雪の森の会談
北極上空に緑色の王冠の輝く地球の北半球が、漆黒の宇宙空間に浮かんで見える。
地球の地磁気や大気と太陽風が鬩ぎ合っているオーロラの輝きは、衛星軌道上で展開している国連宇宙艦隊のそれぞれの艦艇にもわずかに発生していた。
その艦隊の中央に、通常の戦艦の倍近い大きさの巨艦武蔵と、新たに旗艦となった重巡洋艦モンタナの姿が見える。
そのモンタナの艦底部ハッチが開き連絡艇が離艦、武蔵に近づいていく。
そのカッターに乗り込んでいたレントン提督が、窓越しに武蔵をしげしげと見ていた。
「間近で見るとすごい迫力だな・・AARFの巨大戦艦より大きいんじゃないか?」
「全長600mほどでしょうか・・信じられません」と側近が応えた。
武蔵の後甲板に着艦しようと回り込んだカッターの窓から、艦橋の後ろに隠れる様にあるセントラルドームの半球が見えてきた。
「あれは何だ?」とレントンが誰ともなく聞いた。
「なんでしょうか・・・大気が対流している様にも見えますが・・・」
武蔵後甲板の誘導灯が輝き、着陸場所を知らせてきた。
その誘導のまま着艦するとフワリと重力が発生する。
「この艦には慣性制御があるのか!?」と驚いた。
「あの凄まじい破壊力の砲といい、この慣性制御といい、今までの戦艦の域を超えている・・・」
エレベーターが下がり始め、10mほどで分厚い天井でもあるカタパルトデッキがしまっていく。
最初のハッチが閉まり、間隔をおいて二重目のハッチが閉まる。
空気が満たされていく”シュー”といった音がいたる処から聞こえ始め、サインパネルがグリーンに点灯し与圧された事を示した。
レントンは興味津々と格納庫内を見渡しながら
「広いな・・・」と言った。
ワークビークルがカッターの近くで停車し、立花とアルフレッド、マリアが出迎えた。
カッターから降りてきたレントンに立花が
「ようこそおいでくださいました」と敬礼し声をかける。
「この艦はすごいな、慣性制御があるのか?」と言ったあとレントンはフラついた。
そのレントンを左右から立花とアルフレッドが支える。
「少々長く無重力空間にいすぎたようだ・・」
もちろん各艦艇にもRGA(Rotational Gravity Areaの略)があり、遠心力により重力を再現する区画は存在するが、武蔵の様に全区画に重力を再現させる事は、他の艦艇では考えられない事だった。
生活区画と一部を除く、戦闘ブリッジや機関区などほとんどの区画は無重力の為、戦闘が長引くほど無重力空間に体が慣れてしまい、感覚を戻すのに時間がかかってしまう。
無重力空間に長期間にわたり居続けると、筋力、骨密度の低下を引き起こしてしまう為、定期的に重力区画に戻る事が必要になってくるのだ。
レントンは渚稜線から浮き上がってくる敵艦隊を知らせるアラートを聞くまでは、RGA内で過ごしていたため武蔵艦内の1Gにもすぐ慣れる事が出来た。
「こちらへどうぞ」と4人乗りのワークビークルへと立花がいざなった。
ハンドルを握ったアルフレッドがビークルを発進させる。
そのアルフレッドにレントンが
「この無国籍艦を名乗る武蔵に、なぜ君がいるのか知りたいものだな」と言った。
「退役後、火星に移住したんです・・・そこでマリアと出会い、それ以降行動を共にしているんです」隣に座ったマリアを見ながらレントンは
「君は何者なんだ?」と聞いた。
「ニュートリノを研究していた中岡博士の孫です・・・祖父に火星に行く様に言われました」
「あの中岡博士のお孫さんか・・・私も一度だけお会いした事がある・・・なるほど、武蔵を造り上げたのは中岡博士だったのだな」
「はい」とマリアが応えたあと立花が付け加えた。
「武蔵建造は極秘裏に衛星フォボス内で行われていましたが、突如、南アメリカからのハッキングを受け、武蔵の起動にマリアの生態認証が必要である事が露呈してしまいました」
「生態認証・・・」
「エンジンの起動コード、火器管制、それぞれの兵装、全てです」
ライジンの整備をしていたブロディの横をビークルが通り、ブロディと目のあったマリアがニコっと笑った。
「おそらく技術を丸ごと奪取するため武蔵を拿捕しようと企て、なにも知らず火星に来たマリアを拉致しようとした様です」
「何度も襲われましたが、あの人が守ってくれました」とブロディを見てマリアは言った。
「彼は?」
「スペースポートで働いていたブロディ・ベイルという若者です」とアルフレッド。
「ブロディと逃げ回っていたんですが、もう駄目だという所をビーンさんに助けてもらいました」
それを聞いたレントンの前に高さが6mはあろうかという扉が現れた。
「ここは?」
「セントラルドームです」
アルフレッドがビークルの中からスイッチを押すと、その扉が開いていく・・・
その扉の先にあったものにレントンは驚愕させられた。
木々の匂いの溶け込んだ冷気が、レントンの頬をなぶる。
そこには雪に覆われた森があった。
「森・・森があるのか?」
「このドームが造られた意味や意図は今もって分っていません」
そう言うとアルフレッドは轍を引きながらドーム内に入りビークルを停めた。
レントンは雪積る地に足をおろした。
息を白くさせながら見上げた空に、垂れ込める雪雲が見える。
空を見上げながらレントンは呟く様に言った。
「この艦は長期間にわたる航海を見越して造られている・・・」
「乗員のストレスやメンタルケアの為だとは思っていましたが・・中岡博士は武蔵が地球に暫く帰れない状態を見越していると?」
「外宇宙探査・・・まさかな・・・」と言ったあと気分を変える様に聞いた。
「まぁいい、南アメリカの襲撃から逃れるためアルフレッドが手を貸した所まで分かった」
レントンは3人に向き直ると
「それがなぜ日本から離れ、独立艦を名乗る事になった?」
それには代表してマリアが応えた。
「祖父はこの武蔵の圧縮ニュートリノ技術がとても危険であると遺言しています」
レントンはマリアを見て、
「どの様に危険だと言うのだ?」と聞いた。
「圧縮ニュートリノ技術・・・この技術は重力兵器への転用が可能で・・もし技術流出し各国が開発競争に至れば、その果てに人口のブラックホールがもたらされる・・・と祖父は言っていました」
マリアは一呼吸おいて言った。
「地球はおろか、太陽系まで壊滅させかねないと・・・」
「開発競争の行きつく先は・・・恐ろしい事だ・・・」レントンはその兵器が暴走し、人の手を離れてしまった時の事を考え言った。
マリアは続けた。
「遺言ではあまりにも危険であるため、日本の窮地を救い戦争が終わり次第、世界に技術が流出する前に武蔵を破壊してくれとありました」
はっとしてレントンは言った。
「今重力兵器と言ったな、先ほどの戦いでAARFが重力壁でミサイルを迎撃した・・・まさかAARFにも圧縮ニュートリノ技術があるのか?」
「重力兵器・・・アッシュ艦長からデフレクターシールドが敵艦隊内で確認されたと聞いてましたが、そんなものまで・・」立花は驚き言った。
「まだミサイルの信管を作動させる程度の物だったが・・・それは武蔵の技術と類似している・・そしてAARF加盟国では考えられないほどの物量・・・私はこう思っている・・あの唯我独尊の独裁政権国家群をまとめあげ、技術供与している者がいるのではないか?と・・」
アルフレッドはウェイドが言っていた事を思い出した。
軍産複合体の上に、南アメリカを動かしている者がいる・・・
レントンは話を戻す様に言った。
「AARFとの戦いに武蔵をもう2~3隻欲しいところだが、そういう事ならいたしかあるまい・・・」
そしてマリアを見て
「この武蔵の行末を博士から託されたのだな」と言った。
「はい・・でも皆さんとお話しして、現在の・・大国の一票が左右する国連を変える事ができるなら、武蔵を存続させてもいいという考えにいたりました」
「常任理事国制を廃止させようというのか?」
「どこの国にも属さず、国連の純粋たる軍隊になりうれば、大国の思惑から離れる事ができるはずです」
「それは日本としてやればいいのではないか?」
「日本は戦後の荒廃から立ち上がらなければなりません・・・国を立て直すには他国の援助と支援が必要になります。その見返りに武蔵の技術開示を求められれば日本は断る事は出来ないでしょう・・・」
「なるほど・・・そこで国を捨て、無国籍艦を名乗ったということか」
「はい・・わたし達は国連憲章第43条の兵力提供協定適用をもとめます」
レントンは再び空を見上げ、雪雲を見たあと呟いた。
「電磁パルス攻撃の技術により戦争の形態が変わり、そのレジームに取り込まれた世界・・・その暗き世界からの脱却の福音たりえるか・・・」
暫しの沈黙のあと、レントンはいきなり笑い言った。
「はっはっはっははははは、それを常任理事国である北アメリカ軍の私に言うか!」とレントンは力強く言った息が白くなる。
「国連憲章第43条の解釈拡大とその運用、武蔵の独立性の確保・・・いいだろう、微力ながら私も力をかそう」と笑顔で言うレントンに
「本当ですか?」とマリアは喜びの声を上げ、立花とアルフレッドが敬礼する。
「そういえば、パニッシャーを見たが、なぜ敵対している南アメリカBRが武蔵にある?」とレントンは思い出し聞いた。
「元D小隊のウェイド・セローンも国を捨て我らと共にあります」とアルフレッド。
「皇帝がか!?」しばらく呆れた様にアルフレッドの顔を見たレントンは
「まったく、どんな運命のいたずらなのか・・・この艦は奇跡に満ちている!はっはっはっはっはははは」と笑った。
そんな笑っているレントンを3人が不思議そうに見ていると、雪が舞う様に降りだした。
その雪を感慨深げに掌で受けたレントンが真顔に戻り
「中国とロシアが・・・前途多難だな、君らの進む道は」と言った。
中国とロシアが認めないだろう。と言おうとしてレントンは止めた。
チャレンジもせず諦めてしまう事を、よしとしないレントンの意気が、掌で溶けていく雪の様に言葉を消させたのだった。