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火星の雪 2  作者: 上泉護
6/31

dust bin

静寂が包む薄暗い空間に、会話する男の声が響いている・・・


日本国産BRライジンや艦載機、BR輸送機が停機してもなお広々と感じる武蔵の格納庫で、一カ所だけ灯りがともり二人の人間がなにか作業している。


それはライジンのコクピットを覗き込む様に指導しているロッシと、ブレークダウンした機体を立て直す方法を叩き込まれているブロディの姿だった。


「遅い!そんなんじゃ命がいくつあっても足らないぞ!」

「わかってる!」

機体復帰のプロセスは30の手動操作からなる。


電磁パルス攻撃を受けた際、唯一手動で動かせるスラスターでなんとか回避運動を取りつつ、その工程を瞬時に行わなくてはならないBR乗り必須の能力だった。


コクピットに散らばる幾つかのカートリッジの交換を行い、右腰のレバーを5回連続で引き上げる。

それで起電流を発生させ、一気に機体を立ち上げるのだ。


一つでも工程を抜かしてしまうと機体に不具合が発生する為、一つの抜けもなく完璧にこなさなければならない。


「最初っからだ!」

「あぁ!!」


同じ作業を真摯(しんしに繰り返しく事を知らないブロディに、この訓練の重要性を理解していると判断したロッシは、しばらくして休憩を取らせようと話しかけた。


「なぁブロディ・・お前はなにか熱くなれる物があるのか?・・・」


作業していた手を止め、ブロディがロッシを見て

「あんたこの前もそんな事言ってたな・・・」


「教えてやってんだ、それぐらい答えろよ」


「一つだけある・・・」

「なんだそれは?」


「喧嘩だ・・」

「はっはっはっはっはっははは、馬鹿野郎!はっはっはっはっは」とロッシは笑いが止まらない。


「笑うな!だから言いたくなかったんだ!」

「すまん・・はっはっはっはっはははは・・悪かった」


むすっとしながらブロディが

「俺の当面の目的は、” 皇帝 ”をぶっ倒す事だ・・」


「格闘家にでもなるつもりか?」


「それも悪くない・・でもどうすりゃいいんだ?」と逆に聞いた。


「そうさなぁ・・それこそ” 皇帝 ”にでも聞いてみたらいいんじゃないか?」


「なんでだ?」


「なんだ知らねぇのか?奴は昔アンダーグラウンドで戦っていた格闘家ファイターだったという噂だ。誰も敵わない無敵の強さから” 皇帝 ”と渾名あだなされたらしい」


ブロディはTMPのラボの前で立ち会った、あの瞬間を思い起こした。

あの体幹、技のキレ、そして破壊力、確かにプロのものだった。


どうりで・・・


「それがなぜD小隊とやらに入ったんだ?」

「さぁな、そこまでは誰も知らんよ。仲良くなって本人に聞いてみたらいい・・・他にはないのか熱くなれるものは?」


「そう言うあんたはどうなんだ?」


「今更だがな・・」と口をにごしながら


「俺は料理人になりたかった・・・」

「へ~意外だな、料理に熱くなれる要素なんてあるのか?」

「純粋に美味いものを作った時に喜びがあるんだよ。お前には解らんか・・・まぁいい、手が止まってるぞ」


「自分で話しかけておいて・・」とブロディは作業に戻った。



一時間も続けただろうか・・


疲労の色も見せずひたすら繰り返すブロディの背中を見ながら、


まったく・・タフな奴だ・・・とロッシはニヤリと笑った。

一心不乱に言われた事をまじめに繰り返すブロディに、問題なしと判断したロッシは


「よし、出てみるか」

「なに?」

宇宙そとにだよ」

宇宙そと・・」

「お前はもうBRに乗った事があるんだろう?・・なら無重力空間に慣れるのが次のステップだ」



「そう来なくっちゃな」とブロディはニヤリと笑った。




武蔵の第一艦橋で光学望遠鏡の画像を確認していた管制官の林田が


「追跡してくるコロンビア級から何かが発艦しました。」と立花に報告した。


「何機だ?」


「確認できるのは一機だけです」


「おそらくHSTA(BR高速輸送機)だな。搭載数は確か2機だった筈だ・・・

彼らにとってもリスクの高い作戦を敢行してきたか。


我々の第一目的は日本防衛である事は奴らも解っている・・・

地球の手前で減速を強いられる。


そこで仕掛けてくるものだと予想していたが・・・


その戦いではBRによる後方支援が必須となるが、今の武蔵にBR乗りは、武蔵防衛に名乗り出てくれたイタリア宙軍の3人と、志願してくれた数人の内、唯一BR乗りの適性があったブロディの合わせて4人しかいない。


そのうち乗機を失ったドメニコはライジン慣熟運転に苦労していて実戦はまだ無理で、ブロディは宇宙戦についてはずぶの素人だった。


とても戦場に送り出せる状態ではない。


「日本との交信はまだできないか?」


「出来ません・・・通信施設を破壊されたのかもしれません」

「かもしれんし、そうでないかもしれん。定期的に呼びかけ続けろ」


そう言った武蔵艦橋から宇宙をのぞむ立花の視線の先には、ライジン慣熟運転から武蔵に帰投したドメニコとソフィアと入れ替わりに宇宙そとに出た2機の光跡があった。


宇宙空間での戦いをロッシに指導を受けているブロディのライジンとロッシのエスポジートは、武蔵と相対速度を合わせる様に飛行している。


それを心配そうに艦長席でマリアが見ていた。

アリソンが近づいてくる事に気が付いたマリアが

「大丈夫でしょうか・・・」と心細げに聞いた。


そんなマリアに

「今、みんながそれぞれ出来る事・・やれる事をしているの・・ブロディもそれを見つけたのよ・・見守りましょう・・・」


「はい・・」と答えた美しいマリアの顔は不安気だった。



きれいだな・・・


真っ暗な空間に浮かぶ太陽を見た時、体中からだじゅうを貫かれる様な感覚を味わいながらブロディは思う。


太陽とはただ恩恵だけを与える”神”ではない・・・そう言うロッシの言葉が思い返される。

バイザーやスクリーン越しでなく、太陽を直視すれば失明し、皮膚に浴びれば途端にただれ火傷となる。


太陽は爆発しながら放射線を宇宙に撒き散らし、地球外にいる者達に襲い掛かる。


MSG(Magunetic Shield Generatar 磁気シールド発生器の略)はそんな放射線からも守ってくれるものだが、大型の為、艦艇サイズにしか搭載できない。


BRは電磁パルス攻撃” ピン ”同様、そんな不意に襲ってくる敵対する両軍に等しく降り注ぐ太陽の脅威にも対応しなければならないのだ。


太陽フレアや電磁パルス攻撃はケーブルやアンテナ類に高エネルギーのサージ電流を発生させ、それらに接続された電子機器などに流れる過剰な電流によって、半導体や電子回路に損傷を与えたり一時的な誤動作を発生させる。


格納庫でロッシに叩き込まれた復旧方法は、あらかじめ壊れる所をわざと作っておき、そこを防波堤としてそれ以上の損傷を防ぐ為の部品の交換である。


カートリッジ化され比較的交換は容易であるが、30のプロセスを経なければならない。


その復旧工程の遅れた無防備な僚友りょうゆうの機体が落とされていくのを、ロッシは嫌と言うほど見てきたのである。


無重力空間でも同様の訓練をさせたロッシは

「もたもたするな!復旧を済ませた奴から攻撃してくるぞ!!」とブロディに言った。


格納庫で散々練習してきたので、2、3回繰り返しただけでスーツを着た無重力空間での作業もできる様になった。


それが終わると今度は上下左右の感覚がなくなる宇宙空間での母艦との位置取りや、姿勢制御の方法、Gの逃がし方や慣性の生かし方、回避運動の機動などをロッシは指導した。


敵を攻撃するまでにいくつものハードルを越えなければならない。


ようやくそれが終わると、一部の反動を生じさせる武器の使用方法や、格闘方法などにはいる。


ライジンはハーケンスピアではなく、超振動波刀を装備する。


ついたり、叩きつけたりする使用方法は、エスポジート乗りのロッシには馴染なじみがないものだ。

それは自分で感覚を養え。とだけ言われた。


大地に足をつけ踏ん張りが効き力の入る戦いではなく、ふわふわと漂う力の入らない機体をスラスターで勢いをつけ機体全体で打ち込むという戦い。


なんとも心許こころもとない気分だな・・・


それが地上戦を経験したブロディの、宇宙戦の印象だった。

挿絵(By みてみん)

片腕のエスポジートが武蔵後甲板から静かに発艦した。


広大な宇宙空間では停止している様にも見えるが、高速で地球へと慣性飛行している。

宇宙空間では相対速度こそ意味を成すものであり、近距離の対象物が無い場合、相対速度を合わせた物体同士の速度感覚は限りなくゼロに等しい。


対象物が近づいてくるほど、その相対速度に驚かされるのだ。

今は広大な宇宙空間に、巨大な武蔵と、ライジン、エスポジート2機だけが浮遊している様にも見える。


もし予備知識なしにこの空間に放り出されたら、その孤独感や不安感に押しつぶされてしまう事だろう。


宇宙空間での指導をブロディにしていたロッシは、片腕の上官機に指示を仰ぐため迎えに行く。

ブロディには聞く事の出来ないエスポジート同士でのみ会話が可能な専用チャンネルで聞いた。


「問題ありませんか?」


「えぇ、そっちは?」

「恐ろしく覚えの早い奴ですが、まだ実戦は無理ですね」

「当然よ、初めての宇宙で普通に動けるだけでもたいしたものね」と言った後、気を引き締める様に言葉を継いだ。


「追跡してくる南アメリカ艦艇からHSTAが発艦しこのふねに迫っているとの事よ」

「数は?」

「おそらく、2機であるとの事だ」

武蔵に目をやったロッシは、いつの間にかこの艦に愛着が湧いていたがあえて確認した。


「しかし・・日本は同盟国ですが、わが国は南アメリカと戦端は開かれていません。勝手に戦端を開いては原隊復帰後、問題になりませんか?」


「手順を踏む。それでもあちらから攻撃してくれば、防衛せざるを得ない・・だからまず我らが矢面やおもてに立ち、攻撃を止めるよう呼びかける。攻撃を踏みとどまればよし。攻撃してくれば反撃するまでよ・・前者はおよそ考えられないけどね」


「了解です」とチャンネルを切り替えてブロディにロッシは話しかけた。

「ブロディ、武蔵に帰艦しろ。まず我々だけで交渉してみる」

「無駄だ。問答無用に攻撃されるぞ」

「大人の世界ではな、順序だてなきゃならない事もあるんだよ」

「ガキ扱いすんな。そんな事は解ってる。しかし奴らにそんなもんは通用しねぇぞ」

「通過儀礼でも、国際ルール上必要な事だ。我々は無頼ではないのだからな」

とは言うものの、一介の国家が国連加盟国にいきなり攻撃はしてこないだろうとロッシはたかくくっている部分もあった。

「とにかくお前にはまだ早い。帰艦しろ」

「わかったよ!」

その武蔵に帰投する遠ざかって行くライジンの後姿うしろすがたを見ながらロッシは思う。


たいしたもんだ・・・宇宙空間ここでもう普通に取り廻してやがる・・・

俺は一週間かかったものだ・・・


オーソンの砲術士としてのスコアは計算上あり得ない数字らしい・・

シュミレートしたところ、誰もあの副砲で命中させることが出来なかったとの事だ・・

アルフレッドといい、オーソンといい、このブロディといい、このふねに必要な人材が自然と集まっている・・そんな気さえする・・・


まったく・・不思議なふねだな・・立居姿たちいすがたは美しくもあり、なぜかなつかしくも思う・・


運命のふね・・・か


そんな感慨がロッシの胸中に去来した。


「あと10分で会敵します」と武蔵から通信があった。

「了解です。警告に入ります」とソフィア


ソフィアとロッシのエスポジートは迫りくるHSTAのブースター光に対峙する様に武蔵との間に入る。


姿勢を正し気を入れ集中したソフィアの意志が、BMIを通じてエスポジートの背に現れている。

一呼吸したソフィアは、固い決意をにじませた低い声で公開チャンネルに呼びかけた。


「こちらはイタリア第二宙軍である。接近中の不明機に告ぐ。所属と接近の目的を明らかにされたし」


返信はない。


「繰り返す。こちらはイタリア第二宙軍である。接近中の不明機に告ぐ。所属と接近の目的を明らかにされたし」


再度呼びかけてみたが、なんの返信もない。


そうこうするうちにも漆黒の宇宙に輝くブースター光が迫ってくる。


ソフィアとロッシの緊張が高まって行く・・


「それ以上の接近は当方への攻撃意志とみなす!ただちに減速しろ!」

威嚇射撃をしようと機銃を向けた瞬間!

HSTAが三つに割れた。


いや、パニッシャーが瞬時に機体から飛び離れたのだ。

そのあまりの速さに

「ちぃっ!」ロッシの本性がかいま出た。


割れた一機から正確な機銃掃射がエスポジート2機に降り注ぐ!

ソフィアとロッシのエスポジートも跳ねる様に飛び避ける。


一機のパニッシャーは凄まじい速さで二機のエスポジート間を縫って武蔵へと突っ込んで行く。

その速さは3発の対艦ミサイルを背負った重武装のものではなかった。


「もう一機の方を頼む!」とソフィアが追撃する。

「了解!」ともう一機を見ると、なぜかあらぬ方向へジグザグに光跡を描きながら離れて行く。


なんだ?・・なにが狙いだ?

と武蔵から離れ過ぎない様に追跡に入る。


一方、レナルズは

「な、なんだこの機体は?」と驚愕していた。

初めて戦場で操作する皇帝機の操作性はあまりにも悪かった。

ゆうなれば”遊び”がないのである。

操縦桿の動きに機体がダイレクトで反応する。

すこし舵を切っただけで、凄まじいスピードとGでパイロットにのしかかってくる。

姿勢制御すらままならず、右に左に上に下にと、閃光の様な速さで光跡を残しながら、ジグザグに動き回る。

その凄まじいGでレナルズは気を失いそうになった。


「狂ってやがる!」


俊敏に動けるものの、操縦技術を逆に機体が問うてくる様なものだった。

戦闘に参加するどころではない。


機体を取り廻せない。


凄まじい加速とともに巨大なGがレナルズを襲う。

それは彼がいつも駆るパニッシャーとは別物だった。



武蔵への爆撃コースに乗ったパニッシャーにソフィアが正確に攻撃する!

瞬時に躱したパニッシャーが後ろも見ずにエスポジートに機銃を掃射する。


「後ろに目でもついてるのか!」と間一髪で躱したソフィア。

その一瞬で態勢を整えたパニッシャーから対艦ミサイルが発射された!


武蔵の上甲板に向けて真っすぐ突っ込んで行く。


「よし!直撃コースだ!」とパニッシャーのコクピットでマッケンジーニが叫ぶ。


そのマッケンジーニの目に、あり得ない光景が映った。


ユラリ・・・と武蔵の巨体がミサイルを躱したのだ。


なんだ?・・・


あまりの事に2発目を撃ち損ねたパニッシャーが武蔵を追い越していく。

でかい!とマッケンジーニは思いながら、あまりの事に

見間違いか?俺のミスか?と我を疑った。


ソフィアのエスポジートから掃射を受け、数発パニッシャーの肩に当たり跳弾する。

「やろう!」


瞬時に回避運動するパニッシャーを見てソフィアが

「重武装したあの大きな機体が、エスポジートと同じ様に動く!」と驚愕する。


武蔵に対し射線どりをしようとするマッケンジーニのパニッシャーに対し、片腕のエスポジートが食い下がる様に攻撃を加える!


「しつこい野郎だ!いや女か?」とエスポジートの身のこなしに女性らしさを感じたマッケンジーニは言った。

BMIはパイロットの仕草までトレースしてしまうものだからだ。

武蔵の正面から射線どりをしようとしていたマッケンジーニは突如機体を引き上げる。


「バレルロール!?」とソフィア

宇宙空間で言われるバレルロールとは、急激な減速ターンによりバレル(樽)の内側をトレースする様にBR背面を外に向けながら追撃機の後ろを取る機動である。

その切り替えしはおよそ重武装の機体のスピードではなかった。

瞬時にソフィアのバックを取ったパニッシャーがエスポジートに重機関銃を雨あられの様に降り注がせた。


エスポジート右の二の腕から吹き飛ばされた!

「D小隊!!」ソフィアは叫ぶ。

再び武蔵への射線どりをしようとする背を向けたパニッシャーに、ソフィアは機体ごと突っ込んで行く。

「やらせるか!!」

” フライングニー ”エスポジート左膝ハーケンスピアがパニッシャーの右わき腹に突き刺さる瞬間!

パニッシャーは重機関銃を持つ右腕一本で止めた!

瞬時にソフィアは右膝を撃ち込む!

” フライングダブルニー ”高度な機体バランスを必要とする為、数多あまたのイタリアBR乗りの中でも、この技を繰り出せるのは数人しかいない。

凄腕のエスポジート乗りにしかできない技だ。


なんと今度はそれを左手一本で受ける!


「止めた?!」必殺の一撃を止められたソフィアは驚愕する。

至近距離からパニッシャーは機銃を撃ち込む!

エスポジートの頭部が吹き飛ばされた!!

「くっ!」とソフィアは距離を取る。


スクリーンカメラとBMIブレーンマシンインターフェースを失ったエスポジートの運動能力が極端に低下する。

視界を確保しようとコクピット前面のカバーを開ける隙に、武蔵への射線どりをしたパニッシャーから正確な対艦ミサイルが発射される。


「しまった!」とソフィア


この二発目はかなりの精度で武蔵へと直進していく。

マッケンジーニは確信する。間違いなく武蔵上甲板に直撃すると・・


その時、武蔵の巨体がユラリ・・・と舞う様に躱した。

艦橋スレスレでミサイルが通過する。


その無駄のない動きは優雅ささえ感じさせた。


マッケンジーニは驚愕する。


「あの化物ばけもんを取り廻してやがるのは只者ただものじゃないぞ!!」


とレナルズに話しかけたが、どこにも見当たらない。


「奴はなにしてる!?」


と沈黙を守っている武蔵に不気味さを感じながらマッケンジーニは焦った。


「武蔵をしずめさせやしない!」とソフィアが決死の突撃をかける。


さすがのマッケンジーニもかわしれず、最後の対艦ミサイルを蹴り落とされた。


「てめぇ!!ぶっ殺してやる!」


怒りの矛先ほこさきがソフィアに向いたマッケンジーニの執拗な攻撃がソフィアを見舞う。


両腕を失っているエスポジートは、接近戦での格闘しか攻撃のすべを持たない。


ぎりぎりのところで躱していたソフィアの元に、意味不明な行動をしている敵に見切りをつけたロッシが駆け付け、パニッシャーに攻撃を開始する。


パニッシャーが凄まじい勢いで、飛び離れるとランダムな動きでそれを躱す!


「ジンキング!!」とロッシが叫ぶ。

ジンキングとはブレイクターンなどを実施しても敵機から機関砲による攻撃を受ける可能性が避けられないと判断したとき実施する防御機動法で、ラスト・ディッチ・マニューバー(最終回避機動)とも呼ばれている。

宇宙空間でのBR同士の戦いにおけるそれは、意識をなくすほどの凄まじいGがパイロットを襲う。


しかし苦も無くそれをやってのけるパニッシャーに

「あのGを耐えらえるのか!?」とD小隊員の能力の高さに改めてロッシは驚かされた。


形勢逆転しドッグファイトを続ける二機の優劣は明らかだった。

後方を確認しながら必死になってロッシは躱し続ける。


それを武蔵から見ていたブロディが

「まずい!やられるぞ!発艦する!」と武蔵後甲板からライジンが飛び立った。


「待てブロディ!」と操舵席のアルフレッド。

「ブロディ待って!」と艦長席でマリアが立ち上がる。


回避運動を続けるロッシのエスポジートを見て、

” こいつは手練てだれだ ”と判断したマッケンジーニが、急速反転し狙いをソフィアに変えた。


動きの遅くなったエスポジートに襲い掛かり、殴りつけ、蹴り上げる!

ソフィアはコクピットで跳ねる様に揺さぶられる!


意識が朦朧としてきた。


完全に動かなくなったエスポジートにとどめをそうと

「死ねぇ!!」とハーケンスピアを撃ち込む!


その生と死の狭間はざまに戻ったロッシが突っ込んだ!

狙いを瞬時にロッシのエスポジートに変えたハーケンスピアの撃鉄が落ちる!!


血の色のハーケンスピアがエスポジートの胸部を貫いた!


接近中のブロディが

「ロッシィ!!!!」と叫ぶ。


血まみれのバイザーの中のロッシは、断末魔だんまつまの人生の記憶を走馬燈の様に感じていた。


むなしかった・・むなしかったんだ・・・俺の人生に・・熱くなれるものが無かったんだ・・


やりたい事もなく・・生きていてもしょうがいない・・そんな風に思っていた・・


そのむなしさの原因を・・社会や環境のせいにしてたんだ・・


アルフレッドの言葉が思い返される。


「過去をなげき、未来をうれい、今をおろそかに生きるのではなく、過去から学び、未来を見据みすえて、今を大切に生きる・・・」


ふっ・・もっと早く出会いたかったぜ・・・


俺が死んだら・・田舎くにのお袋に特別給付金が支給される筈だ・・それで食ってけるさ・・・


バールの奥の掛け時計の、時を刻む音がロッシの耳に響いていた。

なんか・・なつかしいな・・


まるで今呑んでいるかの様な、のどが焼ける様なグラッパを思い出す。


もう一度だけ・・呑みたかったぜ・・・


ロッシは絶命した。


朦朧とする意識の中で、ソフィアは混濁した意識から回復しハーケンスピアに貫かれているエスポジートを見た。


「ロッシ曹長!!」


「次はお前だ!女BR乗り!!」

ハーケンスピアを引き抜かれた反動で、エスポジート背面から無残なロッシの遺体が放り出される。


ソフィアは距離を取ろうと操作するが、エスポジートからの反応はすでに無かった。

「死ねぇ!!」


その瞬間!高速でパニッシャーになにかが突っ込んだ!


不意を突かれ

「ちぃっ!!」パニッシャーの右腕付け根に超振動波刀が突き刺さる。


「野郎!!」とマッケンジーニ


固まっていた3機は突っ込んできたライジンの勢いで散り散りになる。


動かなくなったソフィアのエスポジートには目もくれず、ライジンを目で追うマッケンジーニに、異様な速さで動くライジンの光跡が目についた。


なんだ、あいつは?・・・


この時のブロディの操縦を現代に例えるならば、高速道路を200km/hで走る乗用車が制御を失い蛇行を始め、スピンし回転して姿勢を崩したりしながらも、ガードレールに接触しそうになったかと思ったら、はじかれる様に立て直す。

中央分離帯をぎりぎりの間一髪で躱しながら、後ろ向きになったり、横向きになったりしながら、回転しながらも信じられない反射神経でそれを立て直す。


制御不能な動きを続けているそれは、本人ですらまともに操作できていない為、周りの人間にはまったく読めない動きだった。

そんな予測不能な動きの中、突然ピンポイントに急所目掛けて突っ込んできて攻撃してくる。


そんな戦いだった。


ただがむしゃらに速く、そして恐ろしいまでの緊張と凄まじいGの中、いつまでもそれを繰り返す事が出来る” タフ ”さをブロディは持ち合わせていた。


ゲノム編集し薬漬けの” 強化された人間 ”であるマッケンジーニですら舌を巻いた。

その動きは、つい最近味わった敵の動きを連想させ、まだ青年と言った男の顔が思い浮かぶ。


お前らか・・あの赤い槍の連中は・・


「やつか!?」


そんなブロディのライジンがマッケンジーニのパニッシャー目掛けて突っ込んだ。

「ちいっ!!」


パニッシャーは通常のBRよりも一回り大きい大型BRで、パワーはけた外れで動きも軽BRに勝るとも劣らないスピードがあり、加速はエスポジートに引けを取らない。


そんなパニッシャーのふところにブロディのライジンは飛び込んだ!


突き出された超振動波刀をハーケンスピアのリボルバーではじく!

火花を散らしながらパニッシャーの頭部ギリギリの所を刀が突き抜ける!


ブロディは攻撃の手を休めない。


インファイトボクサーの様に狭いスペースで鋭いパンチを繰り出してパニッシャーに襲い掛かる。


パニッシャーのぶ厚い装甲がそれらを跳ね返す!


蹴り上げたライジンのつま先が、パニッシャーのスカート内のバーニヤを破壊した。


そのでたらめの攻撃は、矢継ぎ早にくりだされる。


「くっ!このっ!ちょこまかと動きやがって!!」マッケンジーニはいったん離れようとスラスターを吹かすが、それを猛追するブロディ。


攻撃は最大の防御であるが、その攻撃を繰り出す事は激しく体力を消耗するという事でもある。

必ずスタミナがつき隙が生まれる。

そうマッケンジーニは思っていた。

しかし無尽蔵の体力とタフさを持つブロディは、休む事無く攻撃の手を緩めない。

フックに超振動波刀、ジャブにミドルキックと、延々に攻撃してくるのである。


先にスタミナが尽きたのはマッケンジーニの方だった。


最初に突かれ動きの悪い右腕であわててガードするパニッシャーに、ライジンが組み付く様に殴り掛かる。

その時、接触する機体同士で、わずかばかりの” 声 ”をマッケンジーニは聞いた様な気がした。


「よくもロッシを!!」

「なにっ?!」

再びパニッシャーの懐に入ったブロディのライジンは、高速で攻撃を繰り出す。

パニッシャーのパワーはライジンの比ではない。

が片腕一本でそれらをガードするが、なんせ繰り出す技が速い。

ガードしきれず数発パニッシャーの顔面と腹部に入った。


はじかれた様に距離を取るブロディのライジンが、離れ際に超振動波刀を振り下ろした。

それがパニッシャーの頭部をかすめ、モニターが明滅する。

マッケンジーニの照準がブロディのでたらめな動きを追いきれない!


「くそがっ!!」


「くそっ!くそっ!くそっぉおおおお!いつか殺してやる!殺してやるぞぉおお!!」

ブラックアウトしそうなモニターでは戦えない。


パニッシャーは凄まじい加速で離脱して行った。



ボロボロになったエスポジートの中で、ソフィアは呆然としていた。


また一人部下を失ってしまった・・・


そんなソフィアに

「大丈夫か?」ブロディが近づいてきた。


「えぇ・・大丈夫・・でも、もう機体が動かない・・」


ライジンがそっとエスポジートに手をかけ牽引していく。

その挙動にどこか優しさを感じる不思議な青年だと思った。


「ありがとう・・」と言うソフィアには答えず


「ロッシを連れ帰る・・」とロッシのエスポジートの手をライジンが取った。

胸部意外の損傷は見られないが、その穴の開いた胸部にロッシの姿は確認できなかった。


そんなエスポジートを見ながらソフィアは


マッフェオ・デ・ロッシ・・・彼の35年の人生はなんだったのだろうか・・


それが兵士の宿命だとはわかってはいるが、やはりそう思わずにはいられない。


こんな宇宙の最果てで死ぬなんて・・と


それを言っては小惑星帯の艦隊決戦で死んでいった者達は、地球からもっと離れた所で死んだ・・・


今もその亡骸は宇宙を漂っている筈だ・・・


彼らの魂は地球へと帰れたのだろうか?・・・


疲れ果てていたソフィアは、彼女とロッシのエスポジートを牽引するブロディのライジンを見ながら、うつろに思っていた。


武蔵のブリッジで、アルフレッドは帰艦してくるブロディを見守りながらロッシを思っていた。


想いを残す事なく逝けたのだろうか・・・と



そんなアルフレッドは武蔵の前方に浮遊する何かを見つけた。


なんだ?・・・BRか?・・・


漆黒の宇宙空間に溶け込むかの様な、黒い機体が漂っている。


それはレナルズがHSTAに乗り換え、乗り捨てて行ったパニッシャーの姿だった。





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