漂流民族 弐 東京崩壊
そいつは残像を残し、凄まじい速さで弾丸を躱しながら突っ込んで来た!
焦った本間が最後のマガジンを空にするまで撃ち続ける。
その本間のライジンと敵機が交錯し、ライジンが吹き飛ばされた。
「本間!!」
敵機はその勢いのまま近藤機に突っ込む。
近藤はマシンガンを捨て、両手で超振動波刀を持ち横一文字に振りぬいた!
それを急停止し敵機が躱す。
あの状態から止まれるのか!?坂崎は驚愕した。
今度は後方へ下がりながら銃弾をライジンに浴びせる!
いくつもの弾丸が跳弾する中、数発ライジンにめり込んだ!
近藤のライジンが爆発する!
「近藤!!!」
爆発で敵機を見失った坂崎が、極限状態の緊張の中そいつを探すが見当たらない。
「本間!生きているか!?」再度呼びかけたが返事はない。
敵機に警戒しながら本間のライジンに近づき見ると、ライジンの脇腹から首元にかけ銃弾が貫通していた。
おそらくコクピットを貫いた弾丸が本間にも直撃したのだ。
「くそっ!」戦慄が坂崎の五体を委縮させる。
あの一瞬で本間と近藤がやられた。生半可な奴じゃない。
通常のAARFBRとは違って見えた。
そうだ・・右腕の機関砲と足回りが大きかった様に思える・・
カスタマイズされていた・・・
自分の手に負える相手じゃないのは明白だった。
静寂の恐怖が戦闘意欲を根こそぎ奪い去った。
「うわぁぁあああああ!!」
なりふり構わずBSBで疾走する!
街路樹をなぎ倒しながら、坂崎のライジンが歩道を走りぬける。
無我夢中の坂崎は必死に操縦桿を握り、ただただアクセルを踏み込んだ。
その走り去るライジンを敵機が見送っている・・・
深追いするつもりはない様だ。
とそこに、別のAARFBRが近づいてきて話しかけた。
「ムフタール、あらかた片付いたな」
「あぁ、あいつで最後だろう・・見事な逃げっぷりだ」
と応えた男は広いコクピットでヘルメットを脱いだ。
現れたのは褐色の肌に端正な顔立ちの黒人だった。
もう一機、近づいてきてムフタールと呼ばれた男に話しかけてきた。
「追わなくていいの?」と聞いた声は明らかに女性の物だった。
「あいつ一人逃したところで戦局がどうこうするものではないし・・」
と言いながら、ムフタールはどこか悲しそうに周囲を見渡した。
破壊されたビルや道路、散乱する遺体に立ち上がる炎と黒煙・・
それを立ち込める煙が包み込んでいる。
「繁栄を極めた国の終焉か・・・」
そんな想いにふけるムフタールを2機のBRが見ている。
「ゴーガ、ディナラ、行こう・・」といってムフタール機は歩き出した。
崩れかけたビルの横、ほぼ無傷で残ったショッピングモールのエントランスホールを仮設の本営にして、AARF将校が入れ替わり立ち代わり入ってくる部下を差配していた。
その姿は高圧的で、無慈悲に浴びせかける様だった。
報告に表れたムフタールを一瞥すると言った。
「片付いたか?」
「都心全域をほぼ抑えました。敵は30km後方まで後退、態勢の立て直しをはかるつもりでしょう」
「あいつらは?」あいつらと呼ばれた者達とは何者なのだろうか?
「住民を集めては虐殺しています。なんとかやめさせられませんか?」
「まぁ好きにさせておけ、よほど恨みが深かったんだろう」ニヤリと笑った。
「大統領命令でかの国と共同戦線を張っていますが、経済特区として東京を残す計画だったのでは?」
「平和と奢侈を享受し、暴虐の国(アメリカの事)に加担した国の者達に
神の裁断が下されたのだ。実に快いではないか!」
そう言うこの国の軍隊も、好き放題に略奪の限りをつくしている。
冷めた目でそんな上官を見ていたムフタールは
「部隊に戻り、指示を待ちます。失礼します」と締めくくった。
立ち去るムフタールの背中に、上官が声をかけた。
「よいな、くれぐれも変な気を起こすなよ、国元に家族がいる事を忘れるな」
振り返ったムフタールが
「わかっています」と無表情に言った。
ムフタールがエントランスホールから出ると、ゴーガが話しかけてきた。
「ティムレとカンスーリがやられたそうだよ・・・」ムフタールと同じほどの身長で、ごつごつした顔に円な可愛らしい目が印象的な男だ。
その目を悲しそうにしばたたかせながら言った。
「そうか・・・こんな異国の地に連れてこられ、望まぬ戦いにかりだされ命を落とす・・魂は国に帰れたのだろうか?」
そう彼が言った理由。
それはこの数年、彼の国がたどった軌跡を追う事で理解できる。
かつて軍事政権が支配していた母国ニジェリアは、赤道直下のアフリカの一国として世界的民主化の流れに逆らう事が出来ず、緩やかな民主化の道を歩んでいた。
しかし国政に関わっていた軍閥が選挙で大敗し、牙城を脅かされる事を危惧した軍部が軍事クーデターを起こし、政権を転覆させたのである。
当時から国軍兵士であったムフタールは、民主化を歓迎していた民衆に弾圧を敷いた軍部と距離を置いた際、軍上層部に睨まれてしまった。
その為、親兄弟を人質の様に軟禁され、有無を言わさず戦場に連れてこられている。
そこまでしてムフタールを戦場に連れてきた軍部の思惑とはなんだったのか?
それはやはりムフタールの持つその”腕前”であった事は間違いないだろう。
戦局を左右させる程のムフタールの腕を、軍が買っているのだ。
他の兵士達には
「神の為に死ねば、天国に行ける」と言い死地へと赴かせるが、極端な思想や宗教にかぶれていない事が解っているムフタールに対しては、事ある度に”家族”の事を持ち出しては言う事を聞かせようとしていた。
母国で軟禁状態の家族を思い、遠い目ををしていたムフタールを見つけたディナラが近寄って来た。
美しい褐色の肌のディナラは、美しくつり上がった目をしている。
飢えた男どもから狙われない様に、常に周囲に気を配っているが、ムフタールの傍だけは安心していられるらしい。
あきらかに緊張を解いている。
そんなムフタールはと言うと、BRでみせた苛烈な操縦とは裏腹な、知的で静かな雰囲気の男だった。
ディナラが言った。
「ムフタール、東京はもう首都機能を失ってる。これ以上の弾圧は必要ないわ」
「この国の隣国がしている事だ。我々にはどうしようもない・・」
「しかし!一般の人達まで犠牲に!」と声が高くなり、体制批判とも取れない内容に周囲を気遣ったムフタールが手を上げて制した。
「ディナラ、その国々が紡いできた歴史やその記憶が、その行為となって表れている・・我々は時の流れの中で孤立した存在ではないんだ。
命をつないでくれた先人達の行いも含めて、我らの血の中に宿縁が流れている。
日本人も例外ではない。
この国がしてきた事、された国々の民族の意識の中に末永く残る物なんだ・・」
ディナラは深くため息をつく事で、納得しかねる現状を認めるしかなかった。
この3人の関係性は、いわゆる上官と部下に当たるものだが、この会話を見る限りその立場の違いは感じられない。
まるで頼りになる友人に相談している様な空気だった。
軍はムフタールと仲の良かったこの二人を部下として傍に置く事で、ムフタールが自死しない様にしているのは明白だった。
”自分が戦死すれば家族を軟禁しておく意味がなくなる・・”そう考えるであろうムフタールに、
”お前が死ねば仲のいい友達が戦場で置き去りにされる”と脅しているのだ。
ムフタールは自分の才能を呪いながら、その身を戦場に置いていた。
やるせない無力感、無情感に建屋から出たムフタールは、空を見上げた。
流れ込む煙にはどこか血の匂いが溶け込み、霞んだ空には笠のかかった太陽が浮いている。
晴天の昼間なのにどこかうす暗く、異世界に迷い込んでしまった様な感覚に襲われる。
平和な・・当たり前だった日常を失った東京に、他国の軍が蠢いている。
それはまるで首都機能を失った巨大都市をむしばみ浸食する害虫の様だった・・・