戦士の追憶
ビーン一家が間借りしている部屋の前には大きなテラスがあり、ドームの外周を一周する緑道にはりだしている。
” 連れがいるんで御一緒させてもらえないか? ”というロッシに、快諾したアルフレッド達はいったんロッシと別れて、そこに帰って来た。
ケイティが喜んで駆けあがったテラスのテーブルの上には、コーンブレッドやアップルパイなど、おいしそうな料理が並び、忙しくアリソンが立ち働いていた。
「おかえりなさい」と足元にからみついてきたケイティの頭をなでながらアリソンは言った。
そんなアリソンにアルフレッドが
「もう三人増えるんだけどいいかな?」と聞いた。
「えぇ大丈夫よ。どちら様?」
「さっきこの艦にやって来たばかりのイタリア宙軍の人達だ」
「じゃぁテーブルを中から持ってきてくださる?」というアリソンに
「お安い御用だ。ブロディ手を貸せ」とオーソンとブロディが部屋の中に入って行く。
マリアとペグがアリソンと共に食事の準備の為、同じように部屋に入って行くと、テラスにはアルフレッドとウェイドだけが残された。
今回特別にドームの中の” 屋外 ”で食事会が開かれるのは、命の恩人であり、現在独房に閉じ込められているウェイドをもてなす為だったので、ホストとしてアルフレッドはウェイドに接した。
「さぁ、ウェイド掛けてくれ」二人がテーブルに腰掛けると、やさしい風が吹いた。
首元をゆるめてくつろいだウェイドに、アルフレッドは聞いた。
「この艦を奪取する為に君達は動いていたんだろう?奪った後どうするつもだったんだ?」
「末端の兵士にその意味を深く知らされる事はない・・・」
「南は(南アメリカの事)そこまで変わってしまっているのか?」
「最近では作戦内容すら説明されない事が多かった」
「かなり右傾化が進んでいるという事か・・・」
「本土への進攻を許してしまっている日本に、卑劣にも突然戦争を仕掛けたんだ。南は資本主義陣営から離れて、何らかの目的に突き進むつもりだったと思わざるをえないな」と言った後、アルフレッドは腕を組み続けた。
「シビリアンコントロールを失った南アメリカを、動かそうとする何者かがいるような気がしてならない・・・」
「なぜそれを俺に聞く?」
「君がだくだくと上からの指示に従うとは思えないからだ・・気を悪くしないでくれ」と前置きした後
「俺が伝え聞くD小隊の噂は、ゲノム編集し薬漬けにされ正気を保っていないというものだが・・君はまっとうだな。なぜだ?」
「常習性のある薬をやろうとは思わない・・やってるふりはしていたが」
「管理や監視はそれほど厳しいものではないんだな」
「結果さえ出していればうるさく言われることはない。麻薬と一緒で一度やった人間は喜んで服用すると思い込んでいる」
「なるほどな・・・君はなぜ、南にいたんだ?」とアルフレッドは核心を突いた。
アルフレッドの目を覗き込む様に見つめたウェイドは
「あまり首を突っ込まない方がいい・・家族がいるんだろう」と意味ありげに言った。
「君はいないのか?」
「いない・・・」
「首を突っ込みたくなくても、すでにどっぶり首までつかっている・・・南アメリカの真意を君は知っているのか?」
「・・・・・」ウェイドはしばらくアルフレッドの目の奥を覗き込む様にしていたが、ふとドームの森へと視線を外した。
言えない事は言えない。だが嘘はつかない。
そういった姿勢は出会った時から、貫き通された彼の態度だった。
そういった姿にこそ” 信用できる ”と感じているアルフレッドは
「そうか・・・解った」と言った時、部屋の中から机をオーソンとブロディが持ち出してきた。
「おっ?巨頭会談か?」とオーソンが揶揄した。
「あぁ、いま世界情勢について話していた」とアルフレッドは冗談めかして言ったが、まさにその事について論じていたのだ。
「どれ、俺も仲間に入れてもらおうかな・・」とオーソンが席に着いた時、木々の葉が覆い被さる緑道を、なぜかイタリア宙軍の三人とベティが一緒に歩いてきた。
「悪いな」とロッシはアルフレッドに言った後、二人の連れに振り返った。
緊張の面持ちで、モデルの様な姿態に可愛らしい顔立ちの、まだ若い女性が名乗った。
「イタリア第二宙軍管区艦隊ロンバルディア所属、第二小隊ソフィア・シジズモンド中尉です」
「同じく、レオナルド・ドメニコ少尉です」
「アルフレッド・ビーンだ」と、テラスの柵越しに握手した。
「光栄です」と言って、ロッシから聞いていたもう一人のビッグネームを目で探そうとしたが・・探すまでもなかった。
アルフレッドと向かい合う様に座っている、黒ずくめのコンバットスーツの男。
一瞬時が止まった。
とその場の雰囲気を和まそうとオーソンが
「オーソン・ハンズだ」と手を差し出し
「こちらがブロディ、そっちがウェイドだ。で、こちらの美人さん達がペグにマリア。ベティはもう知ってるようだな」と言った。
そのオーソンの手を握り
「どうも・・」と二人は皆に目礼を交わした。
後から出てきたアリソンに
「突然お邪魔してすいません」と詫びる三人に、
「ビーンの妻のアリソンです。さぁさぁどうぞ上がって下さいな。大したものもありませんが、ゆっくりして行って下さい」とアリソンは三人を招き入れる。
「すいません」とソフィア達がテラスに上がった。
落ち着かない感じを隠せないソフィアとドメニコにアルフレッドが
「俺はすでに軍属じゃないし、ウェイドは脱走兵だ。楽にしてくれ」と言うと、ウェイドは珍しくアルフレッドを見て憮然とした表情をしたが、どこかそれは微笑ましいものに見えた。
「では、お言葉に甘えて・・」と前置きした後、
「軍に身を置く者で” 皇帝 ”を知らない人間はいない・・・なぜ脱走したのか経緯を教えてほしいものね」とソフィアがウェイドに言った。
ソフィアに目をやったウェイドだが何も言わず、時だけが流れる。
とブロディが
「大した意味はないのさ。情にほだされただけだよな」とウェイドを見て言った。
そんなブロディにも憮然とした表情をしたウェイドだが、やはりそこにも微笑ましいなにかがある様に感じられた。
そんな二人を見ながらソフィアがブロディに
「あなたもBR乗りなの?」と聞いた。
「まぁ乗るには乗ったが・・」と言い渋ったブロディの横からオーソンが
「D小隊とやりあったんだ、立派なBR乗りじゃないか!」と肩を叩いた。
「いってぇなぁ・・まだ治りきってないんだよ!」
「あぁ、すまんすまん!ゆるせ!はっはっはっははははは」と笑うオーソンの横で
「D小隊とやりあった?それで生きてるの?」ソフィアとドメニコは驚いた。
「一度は撃退した事もあったよなぁ」とオーソン
信じられないものでも見る様に、ソフィアはブロディを見て
「所属は日本なの?」と日本人には見えないブロディに聞いた。
「いや、俺も行きがかり上この艦にいるのさ。どこの所属でもない。あんた達みたいな宮仕えは俺には無理だな・・」”と思ってた・・”
最後の言葉はブロディの口の中に消えた。
ブロディにそのつもりはさらさらなかったが、それを” 下端の使い捨ての兵士 ”と受け取ったドメニコが、
「おい!言葉遣いに気をつけろ」
と敬愛する上官に対し、礼のない言い方をするブロディに食って掛かった。
スッと間に入ったロッシがドメニコに背を向け、彼に解らないようブロディにウィンクしながら
「少尉の言う通りだ。気をつけろ」と腹芸を見せた。
以前のブロディだったら、ドメニコに” なんだと、てめぇ・・ ”ぐらいは言ったかもしれないが、アルフレッド達と出会って本人も自覚していない” 心の余裕 ”が生まれ、ロッシの腹芸にも気が付ける様になっていた。
「へっ、気苦労の多い事で・・」ニヤリとロッシに笑った。
ロッシは言葉にせず” すまんな ”と口だけ動かした。
彼もまたブロディに対し、” ガキの頃はやさぐれて、無茶をしてきた奴だ・・ ”と感じとっていたのかもしれない。
「さぁさぁ、座って下さいな。料理がさめてしまうわ」とアリソン
皆がテラスに上がって席に着いた。
忙しく立ち働く女性陣を横目に男達とソフィアはテーブルに着くと、テラスに秋を感じさせる心地よい風がやさしく吹いた。
遠くへ目をやったロッシに気が付いたアルフレッドが
「すごいだろう、このドームには一日どころか季節まであるのさ、
地球の一日、一年が再現されてるんだ・・・今は初秋といったところかな」
「すごいな・・・しかし戦艦の中になんでこんな施設があるんだ?」
「さぁな・・俺達もここに来たばかりなんだ」とオーソン
「あんた達もそうだが・・」とアルフレッドとウェイドを見ながら前置きすると
「まるで夢のようだ・・・これは現実なのかと・・・」と心ここにあらずといった様子でロッシは言った。
厳格な軍人といった一面しか見てこなかったソフィアは、アルフレッドと対等に話すロッシに内心驚いていた。
ロッシの足元にケイティが寄ってきてロッシの膝頭あたりをクンクンと嗅いでいる。
ちょっと驚いたロッシが、
「あんたの犬か?」
「あぁ、この子も不思議なめぐり合わせでここにいる」
手を伸ばしロッシがケイティの頭をなでた時、用意をすませた女性陣がテーブルについた。
ビーン一家とオーソン、マリアが目を閉じ神に感謝している時、ブロディとウェイドはなにもせず、ソフィアとドメニコ、ロッシは形だけ真似をしながら、” 神 ”を毛嫌いするブロディに気が付いたロッシがニヤッと笑った。
口にこそ出さなかったが、”まだ若いな”と言っている様だった。
その彼らの前に並ぶ料理はアリソンが特別に配給を許された食材で作った物で、ベーコンの油をかけたコーンブレッド(トウモロコシのパン)、肉団子スープ、鶏のワーテルゾイ、アップルパイなどだ。
食事を始めたロッシはコーンブレッドを取ると口に入れた。
口いっぱいにトウモロコシの素朴な香りが広がり、噛めば噛むほど甘味が出てくる。
その甘味とベーコンの油の塩味が絶妙だった。
「うまい・・」とロッシ
ソフィアは同じタイミングでコーンブレッドを口に入れたので
「本当に・・」とコーンブレッドを見つめた。
それを見たドメニコもコーンブレッドを口に入れ
「本当においしい・・・」と共感した。
「かぁさんのコーンブレッドは最高よ!」とベティが言う。
二コリと笑ったソフィアが、
「ベティは幸せね、これがいつも食べれるなんて」と言うと
「ソフィアもまたくればいいのよ!」とベティが無邪気に言った。
小さな子とやさしく話すソフィアを見ながら、ドメニコは敬愛する上官の違う一面を見て惚れ直していた。
多くの同胞や仲間をなくしたばかりの彼らの心を思い、なるべく戦いの事には触れない様にアルフレッドは注意して話しかけた。
「君はイタリアのどこの出身なんだ?」とソフィアに聞いた。
「ベネチアです・・母がまだそこにいますが、もう何年と帰っていません・・・」
ベネチアはイタリア北東部に位置し、大小177の島々からなる街の中心には大きな運河が流れていて、そこから100を超える小さな運河が街に張り巡らされている。
「聞いたことあるわ。水の都ね」とペグ。
「世界遺産に登録されていて、自動車やバイク、自転車まで乗り入れ禁止なのよ」とソフィア。
「じゃぁみんなどうやって生活してるの?」とベティ。
「水上乗り合いバスや水上タクシーね。警察や消防、宅配まで全て船が利用されるのよ・・・観光に特化して、内海の自然破壊に目を瞑った街・・」後半はなぜか自嘲的にソフィアは言った。
「サン・マルコ寺院の浸水か・・・モーゼ計画と言ったか、40年前の防潮堤建設の事だな」とアルフレッド。
「えぇ・・イタリア人は歴史ある街を捨てられず、内海の生態系を無視して防潮堤を建設しました。その結果、歴史は守られましたが豊かな生態系は失われてしまいました・・・ポツンと人間の街だけあるラグーン(干潟)・・」
不思議そうに見ているペグとベティに、マリアが大人達の会話を邪魔しない様に小声で話しかけた。
「1000年以上前・・ベネチアは北イタリアの住民が、異民族の襲撃から守りやすいベネチア湾のラグーン(干潟)に逃げ込んでつくった人工的な都市なの・・」
「ラグーンって?」とベティ。
「潮が満ちると海の下になる遠浅の陸地・・
ベネチアは元が干潟だから昔から浸水被害が多かったんだけど、150年前、戦後の工業用水のくみ上げで地盤沈下がおきたのと、秋から冬にかけておきる強い南風の影響で、満潮時に高潮が起こりやすかったの・・
その時期に大雨が重なると被害が拡大して・・
そこに地球の温暖化が拍車をかけて、慢性的に浸水被害が続いたの。
その対策の為に外海と内海の間に防潮堤を建設して、水位を調整できる様にしたのよ・・」と小声で説明するマリアに気が付いたソフィアが
「詳しいのね」とマリアに微笑みかけた。
「いえ、本で読んだだけです・・・」と謙遜するマリアにソフィアは続けた。
「散々遅延した計画だったけど、40年前の2022年にようやく完成したの」
「なんで遅延したんだ?」とオーソン
「予算が大幅に膨れ上がった事と、計画を巡る汚職容疑で市長ら市幹部が逮捕された事、そして環境団体が強く反対したんです。
防潮堤が海水の流入を阻んで、内海の水質汚濁を招き生態系に悪影響を与えるって・・」
「でも完成したんでしょ」とペグ。
「えぇ・・・利権や既得権益、贈賄で大事な事はおざなりで、押しきり建設された結果・・環境団体が言った様になった・・堕落と強欲と傲慢の象徴・・・」
ソフィアは強い怒りを持っている様だった。
「母は・・歴史と街と共に大勢の人の思い出と、その生活を守ったのだと・・魚も鳥もいなくなった人間だけの世界にしがみついています・・」
「それはそこで暮らす人達の判断の結果だから、しょうがない事なんじゃないのか?」とオーソン
「それは、人の都合で何事も許さるという人間の傲慢よ!」
「まぁ、そりゃそうだがな」と面喰ったオーソンが言った。
話が暗くなってしまいそうだったので、それを変えようとアリソンが
「さぁさぁ料理が冷めてしまうわ、食べてくださいな」と気分を変えて言った。
「もうわたしお腹ぺこぺこ!」とペグ
ソフィアが小声で
「ごめんなさい・・・」とつぶやく様に謝った。
「僕の出身のロンバルディア地方では、フランチャコルタっていう美味しいワインが作られてます・・・」と上官のフォローのつもりか、ドメニコが話始めた。
「俺の幼馴染はワイナリーの家でな・・」などとアルフレッド
食事を始めた彼らは、ワインの話などで盛り上がった。
小一時間ほどたつと、戦闘による度重なる緊張で、睡魔に襲われたドメニコと、やはり疲労を隠しきれないソフィアが
「すいません。お先失礼します」と用意された部屋へ案内に来た中山と、その場を去り
「時間です」とウェイドを独房に戻す為に来た黒崎とウェイドが立ち去った。
ウェイドという主役が去った事で、アリソンが子供達とマリアを連れ部屋に戻り片付けをはじめ、男達は残った料理で酒をやり始める。
客人として一人残されたロッシは、よほど居心地が良かったものか立ち去ろうとはせず、部屋の場所だけ聞いてテーブルに残った。
そんなロッシにブロディが
「あんた、軍人になって何年になるんだ?」と聞いた。
「そうだな・・17年になるか・・早いもんだな」
「お前もプラプラしてると、軍人ぐらいにしかなれねぇぞ」ニヤリと笑うロッシは伝法に言った。
「おおきなお世話だ。これでも働いてたんだ」
「ほ~、それは意外だったな。なにしてたんだ?」
「スペースポートでリニアラインの管理清掃全般だな」
「それはお前のやりたい事だったのか?」とブロディの目を覗き込む様に、ロッシは意外な事を聞いた。
「いや・・・」と言い渋ったブロディに
「人生は一度っきりだ。やりたい事や夢をみつけろ。
しっかりしたビジョンを描ける夢なら努力し工夫しろ。叶うか叶わないかは運しだいだが、それにかける努力をしないと、あとあと後悔するぞ」
なにが言いたい?・・・という顔をしているブロディに
「しっかりしたビジョンというのが肝だな。アラブの石油王になりたい。なんて絵空事はただのお笑い草だ。はっはっははははは」と冗談めかしてロッシは言った。
そう言うロッシを横目で見たブロディが、アルフレッドやオーソンが意外に思う事を言った。
「俺は・・BR乗りになりたい・・」
「・・・・」大人達は無言だ。
「性に合っている・・ここが俺の居場所だと思える・・・」
ロッシはアルフレッドを見た。
アルフレッドはブロディをBRに乗せた事を後悔しているかの様に、小さくため息をついた。
ロッシが言った。
「ブロディ・・俺もな、そう思っていた。いや今もそう思ってる・・・だがな、それは人殺しの道だ。やめておけ。ほかの道を探せ」
するとブロディが更にアルフレッド達が”おやっ?”と思わせる事を言った。
「俺もこの” 武蔵 ”が気に入ったのさ・・・それにマリアの事もある。後々それが役に立つ様な気がする・・・」
口にこそ出さなかったが、ブロディはアルフレッド一家、オーソン、マリア達と離れがたくなっていた。
” 名人 ”砲術士として居場所を得たオーソンや、名ばかりとはいえ” 艦長 ”になったマリア。
戦闘で石田(医師)を失った為、医療担当を立花から頼まれたアリソン。この武蔵になくてはならない存在の航海士アルフレッド。そして兵士達に愛されているペグやベティ、ケイティ。それぞれがそれぞれの” 居場所 ”をこの武蔵で得ている。
俺もこの武蔵に・・・
という思いがブロディの中にあったのかもしれない。
そんなブロディの気持ちを察したアルフレッドは、到底賛成できない本人の提案を否定する事ができなかった。
また彼の非凡な才能も認めずにはいられなかった。
戦争をできるだけ避けるこの日本の艦艇で、命の危険は他よりは少なくすむだろう・・・
またブロディにとって”BR乗り”というのは天職の様な気がしてならない。天から与えられた物を俺が取り上げていいのか?・・・と考えるアルフレッドは、渋々言った。
「今この武蔵にBR乗りは一人もいないそうだ。火器管制システムも立ち上がらず、対宙銃座も使えない状態の武蔵は、BRの攻撃に対し丸腰の状態だ。志願を募っているそうだが適性があり誰もが出来る訳ではない。すでに実戦を経験しているお前は必要とされるだろう・・・」
とここでアルフレッドはブロディの目を見つめ力強く言った。
「約束しろ。無茶をしないと。そして必ず生きて帰ってくると!」
そのアルフレッドの想いは、ブロディの胸に響いた。
「あぁ。約束する。必ず生きて戻る!」
「解った・・ブロディ。俺から立花に言ってみる。あとは立花次第だ・・」
そんな様子をロッシは見ながら、胸に熱いものを感じていた。
酒が進み、夜も更け子供達もベッドに入った様だ。
静けさが包むドームの森に”リリリリリリィ”と秋虫達が鳴いている。
そんな中、ポツリとロッシが言った。
「やはり俺にはグラッパの方が合うな・・」
「グラッパ?なんだそれは?」とオーソン
「イタリアの安酒さ・・ワインを作った後にでる搾りかすから作る庶民の酒だよ・・」
「アルコール度数が高いから、グラッパグラスっていう専用のグラスで揮発を抑えながら呑むのさ」
「へ~面白そうだな・・俺も呑んでみたいもんだ」とオーソン
「思い出すよ、バールで良く飲んだ・・・」
「バール?」
「喫茶店だよ、俺がよく行ったバールは薄暗いんだがレトロな雰囲気で落ち着く空間になってて・・
古びた木とエスプレッソ珈琲のほろ苦い香りが立ち込めててな・・・
客たちが夕食後に小さなグラッパグラスに入った琥珀色のグラッパを、舌を湿らす様に飲んでいた・・・
俺は外のテラス席でエスプレッソに無色透明のグラッパを入れたカフェ・コレットでまず体を温めてから、琥珀のグラッパをストレートでやるのが俺のスタイルだったのさ。
フランスではグラッパを”マール”と言うらしいが、グラッパはグラッパさ・・
俺はグラッパがいい・・」
テラス席で一人飲むロッシの姿を、ブロディに想像させた。
この男はなにか悔やんでいるのか?・・・そこには悔恨が潜んでいる・・そう感じはしたが、そこを踏み越えて訊ねる様な事をアルフレッドもオーソンもブロディもしない。
「そうか旨そうだな、イタリアに行く機会があったら呑んでみるよ」とだけオーソンが言った。
ほろよく酔ったロッシが酔っ払い特有の、脈絡の無い切り替えしをした。
「俺の家は貧しくてな・・・悪い事もいっぱいやったよ。法に触れるぎりぎりのところで・・・触れたかな?」といたずらっぽく言った。
「はっはっはっははははは!男はみんなそうさ」とオーソン
「だろうな」とブロディ
「失業者問題に無関心な政府に嫌気がさしてたんだよ・・やさぐれて、黒いコッポラ帽を・・・」と言って顔を隠す様に斜めに被る仕草をした。
「こうやって街を闊歩してたのさ。そのうち親父が蒸発して・・・
かわりに家族を養わなきゃならなくなったんで、高校卒業後、手っ取り早く軍隊に入隊したのさ・・
それでもやはり子供の頃に見たイタリア宙軍創立式典が忘れられなくてな、どうせ入隊するなら宙軍がいいと思ったのさ」
「ガキの頃、火星の有人飛行で大惨事が起きたのをテレビで観てて、他人事の様に感じてたんで、自分の決断を自分自身とまどっていた部分もあった・・」
「まぁ子供の頃はみんな一緒さ、失敗を恐れずチャレンジし続けた先人達が今の火星や宇宙開拓の歴史を作ってきたのさ」とアルフレッド。
「我々もその一人なんだろうな」とオーソン
「それが今じゃ火星のテラフォーミングが進み、何万人と移住して・・小惑星帯の艦隊戦に自分が従軍したなんて・・子供の頃の自分では到底信じられない事だよ」とロッシ
「人は歴史を作り紡いでいく・・・地球を飛び出し宇宙にまでおよんではいるが、人類はやはり地球無しでは存続出来ないだろう」とアルフレッド
「火星のテラフォーミングも進んではいるが、しょせん付け焼刃さ、地球の様に何億年とかけて出来上がったものではない。数十年という単位で出来たものは数十年の単位で終わるのさ」とロッシ
ベッドには入ったものの、ふとこれからの事を相談したくなったマリアがテラスに静かに出てきた。
ブロディだけが気づき、ブロディとマリアは頷きあった。
「地球環境ですら人類が一つになって守る事すらできないんだ。火星の環境がもっと人類に適したものになってみろ、途端に移住が加速して、あっという間に火星も人類でいっぱいになるのさ。個人個人が目先の利益に飛びついて、せっかく作った火星の環境も壊すのが関の山さ」ロッシは自嘲的に言った。
「そうだな・・今のままではやはり人類は周りの環境を食いつぶしていくんだろうな・・・
しかし、それに歯止めをかける事も必ず出来る。絶望からはなにも生まれない」
アルフレッドはそれでも人類の未来を悲観的に見る事はできなかった。
「過去を嘆き、未来を憂い、今を疎かに生きるのではなく、過去から学び、未来を見据えて、己の足りない物を補う努力をし、今を大切に生きる。その事こそ大事な事だ」
以前、TMPに降る巨大なエレベーターの上でマリアに言った様な事を言った。
それはアルフレッドの生きる指針なのかもしれなかった。
後ろで静かに聞いていたマリアは、その言葉を噛みしめ脳裏に焼き付けていた。
やさしくも力強いこの言葉に不安が解消されたものか、マリアは邪魔をしないよう静かに部屋へ戻ろうとすると、ブロディが”いいのか?”と目で聞いた。
” いいの・・ ”と腰元で手を振ると、ニコッと笑って戻って行った。
その後ろ姿を見ながらブロディは、デモインから脱出する空の上からマリアと見下ろした、火星の大地を思い出していた。
” 生きる意味・・とか言っていたな・・それを見つけたのか? ”
独り言の様にロッシが
「俺も嘆いていたのは人類の未来ではなくて、己の人生だったのかもな・・・」と話しを続けた。
「機動歩兵から初めて、なんだか分からない適性試験とやらでBR乗りに向いているとかで、BR乗りになって・・・
あちこちの宇宙で戦っているうちに曹長まではなった・・・
でも平出身者はそこまでさ・・
そのうち・・大した経験も能力もないのに、士官学校出の若造が上官になって・・
そいつらが偉そうに言うのさ、教科書には”こう書いてあったからそうやれ”とさ、仮にその教科書とやらが間違えていても、それは教科書が間違えていたからしょうがない・・だろうとよ・・
正直腹も立つし、やってられない時もあるが・・
それが軍隊ってやつだと諦めてるよ・・」
「あの女隊長さんはどうなんだ?」とオーソン
「あぁ、彼女は優秀だ。若いのに腕が立つ。指示も的確だ。いい上官だよ」
「あっちの坊やのほうか・・」
「いや・・彼という訳ではないんだがね・・・おかげで大勢死んだよ・・・馬鹿な話さ・・」
「まぁ解らんでもない、どこの世界でもやってられない事ってのがあるもんだ」と言って、オーソンはウィスキーをすすめた。
「星回り・・か、人にはどうしても避けられない星回りってやつが有る様な気がするよ」とアルフレッド。
「星回り?」
「めぐり合わせの事さ、マリアを見てると特にな・・
あの若さでこの艦と強大な技術の責任を負わされている・・・
不思議にもそれを背負えるだけの能力が備わってるのさ、マリアには・・
尋常ならざる星回りだと言えるだろう」
「あの幼い美人の艦長さんか・・」
「いま日本は混乱状態で軍の上層部とも連絡が付かないから、立花がそうしてくれているんだが、上がからんでくればそれも続けられるか・・・
その時どうすればいいか、今から考えておかなくてはならん・・・
中岡博士の言う通り、今の人類にはとても危険なテクノロジーをどうするか?
マリア一人の肩に背負わせるにはあまりにも重すぎる・・・
俺はその手助けをしようと思ってる・・・」
ブロディは、はっとしてアルフレッドを見た。
彼も同じ想いだったからだ。
「俺の鬱屈なんて本当に小さなもんだと痛感させられるよ・・・
そうだな・・あんたならそれが出来るさ、なんてったってアルフレッド・ビーンだからな」とロッシは笑いながら言った。
「それを言ってくれるな」と言ったアルフレッドに3人は笑った。
「こうなったらAARF相手に宇宙海賊でも始めるか?」と笑いながらオーソン。
「いいなそれ、はっはっはっはっははは・・俺も乗った」と、かなり酔っぱらってきたロッシが言う。
「オーソンが眼帯して、それらしい格好したら、さぞかし迫力があるだろうな」とアルフレッド
「だろう、広報は俺にまかせておけ!」
「広報か?はっはっはっはっは、そりゃいい!」
セントラルドームの森に4人の笑い声が、いつまでも響いていた。