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魔法博士ヒオリは夢を見る03

 ならば昨日見た夢はやはり、ここの植物が原因なのだろうか?

 様々な可能性を頭に思いうかべながら、ヒオリは同僚に視線を戻して尋ねる。


「実は昨日作ったアロマを使ったら、奇妙な夢を見たのだけど。原因はこの成長不良にあると思う?」

「……断言は出来ないけどぉ」


 悩む顔に深刻さを足し加えて、メルは立ち上がる。

 ヒオリよりもずっと背の高い彼女は、むむっと腕を組みながらちらりと肩越しに背後を振り返った。


「ヒオリちゃんが使ったのってラベンダーだっけぇ?じゃあそっちも見に行こうかぁ」

「付き合うわ。私も原因が気になるしね」


 メルが見た方向には、比較的涼しい地帯の植物が植えられている区画がある。

 己が研究用に扱っていたラベンダーももちろんそこから採取しており、同じく何か問題がある可能性が高い。


 ヒオリはメルと二人、連れだって温室を歩き始めた。

 しばらくはここ最近の研究の成果を語り合っていたが、ふいにヒオリは昨日見た夢を思い出し、ぽつりとメルに訊ねる。


「ねえ、確か研究所にリリアンって博士がいたわよね」

「リリアン?んー、んー、ああ」


 彼女はしばし考え込んでいたが、すぐに思い出しましたとでも言いたげに、ぽむっと両手を合わせる。


「魔法道具研究部門の新人博士だねぇ。確か異例の速さで博士号を取得してちょっとした有名人になってたはずだけど。覚えてない?」

「……あんまり。確かそんな話も聞いたかなってレベル」

「アロマのことしか興味ないヒオリちゃんらしいねぇ」


 きゃらきゃらと面白そうに笑うメルに、ヒオリは肩を竦める。

 誰が博士号をとったとか、優秀な成績を収めたとか、己は昔から興味がわかない人種だった。


 しかし件のリリアン女史に関しては少し思うことがあり、メルに「どういう人だっけ?」と次いで訊ねる。


「うーん、私もあんまり知らないんだけどぉ。魔法道具……特に子供のおもちゃの作成を専門にしているって聞いているよぉ」

「おもちゃか。そりゃ専門外なわけだ。だけど魔法のおもちゃももう珍しい物じゃなくなったねえ」


 魔法で動くおもちゃは少々値が張るが、子供やその両親、一部のマニアの間から人気が高い。

 いまや『魔法』というおとぎ話と思われていた力は、おもちゃにすら使われているのだ。


 ───魔法を発動する原理がこの世界……アステラスで発見されたのは、数世紀前にさかのぼる。

 古代から『魔術師』という特異な力を持つものは存在したが、それはごく一部の限られた実力者のことだった。


 しかしこの原理が解明されて、魔法の研究はさらに進み、人類の産業革命が始まる。

 まずは鉄道や自動車、飛行機などの移動手段から始まり、生活用品から薬品、化粧品。さらには都市に電気を届ける発電機、大量破壊兵器に至るまで魔法が使われた。


 いくつかの大戦を経て、魔法は一般階層にも広がり、おもちゃやヒオリの作るアロマにもその力は注がれるようになったのである。


 この世界は魔法で動いている。

 そう言っても過言では無かった。


 そのアステラスで魔法に関する仕事に就こうとするものは後を絶たず、魔法を専門とする大学も多数存在する。

 件の女性、リリアンはそんな大学の卒業生の中でも、とくに優秀と言うことだろう。

 「そうだねえ」ところころ笑っていたメルだったが、しかしふいに声を小さくする。


「でもねぇ、リリアンさんが有名になった原因は、優秀さだけじゃないんだよぉ」

「ほかにも何かあるの?」


 横目で問いかけると、メルは少し言いづらそうに口をもごもごさせた。

 どうやらあまり良い話ではないらしい。


 ヒオリは彼女を気遣いつつも、「誰もいないわよ」とあたりを見回しながら先をせがんだ。

 同僚はビン底眼鏡越しの目できょろきょろと周りを確認し、肩を竦めてぼそぼそと話始める。


「リリアンさんねぇ。色んな人たちを『取り巻き』にしちゃうの」

「……取り巻き?」


 小説の中でしか聞かないような単語に、ヒオリは首を傾げた。

 ちらりとこちらを見たメルは、こくりと短く頷く。


「男の人も女の人も、とにかく色んな人がリリアンさんを守る騎士(ナイト)みたいになっちゃってるの」

騎士(ナイト)、か……」


 その言葉に思い出したのは、昨晩の夢───舞台の上で行われた奇妙な演劇である。

 演劇の中で、リリアンは悲しみに暮れる悲劇のヒロイン。そして相手の男は彼女を守る騎士と言っても過言では無かった。


 何か因縁めいたものを感じてしまい、ヒオリは知らずのうちに眉間にしわが寄っていく。

 険しくなった己の表情を見て、メルが不思議そうに「どうかした?」と訊ねてきた。


「いや、何でもないよ。多分、気のせいだわ」


 ヒオリが首を横に振った時、亜熱帯区域の境となる扉が二人の行く手に現れる。

 同僚はいまだに納得のいかなそうな顔をしていたが、追及してくることはなく、その扉の取っ手に手をかけた。

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