存在意義
乾燥した空気に硝煙と枯れ葉、そして土の匂いが溶け込んでいる。
空気の冷たさを増し秋を感じさせる武蔵格納庫の一角で、黒々と鈍く光るパニッシャーが静かに佇んでいた。
それをアルフレッドとウェイド、オーソン、ブロディ、ソフィアとドメニコ、立花と複数の保安任務部隊員が見上げている。
「危険物や発信機の類はありませんでした」と保安任務部隊員が報告し
「わかった・・・」と立花はパニッシャーを見上げながら応えた。
「BRT-48の時も思ったが、なんか不思議な感じだな・・・」
ブロディが独り言の様に呟やくのをソフィアは見た。
「人型だからだろう・・機体に人格はない」とアルフレッド。
そしてウェイドを見て聞いた。
「どうだ?」
「これは俺の機体だ・・」
そう言ったウェイドの横には、もしこれに飛び乗り暴れだされては・・
と恐れている保安任務部隊員が、” 皇帝 ”を挟み込む様に緊張の面持ちで警戒している。
そんな事をまったく疑っていないアルフレッドが
「しかしなぜこれを我々に届ける様な真似をしたんだ?」
「おそらく・・これに乗れば俺と同じように出来ると思ったんだろう」
「出撃してみたはいいが、扱いきれず捨てて行ったと?・・・こう言ってはなんだが、ずいぶんと稚拙だな・・」とアルフレッド。
「昔は気のいい連中だった・・・今は別人と言っていい・・・」
それは暗に精神がおかしくなっている。そういった兵の部隊を上が管理しきれていない。と言っている様なものだった。
そう言う端正な皇帝の顔を、皆が不思議そうな目で見ていた。
「今回の作戦は全て、末端の兵士の独断専行だったと?」立花は聞いた。
「HSTAで追撃、対艦ミサイルでの攻撃・・・上には通っている」
という言い方をした。
「そうか・・・」と言った立花は、あくまでもウェイドを捕虜としては扱わず、尋問めいた事もしなかった。
それは彼らを救ってくれたアルフレッド一行を、助けてくれたこの男の恩義に応えるかの様だった。
青ざめた顔でウェイドを警戒する部隊員達に立花は目で合図する。
「ではこちらへ・・」と少しでも早くウェイドをこの機体から引き離したい保安任務部隊員が言った。
それへ素直に従い彼等と歩き去ろうとするウェイドに
「後でまたやろう(呑もう)!」とオーソンが声を掛けた。
振り返ったウェイドはかすかに笑った様にも見えた。
アルフレッドが立花へ
「どうだろう?彼は信用できる。それは俺が保証する」
「皆が納得しないだろう・・・なんせD小隊に何人もやられているからな。それに・・あいつに昔の仲間とやり合えと言うのか?」
と言う立花の顔を見ながら、TMPのラボの前での事を思い出していた。
D小隊の中で、ウェイドは孤立している様に見えたからだ。
だからと言って昔の仲間とやりあっても構わない。という事にはならないだろう。
立ち去ったウェイドの方を見ながら、アルフレッドは小さくため息をつき、気を取り直す様に聞いた。
「日本の存亡の危機と言っていたが、今地球ではなにが起こっているんだ?地球の近況が火星に届かなくなってそんなに経ってはいない筈だ」
「日本はAARFの本土上陸を許したと連絡が入った・・・日本の各地に防御線が張られ、一進一退の攻防が続いているとの一報があってからは音信が不通だ。
未確認だが・・日本人は強制収容所に集められているらしい・・・」
「ホロコーストの様にか?」
「俺も詳しくは知らん。ただ・・神社や仏閣、歴史的建造物が破壊されているそうだ・・・
人だけではない。
歴史や文化、風習、習慣、そんな全ての物を消し去ろうとしている」
「民族浄化か・・・」とうなる様にアルフレッドは言った。
「日本は隣国に恨みを買っているからな・・・復讐なのかもしれん」
「AARFの謎の躍進・・つながる筈のない国家間での技術供与・・・この世界の裏側で、なにが起こっているというんだ?」アルフレッドは腕を組んだ。
航宙戦艦アラバマのCDC(戦闘統合指揮センター)でブランドン少佐とカーター大尉が、マッケンジーニの持ち帰った武蔵の映像を確認していた。
武蔵の巨大さに圧倒されながらも映像を冷静に分析している。
「ここだ、なぜ接近するBRに対し対宙銃座で弾幕を張らない?
爆撃コースに乗った事はあちらも解っている筈だ」
「火器管制システムが機能していないのでは?」
「あり得るな。だとしたらダウンしている今こそ好機だ」
「しかし砲座が生きているのは確かです。
あの命中精度を手動で出しているとも思えませんが・・」
「解らん事ばかりだな・・あの艦は・・」
「もう一度攻撃を仕掛けたらはっきりするでしょう」
映像を確認しながらブランドン少佐は言った。
「しかし信じられんな・・・あの巨大な艦が、ミサイルを躱すとは・・
あの艦の操舵士は何者なんだ?」
「マリア・ウィンフィールドの協力者の中に、BRT-48を見事に取り廻している奴がいました」
「あぁ確認したが、すべて同一人物だとでも言うのか?マッケンジーニと互角にやれる奴と・・・」
「今回のライジンに搭乗していたのも、そいつだと思われます」
と言ったカーターの頭に、マッケンジーニやレナルズとやり合う青年の顔が思い浮かんだ。
モニターには突っ込んでくるライジンの姿が何度も繰り返し流れている。
「これは素人の動きだ。機動もヘチマもあったもんじゃない・・しかしこの艦の動きは見事すぎる・・こんな事が出来るのは・・・」と言ったブランドン少佐の頭に一人の男の名が浮かんだ。
「アルフレッド・ビーン・・まさかな・・ともあれ、この艦の操舵とBRの動きは別人のものだ」
「そうですね・・ではこれほどの人間が複数いる・・という事ですか?」
「そういう事だ。気を引き締めてかからねば、こちらにも犠牲が出るという事だ」
「しかしあのバカ野郎が!わざわざ皇帝にBRを届ける様な真似しやがって・・・」とここにはいないレナルズを罵倒した。
「処分しますか?」と冷たくカーターは言い放った。
「あいつらに幾ら掛かってると思ってるんだ?処分は有効利用できる所でだ。わかってるな?」
「すいません。今更な事を言いました」
「あいつが出てきたら厄介だぞ・・・」
「しかし日本軍がそこまで皇帝を信用するでしょうか?」
それには答えず
「なぜあいつは我らを裏切ったんだ?」とカーター大尉を見て聞いた。
「わかりません・・ただ、あいつだけはまともだった様な気がします・・」
「まともだから裏切ったと?」
「いえ!そういう訳では・・・ただ人間らしさを最後まで失わなかったと・・」
「人間を戦争用に改造した結果、精神疾患を抱えたモンスターを作り上げた・・・その中で唯一まともさを保っていたのは奴だけだったな・・・」
ブランドン少佐はそんな事は言っててもしょうがないと
「まぁいい、D小隊だけで解決せねばならない事案だ。全力をもってあいつを始末する」
「了解です」
「マッケンジーニのおかげでいろいろ解ってきた。今回の作戦は無駄ではなかったという事だ」
静寂に包まれる武蔵の格納庫には、かすかに作業している音が響いていた・・
黙々と続けられるそれには、どこか寂しさが含まれていた。
ライジンのコクピットで、ブロディは無言で作業している。
それはロッシに叩き込まれた、ダウンした機体を立ち上げる作業だった。
無心にそれを繰り返すブロディのところにマリアが顔をだした。
「どうした?艦長さんが一人でこんなところに来るなんて?」
「うん・・・」暫く沈黙が続いた。
「・・・ロッシさんは残念だったね・・・」
と仲の良かったブロディを心配してマリアは来たのだ。
「そうだな・・・」
人生の類似点をロッシに対し強く感じていたブロディは、呻く様に言った。
「ロッシは俺に似ていた・・俺が似ていたのか・・・」
マリアはまだあどけなさの残る美しい顔を悲しそうに・・わずかに傾けた。
「デモインから脱出する時・・言ってたよな・・生きる意味って・・・マリアはそれを見つけられたのか?」
マリアはしばらく考えたが答えは出てこなかった。
「わからない・・わからないの・・・ただ現状に流されているだけの様にも感じるし・・・今後どうしていいのかもわからない・・・」
答えを探すかの様にうつむき黙り込んだマリアに、ブロディは言った。
「ロッシの生きた意味・・ってなんだったんだろうな?・・・」
マリアは答えを見つけられなかった。
「お袋もサラも、あのくそ親父も、みんな意味もなく・・ただ死んでいった・・・」
二人は暗闇に引きずり込まれていく様な思いへ抵抗する様に、武蔵格納庫の天井を見上げて暫く黙り込んだ。
未来に押し潰されそうになったブロディは、それから解放されたいという無意識の願望から
「セントラルドームで一休みするか・・・」と立ち上がった。
マリアは頭一つ高いブロディの顔を見ながら、途方に暮れる様な感覚を久しぶりに味わっていた。
それは雪が舞う赤い大地を二人して並んで歩く記憶。
ブロディも同様だったのか
「なんか思い出すな・・・ついこのあいだの事なのに、遠い昔の様な気がするよ」と言った。
「うん・・・でも、なんか楽しかったね・・いい思い出・・」
「楽しかっただ?頭おかしぃんじゃねぇのか?生きるか死ぬかの瀬戸際で」
「腹減っただの、雪食べれるかな?なんて言ってたのはブロディでしょ」
「丸めたら食えるような事を言ってたのはマリアだろ」
顔を見合わせた二人は笑い出した。
「確かに・・なんか楽しかったな・・」
「うん・・」
「目が覚めて食ったあの料理・・・美味かったな」
「グーラッシュね。アリソンさんに作り方教わったのよ」
「マリア料理できるのか?」
「ずっと自炊してたんだもん。それなりには・・そう言うブロディはどうなの?」
「焼く、煮るぐらいだな」
と言った後、ロッシの言葉を思い出した。
純粋に美味い物を作った時に喜びがあるんだよ・・・
その時ブロディは、料理に熱くなれる要素なんてあるのか?と聞いたが、今ならその気持ちが分かる様な気がした。
急に黙り込んだブロディの思考や感慨の邪魔をしない様にマリアも黙った。
それに気が付いたブロディが
「そういえばオーソンがマリアの手料理を食わせてくれ。みたいな事を言ってたな」
オーソンの顔を思い出したマリアは、なぜか笑顔になった。
オーソンにはひとの心を和ませる不思議な魅力があるからだ。
「今度オーソンさんにご馳走しなきゃね」と言ってマリアはニコっと笑った。
武蔵のセントラルドームでは、アルフレッドとオーソンが大木の前でなにか話をしていた。
そこにブロディとマリアが顔を出した。
「お~ブロディ、マリア」とオーソンが明るく声を掛ける。
どこか暗い二人に気が付いたアルフレッドは
「どうした?」とあえて明るく聞いた。
アルフレッドの顔を見たブロディは、ふと”生きる意味”について聞きたくなったが、会話のとっかかかりが見つからず、アルフレッドの目を見つめた。
その目を見てアルフレッドは
「ブロディ、この木を見てみろ」と言った。
ブロディは言われるままに大木を見上げる。
「ブナの木だ。樹齢はおよそ50年といったところだな・・・我々の先輩だ。
中岡博士がここに移植したものだが、この木にしてもまさか地球からこんな宇宙の果てに連れてこられるなんて考えもしなかった事だろうな」
何を言ってるのか?・・・ブロディは不思議そうにアルフレッドを見た。
「人も木も思い通りには生きられない・・・人生とはままならないものだ」
落ち葉が舞っている・・・それをブロディはアルフレッドの言葉を聞きながら見ていた。
「なぜああなってしまったのか・・・過去のあの時ああしていれば良かった・・こうしていれば良かった・・・後悔は尽きないだろう。その積み重ねが人生であるとも言える。」
ブロディはアルフレッドを見た。
「そのままならない人生でも、どう生きるか?その態度決定は出来る。
悩みぬき考えぬいて出した答えなら、それには必ず意味がある。
その時々の自分の判断を過去にさかのぼって否定する事はないんだ。
ロッシの出した答えは、現状に流されて出したものかもしれない・・・
どう生きるか?悩んだ事だろう・・・
後悔も尽きなかった事だろう・・・
しかし自分自身で出した答えを否定はしなかった筈だ。
我々は遅かれ早かれ死ななければならない。それは明日なのか、数十年後なのか、それは誰にもわからない。
それに目を背け、ただ漠然と生きていくか・・・
答えを探し懸命に生きていくのか・・・それはその人次第だ。
しかしそれには勇気が必要になる。
俺は、もがき、あがきながらでも答えを探し生きていく道を選ぶ・・・」
そんなアルフレッドの様子を不思議そうに見ていたブロディだったが、ふと口を衝いて出た。
「ロッシは・・俺に何かを伝えたかった様に感じるんだ・・・」
「ロッシは死ぬ覚悟と同じくらい、生きる覚悟が必要な事をブロディに教えたかったんだろう・・・」
ブロディはロッシの言葉を思い出した。
お前はなにか、熱くなれる物はあるのか?・・・
ブナの大木を見上げたブロディは、その先の流れゆく雲へ目をやった。
そんな様子をマリアは見ている。
「そうだな・・・」ブロディは自分自身に対し言った。
「今日はあいつを偲んで一杯やるか」とオーソンが言った。
「つきあうぜ・・」と言ったブロディは、救われる様な感覚を味わいながら空を見続けた。