋書きになってしまう。


 だがそれだとあまりにも、巻き込まれた人間が報われない。

 燃えるような悔しさにヒオリの目が鋭くなった……瞬間を見たのだろう、隣にいたニールが、こちらの憂鬱を絶つようにきっぱりとした声を出す。


「大丈夫です。リリアン殿を可哀想な被害者にはさせませんよ」

「……え?」


 改めて彼を見れば、彼はぐっと強くハンドルを握りしめ、強い眼差しで前を見ていた。

 キッとブレーキが踏まれ、車が停まる。赤信号だった。

 ニールはふっと吐息を漏らして肩の力を抜くと、視線をヒオリへと向けて言葉を続ける。


「私は今回のことは忘れません。そして魔法協会も忘れないでしょう。罪は追及されます。例え何年かかろうとリリアン女史を目覚めさせ、その罪を自覚させる」

「……」

「彼女は他者を傷つけた罪人です。同情される側になど、立たせてはいけない」


 先ほどの甘やかさは何処へやら、しっかりとした意思を持った凛々しい声の主をヒオリは呆然と見つめた。


 ヴェロニカも恐らくリリアンに対してアクションを起こすだろうし、魔法協会が彼女のことを簡単に許すとは思えない。

 ならば己が願えるのは法の下で彼女が罰せられ、世間が彼女の罪を正しく報道するようになることだけだ。


 そう結論付けて、ヒオリは「そうね」と小さく頷き眉間のしわを緩めた。

 緊張感が薄くなったことにニールは微笑み、「そう言えば」と話題を変える。


「メル殿やハオラン室長はしばらくの入院で済むようです。他軽症の方もすぐに退院できるかと」

「ああ……それは良かったわ。それだけが救いね」

「もう面会も出来るようですよ。明日にでもお見舞いを買って行きましょう」


 努めて明るく言っているのだろう彼に苦笑して、ヒオリは頷く。


 もちろんクロード所長のように重症化した人間もいた。リリアンと特に仲の良かった博士たちがそうで、彼らは魔法協会直属の病院で集中治療を受けている。

 だが軽度な症状だけを訴えているものもいて、後遺症もなく退院できる人間が多い。

 あの悪夢の捕虜となったものが解放されることは、喜ばしかった。


 全てではないし、長く時間はかかる。しかしいずれディアトン魔法研究所は、元の形へと戻るだろう。

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