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魔法博士ヒオリは夢を見る05

 ヒオリは改めてリリアンたちを眺め、片眉をぐっと持ち上げながら声を潜める。


「あれはあんまり、良くないね。悪い意味で目立ってしまうわ」

「止めた方がいいかなぁ?もう始業時間ははじまっているし」


 おずおずと問いかけられ、ヒオリはしばし迷う。

 婚約者同士のもめごとなど、所詮当人同士の問題である。他人が首を突っ込む方が、クロードやヴェロニカにとって迷惑だろう。


 しかし二人とも部署こそ違うが、同じディアトン国立魔法研究所の博士である。

 複数の職員を巻き込んでいるようだし、あまり大事にしては研究所の今後にも関わるかもしれない。


 どうするのが正解かと頭をかいていると、ふとその時ヴェロニカの金色の瞳がこちらに向いていることに気が付く。

 すぐにクロードへ目線を戻して、どうやら彼女はヒオリたちの登場に気付いていたらしい。


 気付かれているなら、見て見ぬふりをしない方が得策か───。

 打算も働き、やや面倒くさい思いを抱えながら顔に笑みを張り付ける。足音をたてて彼らの元に歩み寄り、努めて空気を読まない明るい声で挨拶をした。


「皆さん、おはようございます。お集まりですが、どうかしたんですか?」

「……え、あっ!」


 ようやく彼らは自分たちがいたことに気が付いたようで、顔を強張らせてこちらを見た。

 クロードなどヒオリとメルを見た途端、険しかった表情をいつもの気弱そうな二代目所長へと戻している。


 その変化が面白いのかくすくすと微笑みながら、ヴェロニカは婚約者を見つめていた。


「クロード様。他に利用者が来ていましてよ。あまり長居するのはよろしくないのではなくって?」

「う……。わかった。だが君を許したわけではない。また話をしよう」

「ええ。今度は個人的に」


 妖艶に唇をつり上げる彼女を悔しそうに睨み見て、クロードたちはリリアンの背を押してその場から立ち去っていく。

 最後までリリアンは彼らに守られたまま一言も発さなかった。しかし何処となく恨めしそうにヴェロニカと……ヒオリたちに視線を転じたことが気になった。


 一団の気配が完全に温室から姿を消して、ふとヴェロニカが憂いを帯びたため息をつく。


「ありがとうございました。朝からトラブルに巻き込まれて大変でしたわ」

「いいえ、その、何といったらいいか……」


 朗らかなヴェロニカに、ヒオリとメルはどんな表情を浮かべていいものかわからず顔を見合わせる。

 金色の目を細めた彼女は、自分の婚約者が出て行った扉に視線を転じて軽い調子で呟く。


「いいえ、最近はいつもああですのよ。お気になさらないで」

「いつもって……。ヴィクトル前所長にはお伝えしたんですか?」

「ええ。でも前所長は婚約前の軽い火遊びと考えていらっしゃるようで……」


 苦笑する彼女に、ヒオリは顔を歪める。

 クロードの蛮行を最もいさめなければならないのは、親……ディアトン国立魔法研究所前所長ヴィクトルであろう。


 これがエスカレートしたら、婚約自体が破断になってしまう。

 ヴィクトル前所長は、世間へのイメージや研究所への打撃を考えられないほど愚かな人間ではないはずなのだが。


(しかしさっきの光景……夢で見たまんまだわ……)


 前所長の対応も気になるが、最も引っかかるのは己が昨日見た夢のことである。

 舞台に上がって劇を繰り広げていたクロードは、リリアンを傷つけるものから彼女を守ると言っていた。


 それに、自分の婚約者がリリアンを亡き者にしようとしている、とも。

 流石にヴェロニカがリリアンに手をかけるとはヒオリも思わないが、クロードが自分の婚約者を敵視しているという所はよく似ていた。


(やっぱり何かの魔法の効果?予知夢、とか?だけどそんな効果のある魔法なんて聞いたことは……)


 つらつらと考えていると、ふいに奥の通路からこつこつと床を踏み鳴らし、こちらへ向かってくる足音を聞く。

 自分たちの他に誰かいたのか。そう思った瞬間、穏やかな声が耳に届いた。


「ヴェロニカ殿、こちらにいらっしゃいましたか」


 まるで絹で包まれたような柔らかいテノールの音に、ヒオリの背筋は跳ねる。

 その声に聞き覚えがあった。が、しかし、まさか、と脳みそが答え合わせをすることを拒んでいる。


 凍るヒオリに対して、ヴェロニカが「あら?」と視線を横にずらした。

 嫌な予感がしたが彼女の目を追うと、いつの間にか花壇のそばに背の高い男が立っている。


 その姿を見てヒオリはさらに愕然とした。


 上等な濃紺の布地の洒落たスーツを着込む姿は、ハイソサエティの空気を漂わせており、何処となく近寄りがたい。

 それに加えて、男の顔立ちは穏やかながらも美しかった。


 南の地方の出身とわかる褐色の肌と濃い黒髪。すっと通った鼻筋と長いまつげに縁取られた青い目は、見るものを惹き付けるだろう。

 深い海を思わせるその瞳がふとこちらに向けられて、ヒオリは呼吸すら忘れる。


「ニール様、お待たせしてしまいました?すみません、ちょっと野暮用で」

「いいえ。……ああ、こちらはここの研究員の方ですね。どうも、はじめまして」


 歩み寄ってきた男は、ヒオリの前に立つとことさら穏やかな笑みをその顔に浮かべた。

 鼻孔をくすぐるマリンノートの香水に、表情が強張る。

 間違いなく彼は、今日己の夢の中に出てきた男だった。

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