秋風
清々しい秋風が・・・セントラルドームの中で強く吹いた。
それは木々の葉や草々を、”ザァッ”と大きく波立たせる。
石に腰かけ、舞う落ち葉に目を細めたブロディの視線の先で、ペグとマリアが駆けまわるケイティを目で追いながら、楽しそうに話している。
なにがそんなに楽しいのだろうか?・・・と思わせるほど楽し気だった。
そんなブロディに気が付いた楽し気なマリアとペグが近づいてきて
「ブロディなにかいい事あった?」と聞いてきた。
「いい事?」不思議に思って聞き返した。
「なにか、すごく楽しそうに笑ってたから・・」と言ってペグと共に笑いながら、枝を咥え振り回しているケイティを追いかけ駆けて行く姿は、あどけなさを感じさせた。
なに?・・俺は笑っていたのか?・・
ブロディは自分がどのような表情をしていたのか、その時初めて知ったのだ。
頬から顎を掴む様にしたブロディは考え込んでしまった。
笑っていたのか?・・・
確かにマリアやアルフレッド達と出会ってからは、彼の今までの人生にはなかった不思議な感覚に包まれる思いがしている。
心が軽い・・一息する度に心が浮き立つような感覚・・・
これはなんなんだろうか?・・・
それは得た喜びと、失う恐怖を同時に喚起させる。
もしかしたら・・・これが幸せってやつなのか?・・・
今俺は幸せなのか?・・・
飛び跳ねる様にマリアとペグの間ではしゃぐケイティを見ながら、ブロディは考えていた。
とそこに
「ブロディ!ちょっと来てくれ!」アルフレッドから声を掛けられた。
「あぁ・・」と立ち上がる。
そこにはアルフレッドとオーソン、そしてウェイドがいた。
そのウェイドの顔を見た瞬間、”カァッ”と体の底から熱くなるものを感じた。
まだこの男との決着がついていない・・・
その戦いへの執着は、先ほど感じた”幸せ”とは別物の”喜び”であったのかもしれない。
しかしブロディにとって、それもまた紛れもない幸福感の一つだったのだ。
彼の人生の中で喧嘩は一つの喜びでもあり、彼の存在理由を示す一つの道具だったのかもしれない・・
いや・・ただ単に喧嘩や格闘といったものが好きだったのだろう・・
ひりつくような緊張感や拳のやりとりは、彼の満たされぬ心に唯一充足感をあたえてくれた。
喧嘩をしている時だけ、生きているという実感が味わえたのだ。
しかしそこには相手にならない物足りなさと、限界までたどりつけないといった一抹の寂しさもあったと言えよう。
しかしウェイド・セローンという高みは、まだまだその先がある・・という喜びにも似た闘争心が沸き上がるのだ。
アルフレッドやオーソンにとっては、突然ブロディが蒸し返してきたように感じても、ブロディの中ではちゃんと脈絡がある。
ウェイドににじり寄ったブロディは、睨みつけながら言った。
「ちょうどいい・・ここで決着をつけようじゃねぇか・・」
「待て待て待て待て!お前さんは本当に執念深いな!」とオーソンがブロディを後ろから羽交い絞めにした。
「ブロディ!いいかげんにしろ!独房から出られる様に立花に頼み込んで、なんとか気晴らしにドーム内の散策を許可してもらったんだ。閉じ込められているウェイドの身にもなってみろ!」
その言葉にブロディは”ぐっ”ときた。
彼自身、幼い頃父親に納戸へ押し込められ、何時間も閉じ込められた経験がある。
薄暗く狭苦しいあの嫌な閉塞感は、下手をするとトラウマになりかねない物だった。
「わかったよ・・今はあきらめる・・・しかし、いつか必ず決着をつけるからな」とウェイドを睨みつけて言った。
とこの男、変なところで物分かりがいいのだ。
ウェイドはそんなブロディを静かに見据えている。
ブロディの熱が少しづつ冷めていった時、そんな男の心情が解るのか
「いいだろう・・時がきたら何度でも相手してやろう・・・」とウェイドは言った。
ブロディはなぜかその”何度でも”が無性に嬉しかった。
「頼んだぜ・・」ニヤッと笑った。
その様子に安心しアルフレッドが
「どうだウェイド、すごいだろう」と言った。
空を見上げたウェイドはかすかに頷いた。
「大きさはヤンキースタジアムのグラウンドってとこだな」とオーソン。
「外野の高いフェンスの様なアーチにそって居住区がある。窓からこの森を見渡せる様になってるんだ」目を細め遠くを見渡しながらアルフレッドが言った。
「部屋でくつろいでいると宇宙にいる事をすっかり忘れちまうよ」とオーソン。
とペグとマリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
心から信頼できる大人に出会えた事が、マリアを年相応にさせている・・・
ブロディは自分の事を棚に上げて思っていた。
「ベティは?」とアルフレッド。
「さっきまで一緒にいたんですけど・・」とマリアが辺りを見渡す。
「まぁこのドームのどこかにいるはずだ」となにも心配していなさそうなアルフレッドが
「アリソンが料理を作ってくれているから、ドームを一周したら俺達の部屋へ行こう」と付け加え言った。
「そのビーン家の隣が俺とブロディの部屋だ。メゾネットタイプのアパートみたいな感じだな。もしかしたらお前さんは俺達と同室になるかもしれんな」とウェイドにオーソンが言った。
「オーソンの鼾はすさまじぃぞ」とブロディがウェイドに言った。
「俺の鼾なんて可愛いもんだろう!」
「どこが!」
「はっはっはっはははははは」と3人が笑いウェイドが微笑する。
マリアはそんな様子を見ながら、家族が増えた様な不思議な喜びを感じていた。
初めてこのドームに来たウェイドが、ブナの大木が生える土手の上へよじ登り辺りを見渡す。
足元には小川が流れ、落ち葉と所々ある石を掻き分ける様に森の外れへと流れていく。
横に並んだアルフレッドが、
「ここには本物があるんだ・・」と言った時、森の中から一人の男が出てきた。
「見慣れない顔だな」とオーソン
と、その男は敬礼しながら
「イタリア宙軍のロッシ曹長です」と言った。
「オーソン・ハンズだ」と握手する。
「アルフレッド・ビーンだ」と名乗ったアルフレッドをロッシは驚きながら見つめた。
「あのアルフレッド・ビーン?」しばしの沈黙のあとロッシは聞いた。
「あぁそうだ、あのアルフレッド・ビーンだ」といたずらっぽくオーソンが言う。
ピッと敬礼をし直しながら
「イタリア第2宙軍管区艦隊、ロンバルディア所属、第二小隊ロッシ曹長です」と言い直した。
「おいおい、俺達は軍人じゃない、堅苦しいのは無しだぜ」とオーソン。
ロッシはニヤリと笑うと
「ではお言葉に甘えさせてもらう・・・どうしてあんたがこの艦にいるんだ?」
と軍属の枠を超えて、人間ロッシとしてアルフレッドに聞いた。
「いろいろあってな・・まぁめぐり合わせってとこだな」とアルフレッド。
「って事は、この艦のかじ取りはあんたが?」
「まぁ行きがかり上やむなくな」
少し間を空けるとロッシは別の事を言い出した。
「12年前、無国籍艦隊との艦隊戦の時、俺もあの場所にいたんだ」
「本当か?」とアルフレッドはどこか嬉しそうに言った。
「あんたのあの凄まじい操艦を目の当たりにして驚いたのを今でも覚えてるよ」
「お~面白そうだな、アルフレッドは昔の話をしたがらないんだ。聞かせろよ」とオーソン。
ブロディとウェイドは後ろで黙って見ている。
ロッシはこの話題を持ち出した事を少し後悔しているかの様に言った。
「・・・なんか解るよ・・その後除隊したって噂を耳にして気にかけてたんだが、まさかこんな所でお目にかかれるとは・・」
話をそらしきれないロッシにブロディが助け舟を出した。
「ブロディ・ベイルだ」と手を差し出した。
握手しながらロッシは、まだ若いブロディが気を使ってくれた事に驚いた。
「よろしくなブロディ」と言った後ウェイドを見た。
オーソンと同じほどの身長で、得も言わぬ雰囲気をその身にまとっている端正な顔立ちの黒ずくめの男だ。
ウェイドが名乗る。
「ウェイド・セローンだ」ロッシが固まった。
緊張の一瞬のあと
「皇帝・・なのか?」と聞いた。
「本物だ」とオーソン。
アルフレッドとウェイドを交互に見たロッシが、
「あぁ・・驚かないよ、なんてったってアルフレッド・ビーンがいるんだ」と言ったあと
「しかしこの宇宙にその名が鳴り響く二人が揃ってこの艦にいるとは・・・本当に驚きだ」絞り出す様に言った。
「まぁこれもめぐり合わせだな、それ以上の奇跡がこの艦にはあるのさ」とオーソン。
不思議そうにしたロッシにアルフレッドが言った。
「これから飯を食うんだが、一緒にどうだ?」
12年前、同じ戦場にいた戦士に親近感を覚えたアルフレッドは誘った。
「嬉しいな。光栄だよ。ご一緒させてもらう」
そう言ったロッシを見ながらブロディは
若い頃はやさぐれて、無茶な事をしてきた男だ、と肌で感じ取っていた。
この男も俺と同じ世界を生きてきた・・・と
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
本当はイラストにしたかったんですが、風景画に関しては勉強中でお見せできるレベルではなく、年始のご挨拶をしたくアップしたかったので、今回は写真とさせて頂きました。
申し訳ありません。