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特殊管理室

 受付らしきものはなかった。

 一階のフロアはしんと静まり返っていて、桜は否応なしに昨日の洋館を思い出した。


「誰かいませんか?」

 歩き回り、人影を探しながら桜は声を張り上げた。

 だが、リノリウムの床がコツコツと足音を返すばかりだった。



「何か御用ですか?」

「うひぃっ?!」

 不意に背後から声をかけられて、桜は思わず跳びあがった。振り向くと、そこには一人の少女がいた。十五歳ほどだろうか、背丈は小さく、幼さの残る顔立ちをしている。


「あの…?」

 少女は無表情で首を傾げた。桜が悲鳴を上げて喋らないから疑問に思ったのだろう。

 桜は苦笑いで返した。

「いや、ここに行けって上司に言われたんだけど…て言ってもわかんないよね」

「…もしかして『秋倉さん』?」

 だが予想に反して、少女はそう尋ねてきた。

「え、そうだけど…」

「案内するわ。ついてきて」

 そう言うと少女は踵を返した。

 桜は一、二秒「へ?」と固まった後、慌てて少女の後に続いた。



 少女と桜はエレベーターで四階まで昇った。

 エレベーター内は気まずい沈黙が支配していた。昨日から様々なことがありすぎて、桜は疲れ切っていた。何を話せばいいのかわからなかった。


 エレベーターを降りてすぐ右手にある扉を、少女は開けた。よく日の当たる暖かい室内には、一人のスーツの男がいた。紺のジャケットに赤いネクタイを締めたその男は、どうやらデスクワークに熱中していて、二人が部屋に入ってきたことに気付いていないようだった。

「あの人…」

 桜は男の顔を思い出した。

 つい昨日、真っ先に救援に来た二人組の片割れだった。


「圭一。『秋倉』捜査官が着任したわよ」

 少女が声をかけると、圭一と呼ばれた男はパッと顔を上げた。桜の顔を見ると、圭一は席を立ち、ツカツカと歩み寄ってきた。

「昨日ぶりだな」

「はい、ありがとうございました」

 桜が頭を下げると、圭一は胸ポケットから手帳を取り出した。

「特殊管理室副室長の天川圭一だ。よろしく」

「秋倉桜です。よろしくお願いします」

 『特殊管理室』なんて部署を、桜は聞いたことがなかったが、とりあえず頭を下げておいた。


 圭一は続けた。

「君を案内した彼女は、犬飼美園くんだ。こう見えてれっきとした捜査官だ。よろしくしてやってくれ」

「こう見えてって、どういうことかしら」

 美園は圭一をじろりと睨んだ。桜は目を丸くした。どう見えても中学生程度にしか見えない少女が、自分と同じ捜査官というのは俄かには信じがたい。

「あなたが何を考えているのか大体わかってしまうのが悔しいわ」

 美園は、圭一を睨んでいた鋭い視線を桜に移した。

「昨日援護してあげたっていうのに」

「え?」

「美園くんは射撃が得意でね。昨日は長距離からの狙撃援護をお願いしていたんだ」

 圭一の言葉に、美園は誇らしげに胸を張った。



「君を我々の部隊に呼び込んだのには理由がある」

 会議室に連れていかれた桜は、机をはさんで、圭一と美園と向かい合っていた。

「一つは君があの事件で生き延びたということだ。彼らと対峙してなお生きていたということ自体が称賛に値する」

「私はあいつらがどういう奴らだったのかが未だによくわかっていません」

「まあそれはおいおい話すよ。そして、生き延びたがゆえに、触れてはならない秘密を知ってしまったからでもある」

「秘密…ですか?」

 桜はオウム返しに尋ねた。いまいち話が見えてこない。圭一はゆっくり頷いた。

「君の聴取報告、見させてもらったよ」

「あれが何か?」

「『高見と名乗る、姿を消す透明人間に襲われたと供述。拳銃で応戦、左肩を負傷させた…などと述べている。秋倉捜査官は錯乱状態にあるか、何らかの意図の下捜査妨害を図っている可能性もあるのではないか』…。君の聴取に当たった捜査官はあまり真剣に君の話を受け取ってはくれなかったみたいだね」

 昨日の疑わし気でやる気のなさそうな捜査官の顔を思い出して、桜は憤然とした。

「私は見たままを供述したんです」

「その通りだろう。そしてまさにそれが問題なんだ」

「透明人間の存在は、私たちも知っていたわ。だけど顔も名前もわからず、存在する証拠を何一つ掴めなかった。ところがあなたはその両方を昨日知った。今まで頑なに秘密にして有利な状況を保っていた情報が敵方に知れたんだから、向こうは必ず少なくともあなただけは処分しようとするでしょうね」

 美園が圭一の後を引き継いだ。

「つまり命が危ないかもってことだ」

 圭一が最後にそう言った。

 桜はただ一言言った。


「何それ」

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