悪いお化け
翔太君はベッドに横になっています。
夜も更け、空には美しい月が浮かび、カーテンの隙間から部屋の中を優しく照らしていました。
翔太君は今小学2年生。
こんな夜遅くまで起きていてはいけません。
しかし、翔太君は大きく目を開けて興奮気味になっていました。
これには理由があるのです。
時を遡ること1週間前のことです。
ベッドに横になり、うとうとしている翔太君の前に何かが現れました。
1mほどの小さな影。
翔太君は不思議に思い、尋ねました。
「君はだあれ?」
影は答えました。
「僕はよい子を眠りにつかせない悪いお化けさ。」
翔太君は驚いた様子でもう一度尋ねました。
「じゃあ君は本物のお化けなの?」
お化けは胸を張った様子で答えました。
「その通り。それもうんと悪いお化けさ。」
翔太君は笑いました。
「自分で自分のこと悪いって言っちゃうんだ。あはは。全然怖くないや。」
お化けは調子を変えずに言いました。
「笑ってもらえて結構。ところで君はお母さんと二人暮らしをしているようだね?」
突然の質問に戸惑いながらも翔太君は冷静に答えました。
「うん、パパは僕が幼稚園に行ってる時に出て行っちゃった。」
「そうかそうか。寂しかったかい?」
「うん、でもママがいたから。ああ、、でもそれからママは仕事で家にいない時が増えちゃってちょっと寂しい。」
「そうだろうとも。じゃあ夜は僕が相手をしてあげよう。とは言っても話をするだけだけど。」
翔太君は喜びました。
夜だけでも話し相手ができて嬉しかったのです。
「嬉しいよ!ありがとう。君はいいお化けさんだ!」
「いやいや、僕はとっても悪いお化けだよ。」
次の日の夜もお化けは来ました。
「やあ、翔太君。こんばんは。」
「お化けさん!今日も来てくれたんだ。」
「ああ、今日は一つ物語を持ってきたんだ。聞いてくれるかい?」
翔太君は喜びながら言いました。
「もちろんだよ。楽しみ!」
その日、お化けは少し翔太君の話を聞いた後、物語を読み聞かせてくれました。
少年と竜が冒険するお話でした。
翔太君はとても満足し、にこにこ笑いながら言いました。
「ありがとう。とっても楽しかったよ!」
「どういたしまして、楽しんでもらえてよかったよ。」
お化けは自信満々に言いました。
夜はもうすでに明け、薄暗い部屋には光が差し込んでいました。
そんな日々がしばらく続いたとある夜、いつものようにお化けと話していると、突然、部屋の扉が開き光がいっぱいに飛び込んできました。
「なにしてるの?!」
お母さんでした。
部屋から漏れる笑い声に引かれて入ってきたようです。
翔太君は慌てて言いました。
「お化けさんと会話してたんだよ。」
お母さんは怒鳴りながら言いました。
「お化けさんって何?!それに最近クマもひどいし、、いったい何日寝てないの?!」
「1週間くらいかな、、お化けさんは黒い影だよ。毎晩やってきて話をしてくれるんだ。今日もそこに、、あれ?」
指さしたほうにはもう影も形もありませんでした。
「何?何か変なものでも見えてるの?それに眠くないの?」
翔太君は答えました。
「さっきまでそこにいたんだよ、お化けさん。少し眠いけどお化けさんともっとたくさんお話ししたいから、、」
「、、そう。とりあえず今日はもう寝なさい。」
お母さんはピシャリと言い部屋から出ていきました。
次の日、翔太君は病院へ連れていかれました。
精神科と書かれています。
翔太君は言いました。
「僕どこも悪くないよ。どうして病院へ行くの?」
お母さんは答えました。
「いいえ、翔ちゃんは気づいてないかもしれないけれど、おそらく、、」
「おそらく何?」
お母さんはそれ以上話しませんでした。
診察に呼ばれ、医師の待つ診察室へと行きました。
「ええと、、お化けが出てきて夜眠れなくなるんですね?」
医師は問診票を見ながら問いかけました。
「そうみたいです、もう1週間ほど寝てないみたいで、、、」
お母さんは答えました。
「翔太君、そのお化けは怖い感じかな?」
「いえ、怖くないです。楽しいです。」僕ははっきり答えた。
「じゃあそのお化けっていうのは実際にみえるのかな?」
「はい、見えます。黒い影みたいな感じです。」
「なるほど。ちなみにお化けが出てきてから眠れなくなったのかな?」
「そうですけど眠れないわけじゃないです。お化けさんと話すために寝てないだけです。」
「そうですか、、」
医師は考える素振りをし、一拍おいて話し始めました。
「お母さん、翔太君は統合失調症という病気の可能性があります。」
「やっぱり、、、」お母さんはがっくりして言いました。
「症状としては、幻覚と幻聴が当てはまります。今後は投薬治療で進めていきますがよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
「薬は、幻覚幻聴に対してはリスパダールという薬を出します。就寝前に飲んでください。不眠に関しては、メラトベルという薬を出します。これも就寝前に飲んでください。」
「分かりました。」
翔太君は分かりませんでした。
なぜ病気でもないのに薬を飲まなきゃいけないのか。
帰り道、翔太君はお母さんに聞きました。
「ねえママ、なんで病気じゃないのに薬を飲まなきゃいけないの?」
「いいえ翔ちゃん、あなたは病気なのよ。普通の人はお化けなんか見えないでしょ?あなたはお化けが見える病気なの。だから薬を飲まなきゃいけないのよ。」
「そうなんだ、、、分かったよ。」翔太君はしょんぼり答えました。
「でもこれからは見えたりしない普通の生活ができるからね、安心してね。」お母さんは優しく言いました。
翔太君は何も答えませんでした。
『あんなにやさしいお化けさんなのにどうしてママはお化けを嫌うんだろう?』
翔太君はふと思いました。
その日の夜、翔太君は言われた通り、薬を飲みました。
するとすぐに眠気がやってきて、そのまま寝てしまいました。
その日はお化けには会えませんでした。
次の日の朝、翔太君は目が覚めると強いめまいと吐き気でベッドから起き上がることができませんでした。
お母さんにそのことを告げるとすぐに病院へ電話をしてくれました。
「薬の飲み始めはそうなることもあるみたい。様子を見ろって言われたから、辛いだろうけど耐えてね。ひどくなるようだったら言ってね。」
きつい、苦しい、辛い。
『どうして僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ、、、』
その日は1日中ベッドから動けませんでした。
『どうしてママはお化けを嫌うんだろう、、?怖いから?』
翔太君は思考を巡らせました。
そして一つの結論へとたどり着きました。
『そうだ、ママをお化けにしてしまおう。』
『自分がお化けになっちゃえばもう怖くないよね!』
翔太君は素晴らしい案を思いついたと思いました。
次の日の夜、就寝前の薬を飲んだふりをして捨て、ベッドに入って寝たふりをしました。
そしてお母さんが自室へ行き、眠りについたと思ったタイミングで部屋を出て台所へ行き、大きな包丁を手に取りました。
『なるべく苦しまずにお化けにしてあげたいなあ、、心臓を狙おうかな。あれ?心臓って胸のどっちだっけ?右?左?まあいっか、両方刺そう。』
こっそりお母さんの寝室へ入り、ベッドの上ですやすや眠っているお母さんへ向かってー
まずは右胸を一刺し。
お母さんは飛び起きて叫び声を上げました。
「う”!翔ちゃん?!何するの?!やめて!!」
「ママ、もうすぐお化けになれるよ、怖くなくなるから動かないで!」
お母さんは必死に抵抗しました。
おかげで刺す場所は左胸でなく腕や腹などいろんな場所に刺してしまいました。
あたりに鮮血が散ります。
どす黒い血や明るい真っ赤な血などいろんな色の血が吹き出ます。
部屋がどんどん血塗られていきます。
だんだんとお母さんの動きが鈍くなってきました。
「翔ちゃん、、やめて、、、」お母さんがかすれた声で言いました。
「もうすぐだよ、もうすぐ」翔太君は嬉し気に言いました。
そして、、
左胸を一突き。
お母さんはしばらくして動かなくなりました。
赤黒い血がどくどくと溢れています。
お母さんの顔は見る見るうちに羊皮紙のように真っ白になりました。
「ママ、、やったね!お化けになれたよ!」翔太君は興奮して言いました。
ふと部屋を見渡すと隅に黒い影が、、、
「おかえり、翔太君。」悪いお化けは言いました。
「ただいま!お化けさん!」翔太君は嬉し気に言い、悪いお化けと短い一生を共に過ごしました。
めでたしめでたし