Boring
なぜ火器管制システムが立ち上がらないんだ?・・・
鷹森は砲雷撃管制席で貧乏ゆすりをしながらモニターを睨みつけていた。
中岡博士はどうしてここまで強固に拒絶するシステムを構築したんだ?
フォボスから飛び立った後、孫娘のマリアに独白した内容はその場にいたから知っている・・・
ならばなぜ手動とはいえ副砲だけ使用できる様にしておいたのか?
身を守る為・・と言うならば対宙銃座ぐらい使用できてもいいではないか?
それほどまでに武蔵の技術流出は危険だというのか?・・・
いや・・危険なんだ・・・中岡博士の言葉でそれをいやというほど気づかされた鷹森は暗澹たる気分になった。
とその時、
「わ~」とベティとケイティが元気よくブリッジに駆け込んできた。
思考をぶっつりと切られた鷹森は憮然とした。
「ベティ!静かにしなさい。皆さんの邪魔になるでしょ」と艦長席からマリアが叱る。
ブリッジにはその他に緊張の面持ちで操舵席に座る粟野と、戦闘情報管制席に座る河野、一段高い艦長席横のビジター席(提督席)に座る立花がいた。
「は~い!」と言いながらもマリアの艦長席を覗き込み、
「これはなに?それは?」と矢継ぎ早に質問し始めた。
それへ丁寧に小声で
「これはね・・」一つ一つ優しく説明するマリア。
その対応を見た鷹森は、まだ若いのに大人の対応をしている・・と反省した。
そんな鷹森に近づいた立花が声をかけた。
「どうだ?」
「どうやら火器管制システムを立ち上げられたとしても、使用できるのは対宙銃座と”ピン”だけの様ですね・・・」
「と言うと?」
「副砲と主砲には別個にプロテクトがかかっている様です」とモニター上で説明しようとした鷹森は操作している途中である事に気が付いた。
「あっ・・ちょっと待ってください・・」立花と鷹森はモニターを食い入るように見つめる。
流れるように表示されるブログラムの中で、あるものを見つけた鷹森は指さした。
「ここです!なるほど、そういう事か・・・」
早く説明しろと渋い顔で見ている立花に気が付いた鷹森が、艦長席でベティに説明しているマリアをチラっと見ながら言った。
「やはり彼女の生態認証ですね。それで順次立ち上がる筈です」
「その認証システムの場所はどこにあるか解るのか?」
「この武蔵艦内のどこかにある筈なんですが・・・艦長席で全部できるようにしてくれればいいのに・・」と鷹森はぼやいた。
「一方的な正義や価値観を押し付けてくる人間から、彼女の考える時間を守りたかったんだろう・・・」
と立花はマリアを見ながら言った。
「やさしい子だからな、人の命を盾に強要されたら流されてしまうと思ったんだろうな」
と言う立花の言葉に、鷹森は秋川一尉の細面の顔を思い起こした。
あの人みたいな人間か・・・無事に火星に降りられたのだろうか・・
そんな事を思う鷹森の横で、立花がマリアに声をかけた。
「マリア」
「はいっ?」とベティへの説明をやめマリアは美しい顔をあげた。
「現状を説明する」と前置きした立花は続けた。
「火器管制システムが立ち上がっていない事は君も知っている事と思う。
火器管制システムが立ち上がらないと、BRによる対艦ミサイル攻撃に対処ができない。
いわゆる丸腰の状態だ・・・追跡してくるⅮ小隊と言うのは・」とⅮ小隊の説明をしようとした時、マリアが口をはさんだ
「知っています・・・とても危険な部隊であるという事・・・」
「そうだ、アルフレッドがいかに凄腕の航海士といえど、むらがるBRからの攻撃をかわしきるのは不可能なんだ・・・だからどうしても対宙銃座による迎撃が必要になってくる・・・君のおじいさんの気持ちも解る。だが、この艦に乗り込んだ者達の命を守るために、どうしても対宙銃座は必要なんだ」
「はい・・・」
「副砲・主砲とはおのずと意味合いが違ってくる。
幸いと言ってはなんだが、火器管制システムを立ち上げても副砲と主砲はさらなる認証を入力しなければ使用できないらしい・・・
火器管制システムを立ち上げる為、君の生態認証を入力して欲しいんだ」
「わかりました」と必要な事をきちんと説明してくれる立花の態度はマリアを安心させた。
立ち上がりかけたマリアに
「ところがその認証システムがどこにあるか分からないんだ」
「え?」
「おそらく君のおじいさんは、君の考える時間をちゃんと持たせられる様に配慮したようだ・・・
私とて職業軍人であり、副砲、主砲の使用制限を解きたいと思っている・・・
しかし中岡博士がそれを君に託したのなら、それに従いたいとも思っている・・・
だからよく考えてくれ・・・探しながら・・・まずは大元の火器管制システムを立ち上げる認証システムを・・・いいかい?」と最後は優しく聞いた。
マリアは立ち上がりながら
「はい、急ぎ探します。と言っても見当がつきません・・・」と言った。
頭のいい彼女は対宙銃座が使用できなければ、BRによる無謀な迎撃が必要になる事、Ⅾ小隊相手にソフィアとブロディ、ドメニコが3機だけで出撃しなければならない事も容易に想像できた。
事は急を要する・・・
「だいたいの場所も分りませんか?」
焦るように聞くマリアに鷹森が端末を差し出しながら言った。
その端末のディスプレイには武蔵の俯瞰図と側面図が描かれていた。
「この武蔵起動で入力された君の生態認証プログラムから追いかけてみたんだが・・入力のデバイスはどうやらこの赤く表示されたどこかの区画にある事が分かった・・・」
「広い範囲になって申し訳ないけど、君にしかわからないヒントかなにかあると思うんだ。
それを追いかけ探し出してほしい」
「解りました。とにかく行ってみます」と言ってマリアは小走りにブリッジから出て行った。
それを見守りながら立花が
「それまで、奴らが動かなければいいが・・」とうめくように言った。
今日は雨か・・・
セントラルドームの森はしとしとと降る雨でしとどに濡れていた。
窓を開けたブロディの鼻梁に、雨に濡れる森の匂いが冷気とともに流れ込んでくる。
もう冬も間近だな・・・
などと思っていると、ここが宇宙空間の戦艦の中だとはとても思えなくなってくる。
ふと横を見ると、オーソンが鼻歌交じりに珈琲を入れていた。
「ブロディも飲むか?」
「あぁ」
「こうやってな・・最初に少しだけ湯を垂らしてペーパードリップの中でちょっと蒸らすんだよ」などと蘊蓄を語りながら悦に浸り珈琲を入れている。
それを冷めた目でみながら
「楽しそうだな・・・」
「ばかもん!人生は楽しむもんだ。お前も趣味の一つや二つ作って楽しめ」
「趣味ね・・」
「珈琲だけならアリソンにだってひけは取らんぞ、飲んでみろ」といってカップを差し出した。
「どれ・・」それを受け取り一口すすると、珈琲のいい香りと深い苦味の味わいが心地よく口中と鼻梁に広がった。
「うまい・・・」
「だろう!ただ入れればいいってもんじゃないんだ」
「ほぅ、アリソンの珈琲はただ入れただけだってんだな?」
「いや、違う!そんな事言ってんじゃない、一般論だ」とオーソンが慌てだした。
おたおたし始めたオーソンを不思議そうに見ながら
「これはアリソンに報告しなきゃならないな」
「ばか!やめろ!絶対言うなよ!」
まだ若いブロディにアリソンの人としての迫力はまだ分からない。
なにをそんなにおたおたしてんだ?・・・とブロディは思いながら、もう少しいじめたくなってきた。
「いや、俺にはアリソンに手当してもらった恩義がある」
「いやだからアリソンの・・」とオーソンが言った時、アルフレッドがテラスごしに部屋へ入ってきた。
「アリソンがどうしたって?」
「いや違うんだ!アリソンの珈琲がまずいなんて一っ言も言ってない」
「アリソンの珈琲?」と聞いたアルフレッドの後ろからマリアも入ってきた。
不思議そうな顔をしたまだあどけなさの残るマリアは、日常に戻ったような安心感を覚えていた。
「まぁそれはさておき、ちょっと話があるんだ」とアルフレッドが切り出した。
話がそれた事に安堵したオーソンが
「お~なんだ?」と前のめりに聞きながら二人のぶんの珈琲を入れ始めた。
珈琲のいい香りが漂う部屋の中で、
「武蔵の事なんだが・・・」
と少し間をおいて話し出した。
「今、日本はとんでもない事になっているのは知っているな?」
「あぁ・・・この前の格納庫での話だな・・」
「そうだ、AARFの本土上陸を許し、領土の一部を占領され、そこに取り残された人々が非人道的な扱いをされているらしい・・・ナカオカ博士の言っていた存亡の危機とはこの事だったんだ・・」
真剣な顔をして聞いているマリアを見ながら
「マリアと話したんだが、今後の武蔵の取るべき道を今から決めておかなければ、この先一歩も前に踏み出す事ができない・・・
と言うのも、流れに流されるままに火器管制システムを・・・
ただ現状を打破する為だけに、次々と武蔵の火器を使えるようにしていってしまう危険性・・・それをマリアは危惧している」
オーソンとブロディは静かに聞いている。
「俺は思う・・今後の世界を・・・AARFが蹂躙する世界がどれだけ非道なものになるかを・・・12年前の無国籍艦隊との闘い・・・それはAARFの前身である支持母体だったのではないかと俺は思っている。
その戦いの最中、BRのパイロット達は特攻をしかけてきたんだ。死に物狂いで・・・母国が滅亡の危機にあるわけでもない一兵士が特攻をかけてくる・・・その意味が解るかブロディ」
「・・・」ブロディは押し黙った。
「それは強力なマインドコントールを受けていたか、家族を・・大事な人を人質に取られていたかのどちらかだ・・・」
「俺には後者に思えた・・・特攻をかけてくる多くのBRからは強い恐怖を感じたからだ・・・」
「人が人を無意味な・・彼らにとっては意味のある事なのだろうが、一部の指導者が強要し人を死地へと送り込み自らの死を選ばせる・・・
独裁者の独善が、人々の熱狂が、人を死に追いやる世界・・・それは地獄だ・・・」
と言ってから珈琲を一口すすり、自らの事をアルフレッドは語りだした。
「国の為に働きたい・・そう思って入った軍隊だったが・・・むなしくなったんだ・・・
戦う相手は、無理やり戦場に連れてこられ、上の言うがままに理不尽な死を受け入れなければならない人間であるという事に・・・
人が人らしく幸せに生きるには・・・大地と向き合い自然とともに生きる事が大切な事ではないか・・と思ったんだ・・だから除隊し火星に行った・・・」
そのアルフレッドの独白を3人は静かに聞いていた。
「今、小惑星帯での艦隊決戦に敗れた国連軍にAARFを制する力は残っていない。武蔵だけが唯一対抗できる戦力なんだ。だから・・・武蔵のすべての火器を使用できる様にし、AARFを叩き国連軍が立ち直る時間を作る事を優先すべきだと俺は思う」と最後はマリアに向け言った。
「オーソン、ブロディの考えを聞きたい」
「無抵抗の船をなんのためらいもなく沈められる奴らだ、さもあろうさ。俺は最初っからそうするべきだと思ってたよ」とオーソン
「AARFも南アメリカのやつらも、てめぇらの事ばかり考えてやがる。叩きのめしてやった方がいいのさ」とブロディは威勢のいい事を言った。
アルフレッドは続けた。
「日本は戦後の荒廃から立ち上がらなければならない・・・それには金が必要だ。
そこに目をつけ、戦勝国は援助や補償のみかえりとして、武蔵の技術開示を求めてくるだろう。
それだけは避けなければならない・・・」
アルフレッドは改めてマリアを見た。
「まさに武蔵の戦いは戦後から始まると言ってもいいだろう・・・でも今出来る事をしよう。
やれる事をやろう」
「はい!」とその言葉に吹っ切れた様に、マリアは晴れやかな顔で言った。
「マリア・・・俺の力の及ぶ限り協力する・・・一人で背負いこむ事はないんだ。
これからもなんでも相談してくれ、いいな?」
「はい!」と元気よくマリアはこたえた。
「これから・・間違いなくⅮ小隊の連中は追撃戦にはいるだろう・・・今のままではBRを駆れるソフィア達だよりになってしまう・・・彼らを死なす訳にはいかない。
だから手分けして認証システムを探そう」
「了解だ!」とオーソンが勢いよく立ち上がる。
「OK」とブロディも立ち上がった。
アルフレッドはマリアが預かった端末をテーブルの上に乗せディスプレイを指さしながら。
「俺とオーソンでこの艦首区画を探してみる。
マリアとブロディは銃座群を当ってみてくれ」
「はい・・・もし間に合わなかった時は・・・」と不安そうにマリアが言うと
「俺も出る。あの二人だけで行かせる訳にはいかないからな」
そんなブロディにアルフレッドはなにも言わず、その目を覗き込むように見た。
「こんな事は言うべきではないのかもしれん・・・ブロディ、最前線で戦う事になるお前にはな・・・しかし心にとめておいてくれ・・・戦場に出てくる多くの兵士が強要され、やむなく戦っている者達だという事を・・想う人も想われる人もある人間である事を・・・国の都合で体をいじられ、精神崩壊してしまった犠牲者でもあるという事を・・・」
しかし次に出た言葉はおよそアルフレッドらしくないものだった。
「だがブロディ、戦場に出たら躊躇いなく相手を殺せ、一瞬でも躊躇したら死ぬのはお前だ!」ぐっとにぎりしめた拳をブロディに突き出し
「この武蔵にお前の帰りを待つ家族がいる事を忘れるな!」と言った。
熱いものを感じながらブロディは吠えた。
「あぁ!俺は必ず生きて帰ってくる!這いずってでも帰ってくる!」