8週目 これで変わるはずだ
いつも通り俺は盗賊の家で目覚めた。
だが、時間が無い。
「何か………ないか。あった………」
机を漁ると1つのものを見つけた。
「だよな………あるはずなんだよ。これ」
『ゾウすら寝る薬だからね』
あの時のジェシーのセリフを俺は思い出していた。
ここが本当は何処なのかは分からないが、しかし何となくこれが直感であると思った。
初めからそうだ。この部屋はやけに生活感があった。
なら誰が使ってる部屋か?
俺を捕まえたジェシーのものだと思った。
ならこの部屋には何がある?
俺を眠らせるのに使った睡眠薬。
それが確かにこの部屋にあった。
「くそが………全てが進むもんだからここはジェシーを殺すのが正解だと俺は無意識の内に思い込んでたのか」
だが今回はこれのお陰で運命が変わるはずだ。
ナイフも取りだし急いでシーツを切り取るとそれに睡眠薬を塗布した。
量は分からない。
睡眠薬も量を間違えれば死ぬだろう。
だがそれはその時だ。俺がもう一度死んで何度もやり直せばいい。
「兄ちゃーん?」
来たか。
急いで寝たフリに戻る。
「金目のもんだしなー?へへへー。私らは盗賊ー。おーい起きろよー?」
俺の顔を覗き込んで起こそうとしたジェシーの口と鼻にシーツを押し当て眠らせる。
「すまん」
「スースー」
直ぐに眠りについた。
なるほどな。凄まじい薬だ。
そんなことを思いながら次を急ぐ。
こいつが寝ているだけだと知られてはどうなるか分からない。
後から来る2人にはあの時と同じ反応をしてもらわなくては困る。
「ちっ………」
手首を切りつけてその血をジェシーの喉に垂らす。自分の傷口には別のシーツを巻き付ける。
ここで垂らしながらタンスに向かうのでは追って下さいと言わんばかりだな。
「ジェシー?ジェシー?」
「遅くねぇか?見に行こうぜ」
いつも通り他のふたりもこっちに向かってきているようだ。
それを聞いて銃を奪うと窓を割りタンスに隠れた。
「な、何だ!今の音は!」
入ってきた男たち。
「………し、死んでる!首から血が出てる!生きてるわけがない!」
「あのガキだ!終え!窓が割れた音が聞こえたのはついさっきだが姿がないのは魔法を使ったからだろう!早く終え!」
ドタバタと音を鳴らしながら出ていく男たち。
それを聞いてから俺も外に出た。
「おい。おい」
ジェシーの頬を叩いて起こす。
「んん………」
起きてきたジェシーの口にシーツを噛ませて黙らせる。
「しっ………黙れ。危害を加えるつもりはない」
「ひっ………」
ここに男たちが来ることは無いだろうがあんまり時間をかけるわけにもいかない。
「あ、兄ちゃんたしか………私が………」
「今は後だ。俺はお前の味方だ」
自分が手に持つナイフと銃を後方にスライドさせて飛ばす。
「事情は知ってる。あんた━━━━黒服に脅されてんだろ?」
「ど、どうしてそれを………」
「どうだっていい」
「そうだけど………だからなに?助けてくれるとでも言うの?あの化け物から?」
「助けてやる」
そう言うと顔を下に向けたジェシー。
「そうだよね。無理だよね………って?え?」
もう一度彼女の顔を見る。
「助けてやる、と言った」
「ごめん。聞き間違いだよね?頭でも勝てない相手なんだよ?」
「案内しろ。金を渡せるということはどこにいるか知ってるんだろ?」
時間が無い。
ここで黒服を止めることなんて運命を変えるための1歩目に過ぎない。
「分かった。案内する」
※
きちんと今回も西の洞窟に案内された。
「よう。ジェシー」
そこには黒服が立っていた。
こいつが全ての元凶か。
黒い服に黒い髪。それから黒い仮面。
顔は見えない。
「横の彼は?いや、お前どこかで見た覚えがあるな」
俺は見たことがないが。
だって今までの周回でこいつを見た事はないし出会ったことも無いはずだから。
「他人の空似じゃないのか?」
「いや、お前だ。俺はお前を見た事がある。そうだ。思い出したぞ。くく、はははは………」
黒服は笑い出す。
「そうか。お前………こんなところにいたのか。くくくふはははは!!!!!」
何が面白いのか高らかに笑い出す男。
「まぁ今はそんなことはどうだっていい。ジェシー。金は用意できたのか?」
「もう私はあんたに屈しない」
ジェシーがナイフを抜いた。
俺も杖を構える。
本来は要らないが牽制の目的もある。
「交渉は決裂か?いいのか?それで。死ぬぞ?」
黒服は何もせずにそこに立っている。
「かっこいい彼氏を連れてきたのかもしれないがそいつは俺に手も足も出せなくて惨めに泣き叫んだ雑魚だ。ゴミの中のゴミ。1万回やっても俺が負けることは━━━━ない!」
黒服が瞬間移動と思えるほどの距離で接近していたが今の俺の敵ではない。
「な、なんだと?!」
ジェシーに伸ばした手を掴む。
「素早さ………99999?何だこの数値………貴様の数値はいいとこ200までしか上がらないだろうが………」
「悪いが上限突破したみたいでな。このまま燃やし尽くしてもいいか?それが嫌なら話をさせてくれ」
「くそ!」
「逃げられると思うな?」
「がぁぁぁぁ!!!!!!」
逃げようとした黒服の腕をミシミシと潰すくらいの気持ちで握る。
「すごい………あの黒服がこんなに一方的に………」
ジェシーが後ろで呟いている。
「何を聞きたい?」
「別に。何も。ただ言わせてくれ。盗賊達への恐喝はこれ以上するな」
「それだけでいいのか?なら俺からも1つ言うが俺を殺してタダですむと思うなよ?」
「………」
さっきから気になっていた。
こいつの身につけている黒服。
どこか高級感を漂わせている。
「今回はここで手打ちといかないか?ゴミのルート」
「名前も知っているのか」
「お前の名前を忘れるほど馬鹿じゃない。それに現在の正義はこちらにある。俺は悪者の盗賊からむしり取っていたに過ぎない。盗賊が酷い目にあったからと言って大衆が味方するとは思わないことだ」
こいつの言っていることは正しい。
「そんな………こんな目にあったのに、誰にも何も言えないなんて………」
「それが嫌なら盗賊からは足を洗うことだな」
ジェシーにそう言ってから黒服に目を戻す。
「殺したきゃ殺せばいい。だが俺を潰したところで闇はまだ深い。いずれお前に手を伸ばすことだろう」
「分かった。条件を呑もう」
「その頭の回転の速さ。変わっていないなゴミの癖にお前はやはり賢いよ」
手を離して口を開く。
「確認を取る。ここで起きたことは忘れてもらえるか?」
「再開祝いだ。忘れよう。俺もここで起きたことは誰にも話さない。それからそこの女達からむしり取るのももうやめよう。今のお前が相手では流石に分が悪い」
「言ったな?」
「もともと小遣い稼ぎだ。それにもう搾取するだけした。もう絞れるものもあるまい」
こちらの方も確認しておこうか。
「どこかを襲撃させるつもりだったか?」
「用意できないなら、しろとは言うつもりだった。ではな」
そう言うと黒服はどこかへ飛び去った。
「戻ろうか」
「う、うん」
これで運命が変わるといいのだがな。