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火星の雪 2  作者: 上泉護
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確執の宇宙

太さの違う何本ものパイプが天井や壁にび、赤いむき出しのコックが通路にちらばる様にパイプから突き出している。

肩がぶつかってしまいそうな狭い薄灰色うすはいいろの通路を一人の男が歩いていた。


心まで凍えてしまいそうな、冷たさすら感じる空気に響くその足音はどこか不自然で、微妙なリズムの破調が異常を感じさせた。


感情の起伏が激しいのか、情緒が不安定なのか、小刻みに震える指先を体の前で振りながら、ニヤついてみたり、突然怒りの表情を浮かべたりしながらひとごとをぶつぶつ言っている。


あきらかに普通の人ではないその男は、鈍色にびいろに光るエレベーター扉の前で止まると荒々しくボタンを叩いた。


エレベーターがこちら側に向かって来るのをパネルの表示で見ながら、苛立いらだたしげに” クチャクチャ ”とガムを噛んでいる。


上部のライトが赤く点灯し扉が開く。


エレベーターに乗り込んだ男は、徐々になくなる重力に備える為、ふるえる手で冷たい手すりにつかまった。


移動を始めたエレベーターはRGA(遠心力により重力を再現させる区画)から外れ、フワリと体が浮き上がった男を乗せたエレベーターはすぐに止まり扉が開く。


扉の先には、油と硝煙の匂いが漂う、整備士達が忙しく立ち働く格納庫があった。


黒ずくめのコンバットスーツを着込んだ男は、上下感覚の無くなった格納庫へ飛ぶ様に入って行く。

固定されている何かの部品を蹴って方向を変えながら格納庫の奥まで来ると、そこは整備士達のいない静かな空間で、大きな黒い機体が鎮座していた。


手すりにつかまり体を固定した男が見下ろした先にあったもの、それは南アメリカのBR” パニッシャー ”だった。


” 宇宙最強の黒大鷲 ”と言われるこの機体は、D小隊の専用機である。

加速、旋回性能、膂力りょりょく、どれをとっても世界最高峰で、なによりの特徴は左腕に装備されているハーケンスピアである。

血の色をしたそのハーケンスピアは通常の二倍近い大きさで、その威力は戦艦の装甲を撃ち抜くとさえ言われていた。


世界はおろか、南アメリカのどの部隊にも配備されていない。

南アメリカの主力機であるM1 カニングハムより3倍の費用がかかる為、

費用対効果が見込めるD小隊にのみ配備されているのだ。


時折ときおり聞こえてくる整備士達の声や作業音には全く関心を示さず、レナルズは狂気の眼差まなざしでそれを見下ろしている。


彼はマリア達をTMPのラボの前まで追い詰めた、皇帝を含む4人のD小隊の内の一人である。

その彼が見下ろしているのはカスタマイズされた皇帝専用機だった。

通常のパニッシャーの性能をはるかにしのぐ改造がなされていて、現存するのはこの一機のみである。


艦内全体に今日何度目かの加速を知らせる警報が鳴り響き、数秒後に無重力だった空間にわずかな重力が発生する。


ふねの加速で重力が再現され、手すりから手を離した彼の体を床と設定されている壁に吸い寄せていく。


床に足をつけたレナルズは皇帝専用機を見上げる形となった。


「俺だってこいつに乗れば、奴みたいにできる筈だ・・・」とひとごとを言う彼は、なにもできず皇帝に叩き伏せられた自分自身を認める事が出来なかった。


俺が悪いんじゃない。突然奴が裏切りやがったから驚いていつもの様にやれなかっただけだ・・・


彼はそう己に言い聞かせながら、1時間ほど前の事を思い返していた。


マッケンジーニがカーター大尉に意見具申いけんぐしんし、武蔵追跡(むさしついせきを名乗り出たのだ。


「あの化物ばけものをみすみす、見逃してしまうのか!?俺に追跡させろ!」


と大型スクリーンの前でマッケンジーニは言った。

そのスクリーンの中にはコンピューターが処理した目標の位置、速度、脅威度などの評価が、数字と図形で表示されている。


そこは航宙戦艦アラバマの第2艦橋にある、ぬくもりを全く感じられる事のないCDC(統合戦闘指揮センター)だった。


化物ばけもの ”とはどうやら武蔵の事を言っているらしい。


「しかしあちらも加速を続けている。追いつくにはHSTAで長時間Gに耐え続けなければならないぞ」と上官に対する口の利き方をしない部下に対し、内心いらつきながらもD小隊の特殊性からあきらめているカーター大尉は言った。

HSTAとはBR専用高速輸送機である。

全長15m程のハンマーシャークの様な形をしている為、” シャーク ”などと渾名あだなされている。

「それにこのふねが追いつくまで、待機し続けなければならない。やはり危険すぎる」

宇宙空間に単独で長時間いる事は、それだけで大いに危険なのだ。


ましてや、あのふねに一戦しかけるという事は、どの様な結果になったとしても無傷という訳にはいかない。と彼らは思っている。

それは武蔵の火器管制システムが立ち上がらず、対宙銃座が使用できない事実をいまだ知らないからだ。


その証拠に、大型スクリーンの中でひときわ大きく表示されている武蔵の脅威度のシグナルはマックスを示していた。


「我々の沽券こけんに関わる事だ!なめられてたまるか!!」と最後の方はえる様に言った。


BRの攻撃であのふねの足を鈍らせられれば、こちら側の攻撃の選択肢も広がるというものだ・・・という腹積はらづもりになったカーターが


「解った。少佐と相談してみる。待機していろ」そう言った時、横にいたレナルズが口を挟んだ。

「俺も行く!行かせてくれ!!」


叩き伏せられた恨みと、その実力差から長年彼の鼻先を抑え込まれていた皇帝に対する怒りがそう言わせたのだ。


HSTAの搭載数は2機までなので、もしこのミッションが行われるならちょうど良かったと

「解った。お前も待機していろ」カーター大尉は言った。


一時間ほどのち、少佐の許可がおり一足遅く宇宙そらにあがった彼らの、武蔵を追跡するミッションがじき開始される。


長時間に渡り加速により発生する1tの荷重に耐え続けなければならないが、彼は皇帝に仕返しをしなければ気が収まらなくなっていた。


恨みを晴らす事に執着する彼には、荷重に耐え続ける事などはどうでも良かったのである。


それはマッケンジーニも同様だったが、彼の場合” もう一人の男 ”の方により強い執着があったと言えた。


” お前らか・・・あの赤い槍の連中は・・ ”と言った男の顔がマッケンジーニの脳裏から消える事はなかった。


” ゆるさねぇ・・ぶち殺してやる・・・ ”と彼は思い続けている。


そこまでブロディに執着の無いレナルズは、整備士達に気づかれない様に皇帝専用機に乗り込み、BMIに己の脳波を登録し始めた。

彼の目的はあくまでも裏切り者である”皇帝”を抹殺する事である。


ともすれば散漫になりがちな彼の集中力を怒りで補填ほてんし、20分後のミッションに間に合わせる為、作業に集中した。


挿絵(By みてみん)


航宙戦艦アラバマ飛行甲板上のHSTAに、身の丈ほどの対艦ミサイル3発を背負った2機のパニッシャーが近づいて行く。

と、機体から発せられるシグナルに気が付いた管制官が

「レナルズ少尉、それは皇帝機です。ご自身の機体に戻って下さい」と警告する。

「いやこれでいい。出撃する」というレナルズに


「貴様にその機体は無理だ!やめろ!」と言うカーター大尉の言葉にカチンときた彼は

「大丈夫だ!これで行く!!」と強情に言い張った。


一度言い出したら、全く引かない彼の性格を熟知しているカーターは、


” 勝手にしろ!死ぬのはお前だ! ”と投げやりになって言った。

「好きにしろ!」


マッケンジーニとレナルズのパニッシャーがHSTAに乗り込んだ。

乗り込んだと言っても機体はむき出しで、HSTAに摑まっているといった感じだ。


「リニアカタパルト、スタンバイ!」HSTAの射出バーがシャトル・スプレッターに引かれ” グン ”と機体先端が沈み込む。


黄色い宇宙服を着こんだ射出誘導員が、親指を立てた腕を突き上げGOサインを出した。

マッケンジーニとレナルズはGに備える。


化物ばけもの(武蔵の事)もろとも、あの野郎どもをあの世に送ってやる・・・

とマッケンジーニは思いながら歯を食いしばる。


誘導員が突き上げた腕を振り下ろす。


パニッシャーを載せたHSTAが強い衝撃と共に急加速し、航宙戦艦アラバマ甲板から発艦した。


HSTAから噴き上がるまぶしい程のノズル光が、漆黒の宇宙空間に光跡を残し飛び立って行く。


そして、あっと言う間に視界から消え去ると、アラバマの前方には小さな光点だけが、漆黒の宇宙空間に星座群と共に光り輝き続けていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりのD小隊! 熱い展開に成りそうですね。 しかしロボットって黒い機体の方が、より強くて怖そうな雰囲気が出ると思いませんか? 強さと怖さのインパクトが出せるので、ロボット物では割と必…
2020/04/05 08:33 にゃんこ聖拳
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